第51話 パフとの仲直り
はぁ、ションボリ……
ご主人様が居るかもしれないヤイーズの港町に来ているオレは、結局そこにご主人様が居なかったことで激しくションボリしています。
一緒に来たレーガンさんやパフさんたちも、オレほどではありませんがションボリしているようです。
特にレーガンさんは珍しく悔しい匂いを強くさせていました。
「くそっ! これでまた振り出しかッ」
「仕方ねえよレーガン。ボルトミ捕縛作戦は成功して、王国からの依頼は達成できたんだ。今回はそれで良しとしようじゃねえか」
「……むぅ。まあそうだな、バウワーの言う通りだ。少々俺は欲深くなってしまったようだね」
「気持ちは分かるぜ。しかし俺たちならいつか必ずドン・キモオタを捕まえられるって、そうだろ?」
「ああ、必ずなっ! よし、では王都へ撤収しようか。パフ、屋敷内の捜索は終わったんだったね?」
「うん、隠し部屋とかも探してみたけど、結局この屋敷には何も残っていなかったよ」
「分かった。ありがとう」
こうしてオレたちはすぐに王都へと戻ることになりました。
オレとしてはご主人様の残り香を吸い込んだまま、この懐かしい感じのするヤイーズを散歩したかったのですがね。
しかも王都へ戻ったら今度は会議とかいう集まりに強制参加です。
せめて部屋でふて寝しようと思っていたのに、ほんとこの人たちには動物愛護の心を学んで欲しいと思いますよ!
まあいいです。この会議室の床でふて寝をしますのでっ。
「こ、コテツ君。そろそろ会議を始めたいので、寝るのはやめて席に着いてくれると嬉しいのだが……」
「レーガンさん、オレのことはどうぞお構いなく!」
「ちょっと貴方っ、失礼にもほどがありますでしょッ! レーガン殿、この女たらしはもう一度牢にブチ込むべきですわッ! イケメンだからって図に乗りすぎですっ」
「いやミネルバ、何の罪でだね……」
「もちろん女性侮辱罪です。この女たらしがしたパフへの仕打ちは、許される事ではありませんっ!」
「やめてよミネルバっ! あたいそんなこと頼んでないよ。それに女性侮辱罪なんて法律、王国には無いじゃん」
「パ、パフがそう言うのでしたら、私はいいのですけれど……」
「けどコテッちんも真面目にして! あたいたちはこれでお金貰ってるんだから、冒険者としてちゃんとしなよねっ」
ご、ごもっともでこざいます……
オレは無様な駄犬のようになっていた自分を反省しました。ツラくとも仕事をやりのけるのが名犬の条件でしたね!
「パフさん、こんなオレを叱ってくれてありがとうございます!」
「…………」
パフさんからの返事はありませんでしたが、気持ちは届きました。なのでちゃんと椅子に座ったのですが……
レーガンさんの長くて難しい話は相変わらず退屈で、すぐに睡魔との戦いが始まってしまいアクビが止まりません!
それでも隣に座るパフさんがチラチラとオレを見てくるので、何とか頑張って真面目に起きていたのです。
「そういうわけでボルトミの研究所から押収した証拠と彼の証言によって、ドン・キモオタの拠点は王国内にまだ七ケ所あることが判明したんだ。その内の二ヶ所についてはおおよその場所も分かっているから、監視部隊を直ちに編成して送り込む手筈になっている」
うーん、ヤバいです。いよいよこのレーガンさんの長話に耐えられなくなってきてしまいました。
ウトウト……
「それから謎の多い組織であるドッグランについてだけど、驚くことにドッグランに吸収された各犯罪組織は大小合わせて三十八にもなるらしい。つまり現時点でドッグランは、王国内の犯罪組織のおよそ八割を吸収した事になるね」
「マジかよ……。じゃあもしドッグランが本気で王国に牙を剥いたら、そりゃ戦争ってことになっちまうのか!?」
「そうだね、そうなったらもはや冒険者の手に負える話ではなくなるね。王国の軍隊を総動員しての酷い内戦になるだろう」
「そりゃ洒落にならねえな……」
バウワーさんの声がなぜか子守唄のように聞こえます。
グウグウ……
「しかもだ。ドン・キモオタは我らの王国のみならず、隣国にまで手を拡げ始めているらしい。そうなるとドッグランの勢力はますます拡大されて──」
「ちょっとコテッちん、寝ちゃダメだよお、起きなよおっ」
ハッ! オレはパフさんに肘で突っつかれて目が覚めました。
危ない危ない、またレーガンさんに怒られるところでしたね。
「パフさん、またまたありがとうございます!」
「えっと、べつに……」
「だからこそ戦争のような悲劇を招く前に、我々の手でドン・キモオタを捕縛もしくは抹殺しなくてはならないんだよ。首領を失ったドッグランは間違いなく内部抗争を始め、組織を瓦解させるだろうからね」
「だなっ! 悪党たちにとってのお決まりの筋書きだよな。よしっ、ドン・キモオタをぶっ殺そうぜっ!」
なんかとんでもないことをバウワーさんが言ってますねっ!
もし本気でご主人様を殺そうとしたら、オレが逆に皆殺しにしますッ! あ、お友だちのパフさんは別ですが。
「そういうわけでSランカーの俺たちは、これからも休む間もなく働くことになると思う。大変だろうが王国の平和を守る為にお互い頑張っていこうじゃないか!」
「おう、任せておけっ!」
「ごっつぁんですッ!」
「もちろんですわ。この世から女の敵は全て排除いたしますッ!」
「あたいも頑張るよん!」
「お断りします!」
オレがそう言った途端でした。みんなが一斉にオレを睨んできたんです。しかも強い軽蔑の匂いをさせて!
でもそんなこと知ったことではありませんね。
「コ、コテッちん……」
「な、なんという破廉恥な! この全女性の敵はやはり牢屋にブチ込むべきですっ!」
「まあまあミネルバ、コテツ君は少々変り者のようだから……」
「いやレーガン、今のはないぞ?」
「ごっつぁんですっ!」
てかだって、そもそもの約束はおネエさまの捕縛作戦の参加だけでしたよね?
なんでオレまでご主人様をぶっ殺さなくちゃならないんですか。そんなの絶対にイヤに決まってますよっ!
「なあコテツ君。君の気持ちも分からなくはないんだ。そもそも冒険者とは自由な生き方を選んだ者がなる職業だからね。王国が滅びて犯罪組織がそれに替わったとて、自分の自由が守られれば正直どうでもいいのかもしれない。むしろそれを非難される謂れは無いと思うだろう」
まーたレーガンさんは難しいことを言ってますね。何かの病気でしょうか?
「だがね、俺たちはもはやただの冒険者ではないのだよ。Sランクの冒険者なんだ。王国でも十人とはいない破格の力を持った存在になってしまったんだ。その力を持つ者は己の意志とは無関係に、力を持たざる者への責任が生まれる。つまり破格とはそういうものなんだ」
そういうものと言われましても、まったく意味不明です。
「分かるねコテツ君。Sランカーになったばかりで戸惑いも多いだろうが、すでに君は破格の存在であるんだよ」
そもそもハカクって何ですかね? でも聞いたらまたレーガンさんの長い話が始まりそうですし……
とりあえず知ったかぶりで賢いイヌのフリをしておいて、後でリリアンさんかモニカさんに聞いておきますか。
「そうですか。オレはハカクなのですね」
「そうだね、分かってくれた様で俺も嬉しいよ。ではこれからも皆で力を合わせて、この王国を守っていこうじゃないか」
王国だかなんだか知りませんが、正直どうでもいいです。勝手にみなさんで力を合わせてください。
だいいちオレはみなさんより先にご主人様を見つけるので、そしたら冒険者ともオサラバです。
そしたらまた飼いイヌに戻って、ご主人様との幸せな生活が始まります! ああ、待ち遠しいっ!
「──ではドン・キモオタおよびドッグランに関する新たな情報によって作戦が更新されるまで、各自で備えを怠らないように。以上だ、みんなご苦労様」
ふぅ、長かった会議もようやく終わりました。ご主人様を殺すとか言うので帰ろうかと思いましたが、パフさんに真面目にしろと叱られたので我慢したのです。
「ね、ねえコテッちん。あのお……。途中まで一緒に帰らない、かな?」
なんと! 嫌われているはずのパフさんからのお誘いですっ。これは嬉しいですねえ。
会議の途中で帰らなかったオレへの御褒美でしょうか?
「はい! もちろんお供しますっ」
オレとパフさんはブラブラとお散歩をするように一緒に歩きました。
出来ることなら首輪にリードをつけて、パフさんに引いて欲しいくらいオレの心はウキウキです。
「コテッちんはこの先の宿屋に泊まっているんだっけ?」
「はい、リリアンさんとモニカさんと同じ部屋に泊まっています」
「お、同じ部屋、なんだ……」
「その方が安上がりだそうですよ」
「そっか……。あのね! あのぉ。私ね、コテッちんとお話したい事があるの」
「なんなりとお話しくださいっ!」
しかしパフさんはすぐには話さずに、少し無言で歩いていました。
やがて噴水のある広場のようなところまで来ると、急にモジモジしだしたものだから、オレはパフさんにきいてみたんです。
「オシッコですか?」
「ちっ、違うよおッ! えっとね、あのね。この前さ、コテッちんは私のこと、恋人だって言ってくれたけどお。リリアンさんとモニカさんのことも恋人だって言ってたでしょ?」
そんなこと言いましたっけ? まあ恋人ってのがイマイチよくわかりませんが、言ったかもしれませんね。
「でもね、それって変だと思うの。恋人ってさ、将来夫婦になりたいと思う大切な人のことじゃん? だからそういう人って本当は一人のはずじゃん? なのにコテッちんはあたいとリリアンさんとモニカさん、三人とも恋人だって言ってて……」
ええっ!? 恋人って将来夫婦になる相手のことだったのですかっ?
し、知りませんでした。オレはてっきり大事なお友だちと大体同じような意味かと思っていましたが、これは大変な勘違いをしていたようですね!
「そ、それはいけませんッ! イヌは一夫一婦制でその
「そうだよねっ! あり得ないよねッ!」
「はい、恋人が番になる相手のことを意味するのなら、オレにとっては一匹だけです」
「だよねっ! だよねっ! そっか、コテッちんは恋人と大事な友だちを同じものだと勘違いしてたんだね! じ、じゃあさ。大事なその友だちの中から、これから恋人を見つけるってコト? そ、それとも恋人は、も、もういるの?」
「恋人はまだいません! てかまだ番のことは考えてもいませんからね。でも将来オレも立派なオスイヌとして家族を作らねばなりませんので、その時選ぶ番は当然大事なお友だちの中から選びます。もちろん一匹だけですよっ!」
「!! ってことはコテッちん。あ、あたいもこの先に恋人になれる可能性が、あるってコト、かな?」
「もちろんですともッ!」
「やだもうっ、ちょー恥ずかしいッ! コテッちんのバカバカバカーっ!」
「ええっ!?」
なぜだかパフさんはオレを馬鹿だと罵倒しています。それなのに何だかとても嬉しそうなんです──
まったくわけがわかりませんね。でもそのパフさんが仲良しだった頃のパフさんと同じ匂いをさせていたことに、オレはとってもホッとしたのでした。
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