【Ex】価値の違い

 ベッドに腰かけて固いパンをかじっていたリノは、カワウソ聖霊ゲンがさする頭を観察した。固い毛皮におおわれた頭頂部になだらかな山ができている。


「ゲンさんて、小さい体なのにどうしてそんなにベッドから落ちるの?」

「お前が! 天下無双の寝相で蹴飛ばすからだろう!」

「てんかむそう?」

「四字熟語も翻訳できんのか、ポンコツ魔道具め!」


 たんこぶをこさえた聖霊は沸点が低い猛獣と化していた。リノの耳元で光る翻訳機能のある魔道具にキーキーと文句をつける害獣にもなっている。

 口の中のものを飲み込んだリノはゲンに半眼を向けた。


「ベッドに入らなければいいでしょ」

「わしにも布団を使う権利がある」

「蹴られるのも我慢しなよ」

「蹴る前提で話す奴がおるか」


 だってさぁ、ベッドで寝ることなかったし、とパンを齧る相棒にゲンは目をすがめる。


「床に転がっていたのか」

「そこまで貧乏じゃないよ。干し草の上に布をひいてたし」

「ほしくさ」

「あれ? ちゃんと訳さなかった?」


 首元で光る魔道具をリノは持ち上げた。イヤリングと対になるペンダントは、リノの言葉を相手がわかるように訳する機能を持つ。ゲンには不要のものではあるが、国特有の言葉は何となく訳してくれるから助かっていたというのに、調子が悪いのだろうか。

 困ったなぁとぼやくリノにゲンは首を振る。


「貧相な寝床に呆れ返っていただけだ」

「ゲンさん、てさ。ときどきとっても失礼だよね。家がなかったり、ゴミの中で生活してる人もいるんだよ。雨風しのげる所で寝れるって、ありがたいことなんだから」


 難解な表情を浮かべるゲンを一瞥したリノは最後のひと口を飲み込んだ。パンくずをはらい、口端についたカスを舌でなめとる。行儀よく暮らしても、腹は満たされない。

 身軽で図太いぐらいがリノにはちょうどいい。


「物があるならあるで、邪魔にもならない? 夏場の冬の布団とかいい例じゃない」

「押入れや布団箪笥だんすがないからなぁ」

押入れクローゼットはわかるとして、布団とダンスするの?」

ふとんだんす・・・・・・だ。布団の……棚みたいなもんだ。その魔道具、もう寿命なんじゃないか」

「ええー? まだまだ使うよ」


 貧乏性めと悪態をつく聖霊のたんこぶをめがけて、ぽかりと拳が落ちた。



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