連想推理探偵部

ゆーり。

連想推理探偵部①




「おはよう、諸君!!」


高校三年生の思乃(シノ)は探偵部である。 それもオンリーワンの部長ともなれば朝の挨拶も気合いが入る。 部室の扉を開けると、部屋を見渡し部員の姿を確認し大きな声を上げた。


「みんな揃っているな? 番号、始め!!」

「1!」

「2! 3! 4! 5! 6! 7! 8! 9! ・・・からの一万ッ!!」


“1”以外の声は全て思乃の一人芝居である。 それを聞いた助手(唯一の部員)の想太(ソウタ)が朝の日課のように溜め息をつく。


「・・・いつも思うんですけど、この茶番は必要ですか? 部員が二人だと寂しいからたくさんいて活発だと思いたい、って・・・。 まぁポジティブだとは思いますけど、流石に一万は酷いです」


想太も最初はこんなやり取りも面白いと思ってくれていたようだが、流石に毎日ともなると飽きているようだ。


「何を言っているの? 想太は数字というものの本質を理解していないようね」

「ほ、本質?」

「数字は数が多ければ多い程偉いのよ? 想太。 お給料が三十円か一億円かだったらどっちを選ぶ?」

「いや、そりゃあ一億円を選びますけど・・・。 って、そんな極端な!!」

「ほらぁッ!」

「ほらぁッ! じゃないですよ、全く・・・」


探偵部の部員は、まことに残念なことに部長である思乃と副部長である想太の二人だけしかいない。 いずれは廃部の危機、そんな単語が時折想太の頭を過るが今のところは活動を続けられている。

おそらくそれは活動内容に理由があると判断しているが、ともかくとして二人だけの気ままな部活動は今日も順調だ。 想太はどうやら何かの冊子を見ており、思乃はそれを横から覗き込んだ。


「歴代の部員の写真を見ているのね?」

「はい。 どうして昔はこんなに部員がいたのに、今はこんなにも減ってしまったんでしょう・・・」

「さぁ? 考えても仕方がないわ。 それにしても想太の写真写り悪過ぎない?」

「なッ・・・!」

「まるで狙ったかのような変顔。 写真に写っているのが想太だと知らなければ、想太と気付かない程に酷い。 これじゃあひょっとこも裸足で逃げ出すわ」

「い、言わないでくださいよッ! これでも気にしているんです!!」

「気に障るようなことを言ったのなら申し訳ないわね。 ごめんなさい、ひょっとこさん」

「そっちですか・・・!」


肩を落とす想太に気合いを入れるよう叩き、思乃は依頼箱へと足を進めた。 依頼箱は探偵部のメインとなる活動の予定を立てるために必須だ。

昇降口に設置していて、朝箱を入れ替えると同時に想太が部室に持ってくる手筈となっていた。


「なッ! 今日も依頼がゼロじゃない!!」

「僕は知っていましたけどね。 部長理論だと数字の少なさに市民権を獲得できなさそうですね」

「そうは思わないわ」

「どうしてですか? だってゼロですよ? 何もないんですよ? まだマイナスがあるとか言いますか?」

「そう言うんじゃないわ。 私はゼロか一なら迷わずゼロを選ぶの。 何故なら響きがカッコ良いから!!」

「もう、好きにしてください・・・」


ただ依頼がゼロとなると話は別だと思う思乃である。 それなら一つでもいいから依頼が入っていてほしい。


「でもそろそろ新しい部員を増やさないと、ここの探偵部もいずれ終わってしまうのも確定的ね」

「こんな・・・。 いや、何でもないです。 探偵部を存続させたいんですか?」

「当たり前じゃない!」


想太は基本的に敬語を使うが、二人は同い年の三年生だ。 思乃たちが卒業してしまえば後継者はいないため、部活は消え去ってしまうのが自然の摂理。

メンバーがいなければどんなに有用な部活も存続できない。


「二年前までは依頼もたくさんあって楽しい部活だったというのに・・・」

「依頼がないということは、それだけ平和ということでしょう」

「まぁ、そうかもしれないわね・・・。 私たちの部活の存在はこのまま忘れさられてしまうのかしら」

「今まで未解決で終わった依頼はないんでしたっけ?」

「一度だけあるわ。 未解決事件。 でもそれは二年前の話よ?」

「それ以外の依頼は全て完璧にこなしていたんですよね? なのに珍しいですね。 未解決のまま終わっている依頼があるって」

「まぁ、そうね」


思乃はそう言いながら、僅かに表情を曇らせた。 想太がそれに気付いたかは分からないが、話を止めるつもりはないようだ。


「どういう依頼だったんですか?」

「嫌がらせを受けていた一年の女子生徒がいてね。 その女子生徒は先生に相談したらしいけど、証拠が何もないからって信じてもらえなかったらしいの」

「うわぁ、酷い・・・。 嫌がらせってどんなことですか?」

「聞いたところによると、体操服をボロボロにされたりとかね」

「陰湿なヤツですか・・・」


探偵部として依頼を受けたことは多々あるが、想太がこの部活に入ってからいじめの解決というのはなかった。


「だからその証拠を入手してほしいという依頼よ」

「それで?」

「無事犯人を突き止め証拠をゲットしたわ。 だけど犯人は三年生で、当時探偵部の部長だった一ノ瀬先輩と仲がよかったらしいの」

「探偵部の部長と犯人がですか!?」

「えぇ。 汚い人間が依頼を受けたはずの探偵部の上と繋がっていたというわけ」

「何か含みを感じますね・・・。 それで依頼が揉み消しにされたとか・・・?」

「簡単に揉み消せるとは思えないけどね・・・。 それで事件は迷宮入りし、それ以上捜査されることはなかったらしいわ」


全てを話すと想太は気分を悪そうにした。


「その時思乃さんはいなかったんですよね?」

「えぇ。 私が入部したのはその後だから。 残念よね、もし私がいたら二人共今頃ふりかけになっていたでしょうに!」

「何か微妙にヤバそうなヤバくなさそうなラインを突いてきますね・・・」


そう言いながら想太は想像する。


「いや、想像したらやっぱり人間がふりかけになるのはグロいですね。 というかその揉み消しが原因じゃないですか? 探偵部の評判が下がったの」

「普通に考えればそうなるわね。 ただ探偵部が事件を解決してきた実績全てが嘘になるわけじゃないの。 ・・・それに大きな声では言えないけど、いじめの問題って学校にとってもナイーブなのよ。

 もしかしたら部員が少なくても自由にさせてくれているのは、なんて考え過ぎかしら・・・。 まぁ警察が汚職をしたとしても、何かあれば皆警察を頼るっていうことよね」

「確かにそんなもんですね・・・」


そう言った後、想太は小声で呟いた。


「そうなると単純に、このヤバい部長に依頼するのを避けているとしか・・・」

「想太、聞こえているわよ?」

「えぇ!?」

「私のことを可愛いと褒めても何も出ませんからね!」

「そんなこと言っていないし思ってもいませんよ!! でも確かにそれだけ解決してきたのは凄いですね」

「あら。 探偵なんて連想ゲームをしているのと同じよ?」


ドヤ顔を浮かべながら思乃がそう言ったところで、突然部室の扉が開いた。 そこには長髪の女子生徒が立っていた。


「探偵部はここ?」


どこかツンとした態度だった。 それを見た思乃は言う。


「外の探偵部の札を見て彼女は入室した。 にもかかわらずここが探偵部かを尋ねてくる。 ねぇ、想太。 これが何を意味しているのか分かる?」

「え・・・? 探偵部の札が見えていなかったとか?」

「違うわ。 彼女は『探偵部はここ?』『えぇ、そうよ』というおハイソなやり取りをしたかっただけなのよ」

「な、何か失礼ねッ! 真面目に頼もうと考えた私が馬鹿だったわ」


そう言って長髪の女子生徒は身を翻す。 それを慌てた様子で思乃は引き止めていた。


「あーッ! ちょっと待ったぁ! 真面目にやりますから、ちょっと待ってください!!」

「やっぱりこの部長のせいでしょ・・・。 ここが過疎っているのは」


想太が小さな声で呟くと長髪の女子生徒は振り返って言った。


「・・・そう。 なら人探しを頼みたいんだけど」



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