第40話 『背中を押して』
黒い灰が舞う。
少し香る硫黄の匂いが、ユフルが温泉地だったことを思い出させた。
けれど今から。
ここは戦場になる。
「その髪と瞳……もしかして、お前ケインか!?」
禍々しい力に包まれた伯父のガインが、愉快そうに笑った。
「知ってんのか?」
「もちろんだ! おーおー、この前生まれたばっかだと思ってたのに、もうこんなに大きくなったんだな~」
手を叩いて小躍りしやがる。
こっちの殺気に気づいてないはずはないだろう。
野郎、俺をバカにしてやがるな。
「カーおじさん……」
「カルマ……」
ミアとクズハが並び立ち、ガインを睨みつける。
「ミア! 生きてたのか~! そうかそうか、封印が解けるのにやたら時間がかかったと思ったら、そういうことか~。そっちの白狐は知らねぇなぁ~。でも、カルマを知ってるってことは、さぞカッコいい俺様を想像してたんだろうなぁ~。どうだ? 想像通りだろ?」
「……メイから全部聞いた」
茶化し続けるガインへの噴火しそうな怒りを抑えて、剣を強く握りしめた。
「本当なんだな? おばあさまの手紙も、おじいさまを殺したのも」
「あぁ~、そうだぜ。見るか?」
ニヤリと笑って、ガインは腰に下げた大きな革袋を開けた。
「ひっ!」
ミアが短い悲鳴を上げて、クズハが唸る。
俺は、言葉を失った。
取り出されたのは、ダインの首だったから。
「ほぉら~、おじいちゃんですよぉ~。昔は黒々してた頭も禿げてみすぼらしいなぁ~。状態保存して、王都の連中にも見せてやるんだ~。ほら、あそこに突き刺さってんのジジイの剣だ。あぁそうだぁ~! あれに突き刺して掲げるのも面白いなぁ~!」
もうダメだ。
我慢の限界だ。
こんなもん見せられて、頭に来ねぇ奴はいねぇ!
「このクズがあああああああああっ!!」
化身の狼が吠え、俺は同時に駆け出した。
「くっ!?」
そんな勢いのついた顔面に、ダインの頭が投げ込まれた。
「ばぁ~か」
咄嗟に構えを解いて首をキャッチした。
その隙に、ガインはミアを斬り倒した。
「あ……」
「ミア!!」
一瞬だった。
頭に血が上って、ガインの動きが見えてなかった俺のせいだ。
「このぉ!!」
となりにいたクズハが小太刀で斬りかかる。
修業で金級冒険者も倒せる腕になったはずだが、ガインは軽く受け止めた。
「後衛を先に潰すのは、多対一なら基本だろ~? 大好きなおじいさまに教わらなかったのかぁ~?」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
クズハが距離を取る。
ダインの首を置いて、今度こそ俺が突っ込んだ。
「剣聖流
ガインは一瞬顔を強張らせたが、これも防がれた。
けど、勢いは殺せずに焼け落ちた建物に衝突した。
「剣聖、だと? お前、剣聖に弟子入りしたのか?」
「あぁ、そうだよ!」
拮抗する剣の向こうで、狂った笑みが浮かんだ。
「いいなぁ~剣聖に認められるってことは、才能があるんだろうなぁ~!」
化身を纏った俺の攻撃は、闘気に触れただけでも斬撃を与える。
にもかかわらず、ガインはニヤついた顔を近づけてきた。
「クソ弟とクソ嫁は優しかっただろう? ジジイとババアは甘ちゃんだっただろう? みんながお前を褒めて認めて可愛がって、実家は幸せだっただろう? なぁケイン~?」
耳元まで避けそうな口に反して、目は一切笑っていない。
「ぶっ壊してやるよ、その幸せ」
血を流す笑顔が、不気味で仕方なかった。
「ぐっ!」
増幅したオーラに吹っ飛ばされ、バランスを崩した。
明らかな隙だったのに、ガインはへらへらしたままこっちを見ている。
「舐めやがって」
「はああああああっ!」
背中を熱波が襲う。
見たことないほど高めた、クズハの妖力だった。
「クズハ! ミアは」
「無事よ! どいてケイン!」
言われると同時に跳び退いた。
獣人の気迫と妖力が、メラメラと燃えている。
「狐火転変、奥義!」
素早く結ばれた印が、手元に残像を残した。
「
数えきれない狐火の群れ。
ひつつひとつが牙を剥いた狐の姿になって、獲物に襲いかかる。
「ヒャハハハハハ!」
迫りくる群れを、ガインは楽しそうに斬り捨てていく。
「やるじゃねぇか~! なら俺も……カルノおぉぉぉ!」
赤黒いオーラに角が生えたように見えた。
煌々と燃える狐火たちは構わず噛みつくが、禍々しさを増した力にかき消されていった。
「そんな!?」
「次はお前かな~?」
突風みたいに迫ったガインが、クズハに囁いた。
「させるかよ!」
だが、二度も同じミスをしてたまるか!
「魔法剣
間に入り込み、鍔ぜり合う。
迸る稲妻が刃を覆った。
「なんだその力? カッコいいじゃねぇかぁ~」
「てめぇに褒められても嬉しくねぇ!」
「狐火転変、
クズハも小太刀に火を纏わせて、二人で斬りかかった。
背後を取ったり同時に攻撃してるのに、ガインはもう一つ顔があるんじゃねぇかって速度で反応してくる。
「こいつっ!」
それに、ムカつくのが太刀筋だ。
構えも、クセも、ダインにいちいち似てやがる。
殺すほど憎んでたんじゃねぇのかよ、馬鹿野郎!
どんだけ憎もうが、殺してしまおうが、お前たちは親子だったんだよ!!
「くそがあああああ!」
もう見てられねぇ。
化身武装で一気に決める!
「ケイン!」
名前を呼ばれてハッとした。
ガインの姿に目を奪われて、背後から伸びたオーラの触手に気づかなかった。
「しまっ」
振り向いたときには、血が飛び散っていた。
俺のではなく、庇って腹を貫かれたクズハの血が。
「クズハああああああああ!!」
だらんっと手足を投げ出したクズハは、そのまま焼け残った石壁に叩きつけられた。
「ヒャハハハハハハハハ! なぁ~んにも守れないなぁ~、ケインちゃ~ん!」
腹を抱えて笑いやがる。
こんなに人を傷つけて笑えるんだ?
前の俺でも、喧嘩屋やってて楽しかったことなんて一度もなかったってのに。
「てめぇ……ガイン・ローガンっ!!」
「おじさんをつけろよ、甥っ子~」
笑顔を崩さないガインの剣が、目の前に迫っていた。
ギリギリで避けた俺はそのまま腹に風穴を開けようと突き出し、躱され、横薙ぎで追撃し、防がれ、触手を避ける。
呼吸すら忘れそうになる攻防。
化身武装の名前を口にする余裕もない。
でも、負けねぇ。
絶対に、こいつにだけはっ!
「ヒャハ!」
俺を見据えたまま、急にガインが明後日の方向へ斬撃のオーラを放った。
だが次の瞬間、その目的が分かった。
避難させていた王都の兵士を狙っている。
「このクソ野郎!」
駆け出し、攻撃を受け止める。
全員が重傷だから、この人たちは逃げることも自分を守ることすらできない。
今動けるのは、俺だけだ。
「ぐおおおおおおおおおっ!」
「そうだよなぁ~。誇り高いローガン家のお坊ちゃんなら、見捨てたりしねぇよな~」
耳元で聞こえた声に、背筋が凍る。
最初の斬撃と合わせて、左から本命の一撃が加えられた。
「がはっ!」
闘気のおかげで死にはしなかった。
でも、それだけだ。
めちゃくちゃ痛いし傷は残る。
「終わりだ」
ガインは間髪入れず斬りかかってきた。
なんとか剣で受けたが、斬撃に押され勢いよく吹っ飛んだ。
「そのまま死ねぇ!! ヒャハハハハハ!」
背後を見て、意味を理解した。
俺が飛ぶ先に、ダインの剣が突き刺さっている。
このままだとあの剣とガインの斬撃に挟まれて真っ二つになって、となりに横たわる体と並んでしまう。
「蒼銀……」
化身武装を纏おうにも、肺が圧迫されて声が出ない。
くそっ、くそっ!
こんな終わり方してたまるか!
ダインの……おじいさまの仇を取れなくてどうすんだ!!
「ぐっ……くぅ!」
なんとか地に足付けて踏ん張るが、背中に刃が食い込んでいく。
熱い痛みが、じんわりと広がっていくのを感じた。
『ケイン』
声が聞こえた。
聞き間違えるはずがない。
二度と聞けないと思っていた声。
おじいさまの優しい声が。
「なああああんだああああああそりゃあああああ!!」
ガインが悲鳴を上げている。
視線の先は俺の背後。
微かに光が後光みたいに差している。
刃が食い込む痛みもいつの間にか消えていて、背を押されている感覚がある。
「なっ!」
振り返ってみて、ガインが叫ぶ理由が分かった。
首を失ったダインの体が動き、剣を握って立っていたのだ。
『我は
首のない死体には今にも消えそうな武装の光が光っている。
きっとダインは死の直前に、化身武装に覚醒した。
その力の残滓が死んでもなお残って、メイを逃がし、俺を助けてくれている。
なんて、なんて強い力だろう。
『我はもう……消える……ケインよ……どうか、ダインの……想いを……』
俺は黙って頷いた。
見届けてくれたのか分からないが、レオニダスは役目を終えたように穏やかに消えていった。ダインの体も、ゆっくりと横になった。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
迸る闘気と稲妻。
なんとか斬撃は相殺したが、剣は砕けてしまった。
だが、剣はまだある!
「ガイン!!」
突き刺さった大剣を引き抜き走る。
借りるぜ、おじいさま!
「『火よ 燃え盛る礫となり この手に宿れ
そして込めるのは、おばあさまから教えてもらった魔法。
二人にもらった力をぶつけてやる!
「
さっきまで余裕たっぷりだったガインは、明らかに取り乱していた。
まるで泣くのを我慢する子どもみたいに。
「なんなんだよおおおぉぉぉぉぉ!」
それでも体に染みついた構えはブレていない。
「うおおおおおおおっ!」
今なら斬れる!
身に着けた技のすべてをぶつけてやる!
「……なんてなぁ~」
馬鹿にした笑みを浮かべて、ガインはひょいと跳び退いた。
「その剣めちゃくちゃ重いよなぁ~。大振りになっちまうよなぁ~?」
たしかに、俺の一撃は威力も動きも大きい。
振り下ろしの隙を狙われたら今度こそやられる。
だからガインは、間合いのギリギリ外でニヤつきながら攻撃を避けた。
「剣聖流」
でもよ、俺がそんなの分かってねぇと思うか?
俺は剣聖の弟子だぞ?
ダイン・ローガンとモニカ・ローガンの孫だぞ?
俺は将来、武神になる男だぞ!!
「秘剣!」
まだ師匠のようにはできない。
だからこその魔法剣だ。
地面に当たった刀身は炸裂し、爆風を生み、剣を跳ね上げた。
「燕返し
おばあさまの魔法とおじいさまの剣。
そして師匠から受け継いだ俺の技は、ガインの体を斬り裂いた。
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