第2話 普通のカレー

 3年生の時、合宿中の時のこと。


 食事当番の組み合わせを部長のケイスケと考えていた。

 これっていろいろと難しい。


 僕とタカは船舶免許を持っているので、一緒の当番にするとヨットの練習に影響する。

救助艇が出せなくなってしまうのでね。

 あと人…、人柄というのか。

 合う合わないがあるし、車で買い出しに行くので免許や車の運転の慣れとかね。

 それに誰かひとりはちゃんと料理ができないと。


 どうしても3年の沢木とタカがいっしょになってしまう。

 この二人は危ない、何をつくるかわからない。

 タカと同じ配艇の僕でさえ、

「ここ、分けようよ、タカと沢木はまずい…」

 と提案した。


 部長のケイスケも悩んでいる。

「堀ちゃんさ、考えようによっては一度に危険人物が集まるから、一度みんな我慢すればさ…」


 そうゆう考えもあるのか…、ケイスケ。

「もう一人、1年女子の高橋にすれば…」

 高橋はおとなしい、いい子だ。

 お嬢様で間違ったことはしない。

「でもな、タカと沢木の組み合わせはな…」

 二人の性格をよく知っている僕とケイスケは悩んだ…。

 二人分けると二度の冒険がある。

 合わせれば一度の冒険でいい。

「堀ちゃん、高橋にかけよう、あの子はすごくおとなしいし、しっかりしている。ひょっとするとあの二人を押さえるかもしれない…」

 高橋に僕らはかけた。

****

 タカと沢木と高橋の食事当番の日。

 僕は練習後台所に顔を出した。

 会計として食材の領収書と残金があればもらわないとね。


 台所にはカレーのいい香りがした。


 この組み合わせでカレー。普通すぎる。

 おかしい、あきらかに何かある。

 表があれば裏がある。

 一度、沢木に若い女性相手のスキーのコーチを頼まれて痛い目にあったしね。


「カレー」

 僕はタカに言った。

「おう、堀ちゃん、そう、今日はカレーだよ」

 タカが応える。


「カレー」

 僕がつぶやくと、

「カレーなんだな、これが」

 沢木も応える。


「カレーね…」

 さらに続けると、

「先輩、カレーです、おいしいですよ」

 高橋はぎこちない笑顔で返事をした。


 引っかかるな~。

 この組み合わせでカレー。

 高橋の応えもちょっと変だ。

「激辛はだめだよタカ」

 タカと僕は同じ船の配艇の仲良しだ。

「今日の沢木とタカの食事当番の組み合わせさ、警戒しているからね、みんな…」

 にやりと笑うタカ。

「味見していい? 激辛だと困るよ…」

 僕が鍋の横に立つと、高橋が小皿を用意した。気が利くいい子だ。


 鍋が二つある。量が量だからだいたいどんな料理も鍋が二つ必要になる。


どちらもあやしいな…

「大丈夫だよ堀ちゃん、普通だよ…」

 沢木も笑っている。

 それならいいんだけれどね。


 味見をする。

 きわめて普通のカレーだ。

 ちゃんとおいしいカレーだ。

「カレーね…」

 僕は高橋を見た。

 目をそらす高橋。


「高橋…、大丈夫だ、高橋の立場はわかる。二人を気にせず言いたいことがあれば言ってごらん。すべてはこの二人の責任だ。み~んなわかっているから…」

 壁を向く高橋…。

 それを見て笑うタカと沢木。


「堀ちゃん、牛肉と豚肉どっちがいい?」

 沢木がニコニコしながら僕に問う。


「分けたな!」

「うん!」

 やりそうなことだ。


 ふたつある鍋のうち一つが豚で、一つが牛だ。

 そして彼らは牛肉を食べるのだろう。

 よく考えるよね、沢木もタカも。


「うしさん…」


 僕は正直に言った。

「高橋、堀ちゃんは牛鍋ね、こっちのほうね」

 右のちょっと深い鍋のほうを指しながらタカが言うと、

「はい!」

 高橋が笑って応えた。

*****

「激辛だろう!」

 夕食時、だれもがそう言った。


「君たちの目は曇っている、俺とタカがどんなに素直でいい人間か今日でわかる。フィルターのない透き通った目で俺たちを見て欲しいもんだよな」

 沢木、“強きを助け、弱きくじく、人に厳しくおのれに甘い”彼が言った。


 僕はカレーをよそう高橋に目配せした。

 高橋は笑いをこらえながら牛鍋からカレーをよそい、そのお皿を僕のほうに寄せた。

 すごいぞ、高橋。

 沢木もタカも牛鍋だ。

「じゃあ、今日もお疲れさん、いただきます」

 部長のケイスケのかけごえとともに僕らは食べ始めた。


“僕と沢木、タカ、高橋、偶然に深い鍋からよそわれた者たちはね、牛なんだよ”


 僕は少しだけ幸せを味わっていた。

 運、不運ってあるんだな、こんなところにも。


「あ…、普通のカレーだ…」

 ケイスケが怪訝な顔をしている。

「なんか普通…」

 えりもそう言った。

「だから俺たちはちゃんとしているんだよ、普段の俺たちの行動からわかるでしょう」

 沢木が応えた。

 普段の行動からみんなそう思っていたのだけれどね。


「肉、固くないか…」

 僕と同期の小杉がつぶやいた。

「う~ん、固い感じがする」

 小杉と同じ配艇の大野も同調した。

 僕は、タカと沢木と高橋を見た。

 彼らも僕を見ている。


“肉に差をつけすぎたか…”


「そうか、普通だけれどな…」

 ケイスケが言った。

 ケイスケ、やっぱり悪運が強いな、“牛”か…。


「おいしいで~す、お肉も柔らかいで~す」

 河井ちゃんはいつも通りニコニコしながら食べている。

 河井ちゃんはいい子だ。

 そうか、河井ちゃんも“牛”か…。それこそ普段の行いだな。


 さて、僕も“牛”を食べよう。

 いい具合にスプーンの上にすくい、肉の塊を口に運ぶ。

 カレーに包まれた牛肉だね。いいね。

 噛む。

******

 翌日、僕とタカはヨット部の愛艇J-2130の上にいた。

 タカと僕は二人とも船舶免許を持っているので、救助艇に乗ることも多く、コンビといえどもなかなか二人では乗れないが、今日の午後、タカの食事当番が終わったあと、久しぶりに二人で乗った。


「堀ちゃん、昨日のカレー、悪かったね」

 タカは船の前方を警戒しながら言った。

「みんなにばれてないかな…」

 僕は後方を見回してそう応えた。

 接近する船はいないね。衝突も怖いからね。

「大丈夫だろ…、高橋にも言っておいたから」

 船は海上をすべるように走っていた。声が届く範囲に他のヨットはいない。

 というか、風や波の音で余程近くにいないと会話は聞かれない。


「でもな…、固かったね、牛肉…」

 ゴムのような昨日のカレーの肉を思い出して僕は言った。

「うん、固かった…なかなか噛み切れなかった…もっと高い肉を買うべきだった」

 タカもつぶやいた。


 天気もよく、波もおだやかで、船は本当に心地よく走っていた。

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