ぬか床に浸かってから、どれだけ過ぎた?

ちびまるフォイ

いつか役に立つ人間に……

「いつまで浸かってるんだろうな」


「俺に聞くなよ」


「ぬか床に入ってから何日か計算してたんだけどさ。

 もうわからなくなっちゃった」


「そんなの数えるべきじゃない」


「いつか、このぬか床から引き上げてくれるんだよな」


「……そういう話だろ」


働くことを拒否してきた人間は政府の人間により、

役に立つ人間になるためにぬか床へと漬けられた。


蓋をされて外の世界もわからず、太陽の光をも浴びることが許されない。

ぬか床生活は精神を病ませるのに十分な環境だった。


「もう足の感覚がない。俺の体はぬかになっちゃったんじゃないか」


「そんなわけないだろう」


自分の精神を正常に保てていたのは、

他の人間も同じぬか床に漬けられていたから。

ひとりだったら、とっくにおかしくなっているだろう。


ある日のことだった。

ぬか床のフタがわずかにずれているのをひとりが見つけた。


「お、おい……フタがずれてるぞ! これもしかして……出れるんじゃないか!?」


慌てて自分は止めに入った。


「バカ! 何言ってるんだ。最初にぬか床に漬けられたとき言われたろ。

 役に立つ人間になったら引っ張り出してくれるって」


「そんな話まだ信じてるのか!? これだけぬか床に漬けられたのにまだ来ないんだぞ!?」


「それは……っ」


「俺は先に出るぞ! お前は一生ぬか床に浸かってろ!」


ひとりがぬか床のフタを外して外に出ると、

それに続くようにしてひとり、またひとりがぬか床から出ていってしまった。


ぬか床に残ったのは自分ひとりになってしまった。


「俺は残る。ぬか床で役に立つ人間になるんだ……。

 そうすればきっと引っ張り出してくれるはず」


まるで白馬の王子様を待つかのように、ただ純粋にぬか床でその日を待ち続けた。

けれどいくら待ってもその日は来ない。


自分ひとりになって時間が長く感じられるのか、

それとも本当に時間が多く過ぎているかもわからない。


やっぱりあのとき、自分も一緒にぬか床から出ればよかったんじゃないか。


不安になりぬか床に浸かっている全身をバタバタを動かしていると、

足にコツンとなにかあたった。


引っ張り出してみるまでそれがわからなかった。


「う、うわ!? 骨!?」


まぎれもなく人間の頭蓋骨。

どうしてぬか床の奥に人間の骨が。


そう思ったとき答えはすぐにわかった。

きっと誰からも救われないまま、このぬか床で腐りきってしまったんだ。


ともすれば自分も……。


「このぬか床に使っていれば役に立つなんて嘘だったんだ。

 はっ、はやくここから出ないと!!」


ぬか床に浸かった手を思い切りフタへと伸ばす。

その手がフタへ触れる前に、フタが外から外されて目に光が飛び込んできた。


「またせたね。やっと君が活躍できるときが来たよ」


「え……?」


伸ばした手首を掴まれて引っ張り上げられた。

もうずっと地面に足がついてなかったので、足裏に違和感がある。


「よくここまでぬか床に浸かってくれた。

 おかげで君は役に立つ人間になれたんだよ」


「ほ、本当ですか……!?」


嬉しくて涙が流れた。

途中で何度も諦めて外に出ようと思ったが、我慢して本当によかった。


「そうだ! 他の人は!? 他にぬか床へ浸かっていた人たちはどうなったんですか!?」


「ああ、あの脱走したできそこないたちのことかい?」


「え、ええ……」


「彼らはぬか床に浸かる期間が短すぎた。

 だから役に立つ人間じゃなかったから処分したよ」


それ以上は聞けなかった。

処分という意味が何を指すのかも怖くて聞けなかった。


「でも君はちがう。君はぬか床にしっかり浸かったから役に立てる」


「ああ……よかった。就職活動に失敗して親にも見放されて、

 友達からも金を借りて絶交されてどうしようもない俺でも、

 人としてまだ役に立てるんですね……」


「もちろんだとも。さぁ、これを持って」


「え? あっ、これ銃……ですか」


「そうとも。我が国の戦争に勝つため、君の力が必要なんだよ」


「へ……?」


有無を言わせないまま扉が開く。

ここが飛行機の中であったことを風の音でわかった。


「今こそ君が役に立つときだ。さぁいけ!」


「ちょっ……俺はっ、俺は本当に役に立つ人間になったんですか!?

 こんな銃なんて扱ったこと……」


答えをもらえないまま蹴落とされた。

自動でパラシュートが開くと、銃弾が行き交う戦場の第一線へと送り込まれる。


地上につくなり、敵の兵隊たちはバタバタと気絶し、耐えた人も鼻をつまんだ。



「全員鼻をおさえろーー! 敵の悪臭兵器だ!!」



その後、戦場を悪臭で染め上げて大勝利を収めた。

祝賀パーティには呼ばれないものの、表彰状はいくつも送られた。


ふたたび必要なときを待つためにぬか床へと浸かり直された。

フタを閉められるとき、俺は改めて聞いた。


「俺は……役に立つ人間になれているんですか……?」


「当然じゃないか。あれだけの大勝利をもたらせてくれたんだ。

 君はもう我が国になくてはならない、大事な兵器だよ」


ぬか床のフタが閉じられた。

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