第10話 月曜日と金曜日は休日にするべきだ

 入ったばかりの部活が終わる。

 意識が宇宙の彼方まで飛んで行き、ようやく我に返った隼人が口を開く。


「廃部になるなんて初めて聞きましたよ!俺なんて入部してまだ数日しか経ってないのに…!」

「てっきり先生から話を聞いているものだと思っていたわ…。私から言うべきだったわね」

「それで廃部になったら先輩はどうするんですか?」

「どうするって……ここで活動を続けるわよ?」

「えっ、廃部になるのにですか?」

「あー、そうね…。まず最初から説明するべきなのよね…」

「おやおや、お困りのようだねー!説明は、顧問である私がするから安心してねーっ!」

 

 恭子が頭を抱えていると、宮古が元気良く現れた。どうやら彼女は、隼人や孝介の担任でもあり、文芸部の顧問でもあるようだ。当然恭子はそのことを知っていたのだが、彼らには一切知らされていない情報であった。


「えっ、中野先生がここの顧問だったんですね。それで、文芸部が廃部になるっていうのはどういう…」

「正直、今まで続けられてきたことが奇跡なんだけどね…そもそも部員が足りないんだよ。その上大した活動もしてないのに部室を与えるのも、ってね。…あ、例え御沢くんが入部したとしても、廃部は免れないよ。もう決定しちゃったことだしね。……ただ、葵ちゃんの言う活動ってのを、出来ればきみたちにはお願いしたいな」


 宮古はそっと席に着き、いつになく真剣な眼差しを二人に向ける。

 頭ごなしに否定するつもりはないが、内容が不透明である以上、二つ返事で承諾出来るようなことでも無い。しかし隼人は、活動を続けられるというのであれば、可能な限り協力したいという意思を持っていた。


「……俺たちは何をすれば良いんですか?」

「んー、結論から言うとね、目安箱の管理をして欲しいんだ。一ヶ月程前から設置されたんだけど、思いの外投書が多くてね…。それに対応する為に生徒の中から新しい集団を作ることになったんだけど、うちの文芸部で請け負うことにしたの。そうすれば、廃部になってもこの部屋を使えるからさ」

「なるほど…。そんなに目安箱を使う人が多いんですね」

「そうなんだよー。例えばこれ!『月曜日と金曜日は休日にするべきだと考える。我々人類が今学ぶべきことは、休養を取るということであるはずだ。勤勉家であるだけでは、ワークライフバランスを考える習慣は身に付かず、結果過労を招くことになる。よって、月曜日と金曜日は休日にするべきであると私は主張する』」

「…こりゃまた変わったことを書く者も居るもんだな…」


 あまりにも馬鹿げている内容に、やれやれと孝介は全身から力が抜けるのを感じた。それに続けて恭子もため息をつき、『独創的な考えは嫌いじゃないのだけれども、仲良くはなれなそうね…』と溢した。

 宮古はその紙をまるで汚物を掴むかのように指先だけで摘み、他の者たちに見えるように前に出した。


「……でもね、なんだか私この字に見覚えがある気がするんだ。ねぇ、まさかこれを書いたのって多玖くんじゃないよねぇ…?」


 表面上は笑みを浮かべているように見えるが、何故だか隼人は今までに感じたことの無い程の恐怖に襲われ、思わず自白する。


「そんなこと…書いたような書いていないような…。いやぁ世間は狭いですね…ははは」

「隼人くん…あなたって人は…」

「隼人氏、これからは自分で検閲することになるから気を付けるんだぞ」


 何故か二人とも隼人から顔を逸らす。表情は見えないが、小刻みに震える肩や時折り漏れる声から、必死に笑いを堪えていることだけは伝わってくる。しばらく眺めていてもこちらに視線をくれる気配はなく、彼は宮古に救いを求めるかのような視線を送る。しかし、彼女もすかさず目を逸らして二人と同じように肩を振るわせ始める。

 隼人の胸の中が羞恥心で満たされ、逃げ出したくなった頃、ようやく恭子が口を開ける。涙を拭っているが、余程この件は彼女のツボを刺激したのだろう。


「——とりあえずそういうことよ。私たちはこれから文芸部ではなく、目安箱の管理係として活動していくことになるのよ。だから御沢くん、あなたはそれでも良いかしら」

「うむ……。そうだな、他に都合の良さそうな場所は無いからな。俺も入るとしよう」

「ということです、中野先生。メンバーは、当初予定されていた三人集めることが出来ました」

「うん、なかなか話が早くて助かるよ〜。多玖くんもこれで大丈夫?」

「はい。俺もやらせてもらいます…。二度と変な物は書かないように尽力します…」

「そこは、書かないって言い切って欲しいけど…。結果良ければ全てヨシ!学校側には私から話しておくから!」


 こうして、彼らの所属する文芸部はなくなった。ほんの少しの寂しさと不安を孕みつつ、放課後早速部室にて目安箱の中身の確認が始まった。

 専用の用紙に書かれている物が大半ではあるが、時折りノートの切れ端が入っていることもある。大体の物が二つ折りにされており、彼らはそれを開けて内容を確認する。その数は百を優に超えるであろう。

 いくつか確認し終えたところで、恭子が不満を漏らす。


「あまり真剣な内容を書いてある物は見当たらないわね…。それでも最初に隼人くんの書いた物を見ているから、なんだか可愛く思えるのだけれども…。こっちは、誰々と付き合いたい、とか恋人が欲しいとかそういったことばかりよ」

「ふむ…。こちらも似たような感じだが…隼人氏の物と比べるとまだまだ可愛いと思えるな」

「二人とももう忘れてくれ…」

「隼人氏の方はどうなんだ?」

「うーん、俺のは……似たような感じだな」


 最後に開けた紙の内容を確認し、隼人はそっと折り畳んだ。彼の言動に違和感を抱いたのか、恭子はすかさずそれを取り上げる。


「…多玖隼人を退学させてほしい。…っ!このようなことを書くのは許されない行為よ!」

「なっ、何だと⁉︎記名は⁉︎」

「いえ、匿名で出されているわ…。とりあえずこれは先生に相談して…」

「落ち着いてください。俺は良いですから。別にそこに書いたからって俺が本当に退学させられるわけじゃないですし」

「……そう、隼人くんがそう言うのであれば良いのだけれど…」

「その愚か者は、隼人氏の優しさに救われたな」


 二人は釈然としない様子だが、それ以上言及することはなかった。

 かなりの数の投書を確認し、気が付けば十八時を迎えていた。文芸部であった頃はこの時間まで学校に居残ることは無かった為、窓から見える夕焼け空が新鮮に感じられる。外からは下校する生徒たちの声が聞こえてくる。


「今日はこれくらいにして、私たちもそろそろ帰りましょうか」

「そうですね」


 投書を確認したもの、していないものに分けて袋に入れて棚に仕舞う。そして部屋を出ようとする隼人を背に、孝介が言う。


「隼人氏、下駄箱で待っていてくれないか?そして葵氏、話したいことがあるので残ってもらえますかな?」

「…良いわよ」


 どのような用事があるのかは分からないが、隼人は『待ってるから早く来いよー』と言い残して下駄箱へと向かった。

 彼の足音が聞こえなくなり、恭子が『話したいことって何かしら』と問い掛ける。それに対して孝介は少し間を置いて返答する。


「……俺は葵氏のことを何も知りませんが、隼人氏に対して好意を抱いているという言葉がどうしても信じられないんですよ。ヤツの心は、知っての通り例の事件によって擦り減らされている。もし、隼人氏を苦しめたいという理由でヤツに近付いているのであれば、金輪際関わらないでいただきたい」

「なるほど、そういう話なのね。私が隼人くんのことを好きというのは、本当のことなのだけれども…口だけではどうとでも言えるものね。残念だけれども、証明のしようが無いわ…」

「…今はその言葉が聞けただけで満足。もし、隼人氏を傷付けるようなことがあれば、その時は葵氏を絶対に許しませんぞ」

「肝に銘じておくわ」


 孝介は眼鏡をクイっと上げて立ち去ろうとするが、壁に設置された本棚から、気になるラノベを見つけてしまう。

(この雰囲気でこれを持ち帰ってしまえば、格好がつかなくなってしまう…!)

 じっと本棚を眺める彼を見て、恭子は小さくため息をつく。


「…それは元文芸部の物よ。持って帰りたいのならどうぞ」

「ひゃっほう‼︎」

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