第27話 依頼のない日々
「支部長! 支部長はいるかっ!」
「やめてよリリアンっ! 私を支部長と呼ばないでっ、モニカと呼んでッ!」
「ダメだっ! お前に支部長としての責任の重さを思い知らせてやるッ! 支部長っ、もう十日も依頼がありませんっ! 我々冒険者の生活を保障をして下さいッ!」
「イヤよっ! そんなの私のせいじゃないわっ! 支部長なんて知らないっ、私はモニカよッ!」
オスカーさんと元冒険者のみなさんが帰ったあと、オレたちはギルドの依頼を再開したと町中に告知して回りました。
汚かった家もキレイに掃除して、家の外のペンキも明るい色に塗り替えました。
リリアンさんはお金の節約だと言って宿屋には泊まらずに、このギルドの物置部屋に住むことにしたそうです。
モニカさんも支部長室という部屋に住むそうで、オレも相変わらずギルドの
みんな一緒の家にいるので、番犬がしやすくて良かったです。
こうしてオレたちの準備は万端になったのですが、ギルドへの依頼だけはまだひとつもありません。
「支部長っ! 私はお金もなく、昨日から水しか飲んでませんっ! 依頼を下さいっ、いやよこせッ!」
「知らない知らないっ! 全部オスカーがいけないのよっ、あの
リリアンさんは依頼がなく、ご飯も食べられずにイライラしています。
オレの経験ではイライラした時は骨をかじると良いようです。
「リリアンさん、オレのおやつ用の骨を食べますか? ガリガリ」
「もちろんいただきます! ガリガリ」
「や、やめてえっ! 二人でガリガリして私の罪悪感を刺激しないでえっ!」
「コテツ殿、私は今まで骨を食べるのは身体に悪いと思っていました。しかし、この骨に付いてる腐った肉がジャーキーのように乾燥している部分など、まことに美味ですなっ! ガリガリ」
「リリアンっ! お願いだからヤケクソにならないでッ! わかったから、今日のご飯は私が
なんだかよくわかりませんが、モニカさんがご飯を奢ってくれることになり、オレたちは町の食堂というところへ行きました。
「いらっしゃい。注文は何にするかね?」
「おばあさんっ! この店で一番のおすすめを頼むっ!」
リリアンさんがウキウキしてお店のおばあさんに注文しています。よほどお腹がペコペコだったのでしょう!
「一番ねえ、じゃあ羊肉の串焼きと野菜の煮込み定食でいいかね?」
「じゃあそれでっ!」
オレたちは全員同じものを注文し、みんなで美味しく食べていました。
そういえばご主人様も羊さんのお肉が好きでしたね。
『ケバブうめえーっ! じゃんじゃん移民受け入れて、じゃんじゃんケバブ作って欲しいぜっ! コテツ、ヨダレ垂らしてもお前にはやらんっ!」
ああ、ご主人様はいまどこに……
あ、そうだっ! この店の人がご主人様を知っているかもしれません!
オレはおばあさんにご主人様の似顔絵を見せました。
「こ、これは……息子のキモータッ!」
「違います、キ・モ・オ・タです。オレのご主人様なんです」
「あっ……た、確かに良く見ると、似ているけど別人だねえ……」
ん? キモータ? どこかで聞いたことがあるような……
リリアンさんとモニカさんも顔を見合わせて
「お客さん、すまないね。もう十年も前にこの町を出て行った一人息子のキモータと勘違いしてしまって……素直な孝行息子だったんですよ」
ああ! 思い出しましたっ。盗賊のボスさんですっ! リリアンさんが捕まえたキモータさん!
「今頃何をしているのやら。きっと一生懸命働いて、私を迎えにこようと頑張っているんだと思います……ああ、息子に会いたい」
わかりますよその気持ちっ! オレもご主人様に会いたいですッ!
「おばあさんっ! オレ、キモータさんのこと知ってますっ! 盗賊のボスをしていて、女の人の格好をした変態盗賊として捕まっ……モゴモゴっ?」
な、なんですか? リリアンさんがいきなりオレの口を
「えっ! 息子が盗賊のボス? 女装で捕まった変態!?」
「ち、違うんだおばあさんっ! つまりな、えっと、そう! 百年前に伝説の女装盗賊でキモータという人がいてな、それと同じ名前だなーと……」
「そうなんですか。確かにこの地方ではキモータはありふれた名前ですからねえ」
「モガモゴっ! モゴモゴモガーっ!」
「こ、コテツ殿はちょっと黙っていて下さいっ!」
「モガ……」
なんでしょうかね! どうしてリリアンさんはおばあさんに、息子さんのことを教えてあげないのでしょうか?
あんなにションボリしてキッチンへと戻って……可哀想にっ!
「はぁ、コテツ殿、ダメですよ! 本当のことなんて話したら、あのおばあさんショックで病気になってしまいますよ?」
「でもリリアンさん! オレわかるんです! いつ会えるか分からないまま、ずっと待つのって……ほんとにツラいんですっ」
するとモニカさんがオレのことを優しく抱きしめて言ってくれました。
「わかりますわコテツさん。私もいつ来るとも分からないギルドの依頼を待つのは、ほんと辛いですもの……」
「お、おいモニカっ! なにどさくさに紛れてベタベタしているッ! は、離れろっ!」
「おやおや、お客さん。そういう事は二階の部屋でやってくださいな、一晩五千キンネでタップリとお楽しみを! フヒヒ」
「おばあさんまで
結局このままうやむやになり……おばあさんにキモータさんの話をしないまま、オレたちはお店を出ました。
その後すぐのことです。リリアンさんはオレたちが誰かに見張られていると、強い警戒の匂いをさせて。
「コテツ殿、つけられている様です。誰だか分かりますか?」
「はいっ、前に来た元冒険者の人です」
オレはこの人がずっとオレたちの回りにいたことを、匂いで知っていました。
でも知らなかったモニカさんは少し驚いたようです。
「あらやだ!……オスカーが獣人からの依頼のことで見張らせているのかしら? どう思うリリアン?」
「まあそんなところだろ。しかし糞野郎だとは思っていたけど、奴隷売買をしていたとは本当に糞野郎だっ!」
「問題は合法か違法か、どっちの商売をしているかなのよねえ」
はて? どういうことでしょう。そもそも奴隷とは何なんですかね。
オレはモニカさんに奴隷のことを
「それは人間としてではなく道具として他人に所有され、自由をなくした人のことですわ。この国では合意の上でならその売買が認められているんです」
「悪法だっ! 私は奴隷などあってはならないと思っていますッ!」
「私もリリアンに賛成よ。しかも最悪なのが、中には誘拐してきた人間とか獣人を、違法に奴隷として売り買いする者がいることなんですの」
ふむ、なるほど。そういえばご主人様が、オレをペットショップで買ったと言っていましたね。
まだ仔イヌでしたが、なんとなくその時のことは憶えていますが──
「じゃあ、ご主人様に買われたイヌのオレも奴隷なんでしょうか?」
「ち、違いますわっ! コテツさんは自由な人間ですッ!」
「いや、イヌですけれど……」
「か、仮に犬だとしても犬は人間の友達で、奴隷なんかじゃありませんわっ!」
「そ、そうですよっ! 犬は飼い主にとって愛すべき家族だと言っていいくらいですッ! てか、コテツ殿は人間ですからね?」
イヌは人間の友達! そして家族っ!
ああ、モニカさんもリリアンさんも、なんていい人たちなのでしょうかッ!
オレは感動しましたっ、ペロペロさせてくださいッ!
「二人とも大好きですッ! ペロペロペロ」
「あうっ! こ、コテツ殿っ、い、いきなりこんな往来でッ!?」
「ああ~んっ、私は構いませんわッ! 思う存分ペロペロしてえっ!」
「わ、私だってもっとペロペロしてくれていいですっ! いや、して下さいッ!」
仲良しなおともだちってほんと素晴らしいですね、オレからの愛情と信頼をどうぞッ!
ペロペロ。
「お、お前ら、ちょっと待てーーッ!」
おや? オレたちを見張っていた元冒険者の人が慌ててやってきました。
「だ、黙って見ていれば真っ昼間から
はて、この人はなにを怒っているのでしょうか? 破廉恥とはなんですかね。
「あっ、貴様は見張りの男だな!? コテツ殿のペロペロの邪魔をするなっ! 見張りなら見張りらしく黙って見ていろッ!」
「そうよっ! 人前でのキスなんてホークンの街でなら普通な事だわ、ペロペロはあまりしないけど……」
「こ、これだから都会者は
ペロペロの何がいけないのでしょうか……って? おや?
──あっ、この匂いはッ!
間違いありません、イヌの匂いですっ!
ギルドから匂ってきますね。三匹います、そのうち一匹はメスです。
この知らない場所に来てしまってから、ほとんどイヌには会えていませんから珍しいですね。しかし野良イヌだったら大変です!
とりあえずオレの縄張りを荒らされては番犬の恥になるので、注意してきましょう!
「リリアンさん、モニカさん、オレちょっと先にギルドに帰ってますねっ!」
「あっ! こ、コテツ殿っ、こんな奴の言う事なんか気にしな……って行ってしまった」
「えっ! 私からコテツさんへのお返しのペロペロがまだよ? 主に下の方の……」
「お、おのれえ……貴様がうろちょろして邪魔したせいだ……許さんッ!」
「な、なんだよ……俺は悪くないだろっ!」
「きっーッ! リリアンっ、このオスカーの子分、ボコボコにしてやってッ!」
「ひ、ひいっ! や、やめっ、グエッ!」
走ってギルドへ帰ったオレは、入口の前で立ち止まりました。三匹のイヌはもう家の中にいます。
これはイヌとしてはとても無礼なことですよっ! 明らかにオレの匂いでマーキングしてあるのを無視した行為です。
ケンカになるのを覚悟しなければなりませんね。
オレは念のため『デキるオス』モードで集中しながらギルドの扉を開けました。
「これは面妖じゃ、犬かと思うたが人間が入って来おった」
「姫様っ、怪しい奴です。ご用心を!」
失礼ですね! 怪しいのはそっちのほのでしょうに。
いや、でも待ってください。この人たちからは確かにイヌの匂いがしています。なのに姿は人で……
そうかっ! 分かりましたよッ!
「あなたたち、病気ですねっ!」
「な、何じゃいきなり……
「いや絶対に病気ですっ! オレと同じで、イヌが人間になる病気になっていますねッ!」
とうとう人間になる病気の手掛かりを見つけたオレは、イヌの姿に戻れるかもしれない期待に胸をふくらませるのでした。
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