第25話 『雪玉獣討伐クエスト1』

「さっむ!!」


 兄貴と住んでる洞窟のある森を抜け、一番近い山を登る。

 ここからさらに二つ山を越えた先には、面白い形に煙が纏わりつく白髭山が見える。周辺には温泉が湧いていて、昔から湯治の名所らしい。あの煙は湯気で、冬の間は真っ白な山を老人にしていた。


「さっさと歩きなさい。遅れてきたのはあんたでしょ」


 前を進むクズハが厳しい顔で睨んできた。

 そう言われても、積もりまくった雪は足が取られて歩きづらい。全身に毛が生えた獣人といっしょにされたら困る。


「そ、それは謝っただろ? 果物屋のおばちゃんに手伝い約束してたから、朝一でやってたんだって」

「そんなの知らないわよ。こんな果物ひとつで、小言がなくなるなんて思わないでくれない?」


 そんなこと言いながら、自分の目と同じ色の果物を美味そうにかじっている。

 俺の懐で温まるゴクウも、口の周りに果汁をつけていた。


「だいたいクエストとして貼られてたのに、なんでタダで手伝ってんだよ。今はな、金が必要なの! 小銭でもなんでも!」

「必要なのは元々あんたでしょうが! ぶつくさ文句言う権利があると思うな!」

「あいてっ!」


 ケツを蹴られた兄貴が飛び上がり、雪の中に埋まった。


「っていうかよ、いっしょに来てよかったのか?」

「どういう意味よ?」


 なんか視線に噛みつかれてるって言うんだろうか。

 クズハが俺たちを見る目は敵意丸出しで、全然心を開いてないのが分かる。まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。


「あんたたちの実力見ないといけないんだから、ついてくのは当然でしょ!」

「いや、それは分かるけどよ。その魔物って強いんだろ? 俺は初めての討伐だし、なるべく守るけど怪我しても知らねぇぞ?」


 クズハの伸びた耳がピクピク動いて、おもむろに腰に手を当てた。


「なるほど、心配してくれてんだ? でもお生憎さま! わたしは」

「スノー・ウルフだああああああ!」


 雪から飛び出した兄貴が叫んだ。

 一瞬分からなかったが、雪面に溶け込む白い毛の狼の群れがこっちに走り寄って来ている。


「な、なんすかあれ!」

「冬に活発になる魔物だよ! 動きは速いし爪と牙は鋭いし、なによりあの数だ! 雪玉野郎よりは弱いけど、あれに全滅させられたパーティは少なくねぇ!」


 背中にすがる兄貴を引き剥がし、服の中でジタバタするゴクウを黙らせ、剣に手をかける。

 だが、目の前を白いモフモフが遮った。


「いい機会だわ! 私の強さを見てなさい!」

「お、おいおい。馬鹿言うなよ!」

「うるさい! ここは任せろって言ってんのよ! その代わり、本命はあんたたちだけで戦うのよ?」


 昨日感じた不思議なオーラがクズハを包む。

 

「……あれは」


 指を二本立てる構えを取ると、周りに光が灯り始める。

 メイが使う忍術でもやっていた。たしか、印って言うんだっけ。


「来たれ、狐火きつねび!」


 呟いたと同時に、いくつもの蒼い火の玉がクズハを囲んだ。

 しかし、スノー・ウルフは止まらない。


「いけ」


 澄んだ声に従って、火の玉が一斉に襲いかかった。


「ギャインッ!」


 ファイアボールの魔法と違い、当たっても炸裂はしない。

 でも瞬く間に全身に燃え広がって、そこら中にある雪に転がっても消える気配はない。


「ガアウッ! ギャンッ!」


 避けられても、ふわりと軌道を変えて追い続ける。

 一度当たっても炎を残してまた飛び立ち、他の敵に襲いかかった。


「すげぇ……」


 クズハはまだ一歩も動いてない。

 それなのに、群れの数はどんどん減っていった。


「ウオオオオオオオン!」


 奥からひと回りデカい獣が突進してきた。

 他と違って角が生えてるし、たぶんあれがボスだ。めちゃくちゃ速くて、狐火じゃ捉えきれない。


「ふんっ」


 鼻を鳴らしたクズハの手に合わせて、火の玉が動いた。

 複雑な配置で空中に止まったが、攻撃するようには見えない。そんなことをしている間にも、ボスとの距離は縮まっていく。


「お、おい!」

「狐殺法」


 ボスに劣らない速度でクズハが走り出す。

 そして跳ぶと、狐火を足場に縦横無尽に飛び回った。


飛影とびかげ!」


 あまりの速さに白い軌跡を残す獣人を、魔物が捕まえるなんて無理な話だ。


 抜き放った小太刀の刃が、冬の太陽を反射させた。


「はあっ!」


 加速した勢いのまま振るった小太刀が、ボスの首をはねた。

 断末魔さえ上げられなかった死体が血を噴き出し、白の中に紫を広げていく。

 手下のスノー・ウルフたちはその様子を見て、散り散りに逃げ出していった。


「強えぇ……」


 クズハがこんなに強いとは思わなかった。

 アルケの町にいる冒険者より遥かに強い。見た目で判断してたら、痛い目見るな。


「おっかねぇ……」


 俺の後ろで、兄貴が別の意味で震えていた。

 

「ふふんっ! ま、こんなもんよ!」


 血払いをしながら近づく顔は、これ以上ないほどのドヤ顔だった。


「マジで驚いた。そんなに強かったんだな」

「当たり前でしょ? ついでにこれも見なさい!」


 首元から小さな鎖を抜き出して、ぶら下がるものを見せつけてきた。


「ん? え、おまっ、これ!」


 そこには、銀色の冒険者証が輝いていた。


「そう! わたしは十二歳で銀級冒険者なのよ! だからこんなの簡単だし、あんたたちより強くて偉いの! 分かったかしら?」


 クズハはのけ反って、これでもかってくらい高笑いをした。


「さあ、わたしの素晴らしさが分かったところで、討伐対象のところに急ぐわよ!」


 気を良くした狐娘が、こっちのことはお構いなしにずんずん進んでいく。

 

 あんな小さな女の子との実力差にへこんだ兄貴を引っ張って、慌てて追いかけた。


「……住処はあの岩場の向こうね。ムーサ・シミックス、ちょっと見てきて」

「は、はあ!? なんでオレが!」

「あんた、仮にもジョブはシーフで登録してんでしょ? なら、斥候としての仕事くらいしなさいっての!」

「え、兄貴シーフだったんすか?」

「なんだと思ってたんだよ」

「家具職人」

「てめぇの椅子だけ壊れやすくしてやろうか」


 俺は楽しかったけど、なんだかんだ言いながら時間を稼いでいるのが伝わってくる。


「はぁ……なら、これ貸してあげる」


 クズハが手を振ると、さっきより少し大きな狐火が現れた。


「えっ! マジでいいの?」

「ほら、その上に立って」


 火の玉の上に器用に立つと、兄貴は目を輝かせて感動していた。


「熱くないんすか?」

「おぉ、全然だ! なんか、丸いけど馬の上に立ってるのと変わらねぇ感じだな!」

「狐火は術者が念じないと燃えないのよ。だから、さっきわたしも足場にしたし。ただ」

「ただ?」


 なんか焦げ臭い。

 いつの間にか、兄貴の足元から黒い煙が細く立ち昇っていた。


「術者以外が触れると、数秒後に弾き飛ばされる」

「騙しやがったなああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 昔テレビで見たペットボトルロケットの何十倍の勢いで、兄貴は空へ飛んでいった。


「兄貴いぃぃぃぃぃ!」

「そのまま様子見てきなさーい」


 冷たく言い放ち、クズハは呆れたため息をついた。

 

「ったく……よくあんなのを兄貴なんて呼べるわね」

「あんなんだけど、いいとこあんだよ」

「ふぅ〜ん。ま、わたしはお金が戻ってくればいいんけどさ……っていうか、さっきからジロジロ見るのやめてくれない? 気づいてないとでも思ってんの?」


 あからさまに不快な顔で、クズハが数歩距離を取った。


「いや、変な意味で見てたわけじゃねぇよ」

「じゃあなによ」

「きれいだなって思って。見惚れてたんだ」


 下手な言い訳してもぶっ殺されると思ったから、正直に答えた。


「ふぇ!?」


 クズハは顔をぼっと赤くして固まった。

 なんか見たことのあるリアクションだ。


「ききききれいって。わたしが!?」

「おう。だって、びっくりするほど真っ白でさ、ところどころキラキラしてて周りの雪にも見劣りしねぇよ。風になびいたときも、冬毛なのに尻尾の先までさらさらしてたし」

「ま、まぁ、手入れにはちょっとこだわりあるし……」

「その目もさ」


 よく見ようと思って近づいた。

 殴られるかと思ってちょっと警戒したけど、びっくりしてただけで手は出なかった。


「すげぇきれいだよな、夕焼けみたいに真っ赤で」

「ああああありがとう。あんたの、目も、緑色で……いいんじゃ……ない?」

「ありがとうよ! 目は母上譲りなんだ!」


 おぉ、初めてこいつに褒められた!

 

「よっしゃ! 兄貴戻ってきたら、今度は俺の活躍見せてやるぜ!」

「き、昨日まで磁器級だったのに、本当に大丈夫なの? 正直……あんまり強そうに見えないんだけど」


 下から睨みつけてくるが、なんとなく今までみたいなトゲトゲしい感じがしない。


「まぁ見てろって。強さに見た目は関係ねぇって、お前が教えてくれたんだろ? そんなにかわいいのに、あの強さだ。俺だって負けてらんねぇよ」


 柔軟をしながら前を向く。

 こんなふわふわの、子狐みたいな女に驚かされたんだ。俺も今までの成果を見せてやる!


「かわっ……いい……わたわた、わたしが……かわ、かわっ、きゃわわわわ」

「大丈夫か?」


 なんか知らんがふらふらし始めたクズハを、咄嗟に支えた。


「な、なにすんのよ!」


 なのに、いきなりビンタをくらった。


「いってぇ! そっちこそなにしやがる!」

「勘違いしないでよ! このわたしをちょっと褒められたくらいで尻尾を振るような、チョロい女だと思わないで! このえっち!」

「意味分からねぇよ!」


 背中を触っただけで、なんでそうなる! 


 二人でギャーギャー言い合っていると、ゴクウが出てきて頬をつついた。

 

「ウキ」

「ん? お、あれは兄貴の鳥だな」


 木で出来た小鳥のおもちゃが飛んでくる。

 ティアさんの刺青みたいに魔法の紋様を彫って、魔力を込める。そしたら本当の鳥みたいに飛ぶし、器用な兄貴は短い発声機能まで追加していた。


「マジヤバイ、カエロウ、カエロウ、ムリムリムリムリ」


 インコみたいに高い声が、嘆く気持ちを伝えてきた。


「……行くわよ。討伐対象がいるんだから」


 クズハはそんな気持ちを汲むことなく、有無を言わさず走り出した。


「お、おい! 待てよ!」


 見た目通り素早いモフモフを、必死に追いかけた。


「き、来たか。見ろ見ろ見ろ、そして帰ろう」


 岩場の影にうずくまって、兄貴は囁いた。


「なによ。あんな魔物一匹にそんなにビビらなくても」

「いいから見ろって! オレの言ってる意味が分かるから!」


 怖がりながらもその目は真剣だった。

 クズハもただならない剣幕を察して、俺といっしょに岩場から顔を出した。


「なに……あれ」


 強気だった声が震える。


 目の前には広がる雪。

 その中を、一軒家みたいにデカくて丸いモフモフが動いている。名前通り、たしかに雪玉に似ている。

 体毛は白いが、クズハと違い汚い。だがそれよりも目を引くのが顔だった。長い牙が上下に伸びた恐ろしいお面みたいな顔が、荒い息を吐いている。


 その数、八匹。


「どういうことだよ。お前が持ってきた紙には、一匹って書いてただろ?」

「分かんないわよ! 雪玉獣がこの時期に群れるなんて聞いたことない! あいつらが子どもを作るのは春よ? 普通は冬の間に冬眠中の動物とか食い荒らすから、むしろ他の奴とは争うはずなのに!」


 小さい声だけど、感じる恐怖は伝わった。


 よく分かんねぇけど異常事態なんだな。

 たしかに、あれは一匹でも油断できねぇ。


「ウキイィィィィ」

「ゴクウ?」


 珍しくゴクウが威嚇している。

 いつもは猪相手でも、隠れてやり過ごすのに。


「……ごめん、ムーサ・シミックス。たしかにこれはヤバいわ」


 顔を引っ込めて、クズハが兄貴に謝った。


「そ、そうだろう? あいつら目や耳はそれほど良くないけど、熱を感じて動くからな。ここも長居すると危ねえ。さっさと戻って王都に上級冒険者の派遣を」

「っし! やるかゴクウ!」

「ウッキャ!」


 なんか二人でこそこそ話してたとなりで、俺とゴクウは揃いのハチマキを締め直した。


「……は?」

「な、なに言ってんのよ? ちゃんと見たの? 話聞いてたの!?」

「おう! あいつらがウジャウジャいるのってヤバいんだろ?」


 ちゃんと合ってたはずなのに、二人が怒り出した。


「だからこそ逃げるんだよ馬鹿! なんでやる気なんだお前!」

「そうよ! あんたの兄貴の言う通り!」

「いや、だからさ。あんなのがいたら、この山めちゃくちゃになるってことだろ? とにかく食い荒らすってんなら、町にも被害出るかもだし。ここで倒したほうがいいじゃんか」


 きっと怖いんだろうなと思って、安心させるために満面の笑みってやつをした。

 でも、二人はドン引きしていた。


「あーそうだったー……こいつの母親もこんな感じだったわー……あー嫌な思い出蘇るー」

「あのね! 戦ったら死ぬって言ってんの! なんで分からないの!?」

「死なねぇよ」


 剣を抜いた。 

 今度は自信を込めて、ニヤリと笑った。


「今度は俺の活躍見せるって言ったろ? んじゃ、行ってくるぜ!」

「え、ちょっ!」

「待てケイン!」


 岩場から飛び出し、魔物たちに向かっていく。


 旅に出て初めてやる本格的な戦闘。

 そうだ、こういうときなんて言うか、ダインが教えたくれたっけ。


 たしか。

 

「血湧き肉躍る、だったな!」

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