第15話 14 夢



 朝日が差し込んでくる。鉄格子を通して朝日が差し込んでくる。朝、目覚めて最初に考えること。簡単明瞭だ。目覚めたくない、それだけだ。それでも起きなければならない。規則に従い定時に起きて、定時に朝食を食べ、歯を磨き、支援学校へ通う。そんな繰り返しに意味があるのだろうか? 意味のある人生を考えていた訳では無い。当時の私が思っていたことは、逃れられないリフレイン。意志を無くしたベルトコンベアーの上の物体。魂の無い動く人形。そんな事を感じていたのだろうと思う。


 休日、暦通りにやって来る。古くからのしきたり。一番憂鬱な日。少なくとも、支援学校へ通うと、あの施設から離れる事ができる。休日、施錠された大きな子犬達の飼育室。それでも、少しだけ、解放される時がある。散歩の時間。志願したものだけが外へ出れる特別な時間。職員達の付き添いで外へ出れる特別な時間。施設の敷地内だけを歩く時間。タイムリミットは1時間だ。


 いつものように、私は従順な子犬達の一番後ろを歩く。最後尾には職員がいるから、私は後ろから二番目になる。


 外の空気。自由への誘い。風が私の髪を撫でる。切なくなりそうだ。それでも私は歩いた。1時間の自由を無駄にしてはいけない。


 その日は、かなり後方から二輪のエンジン音が聞こえてきた。施設の真ん中を走る二車線のアスファルト。此の施設のメインストリート。私達は、森の中の小道を出て、この道に出てきた。いつものコースだが、その日は違った。施設のバスや、職員の車しか走ることのない此の道を、後方からエンジン音を響かせて一台の二輪が近づいてくる。先頭にいる職員が訝しげに後方を振り返る。そんなことには構わずに二輪が近づいてくる。やがて二輪は私達散歩グループに近づくと、少しスピードを落としてゆっくり走ると、またスピードを上げて去っていった。


 知的障害者の集団を見るのは、そんなに楽しいものなのか?


 過ぎ去っていく前に、私はヘルメットの中の顔と目が合ったような気がした。ただ、その時に思ったことは、その後ろのシートに私を乗せて連れ去ってほしい、と思ったこと。その時は、そんな思いが二輪のライダーに伝わったのかもしれないと思った。


 それ以来、私は、時々、二輪の後ろに乗って何処までも続く真っ直ぐな道を、唯ひたすら走り続ける夢を見るようになった。なんて素敵で切ない夢だろう。

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