第二章 柴イヌと犬人族のお姫様

第18話 街で一緒にお買い物

 ご主人様、いまどこにいるのですか?


 コテツはここにいるですよー。


 リリアンさんに描いてもらったご主人様の似顔絵は、顔に浮いた脂の感じまでほんとにご主人様にそっくりで……

 そっくりすぎて、こうして見ているだけで寂しさがつのってきます。


「ねえ、リリアン。コテツさん今日ずっとああして尋ね人の貼り紙ながめているけど、一体どうしたの?」


「それがだなモニカ……今朝、ギルド支部長のお孫さんが来ていただろ?」


「ああ、いたね、まだ四歳の女の子らしいけど、支部長の孫とは思えないしっかりした子だったわ」


「うむ、その子がだな、豚のぬいぐるみを持っていたのだ。それがどうもコテツ殿が昔に持っていたお気に入りのおもちゃにそっくりだったらしくてな……」


「ふーん、だから?」


「察しが悪いヤツだなあ、つまりコテツ殿がなぜその豚のぬいぐるみがお気に入りだったかというと、主人のキモオタ様にそっくりだからというわけだ」


「な、なるほど……豚に似ている、のね」


「うむ、メスブタという名前をつけて可愛いがっていたそうだぞ……」


「そ、そうなんだ……」


「きっと色々な事を思いだしてしまっているのだろう……可哀想に」


 あの女の子の持っていたぬいぐるみは、オレの一番大事なおもちゃにそっくりでした。


 あのブタさん……オレも欲しいなあ。


 ご主人様がオレにくれた、ご主人様にそっくりなぬいぐるみのメスブタよ。

 おまえもいつの間にかどこかへいってしまいましたね……


「あっ! 私いいこと考えちゃった!」


「また……よからぬことじゃないだろうなモニカ……」


「うふふ、ねえコテツさん?」


「はいっ! なんでしょうモニカさん」


「今日、女の子が持っていた豚のぬいぐるみ、あれと同じものを一緒に街へ買いに行きませんか?」


「えっ? 買うってお金と交換することですよね? メスブタって買えるんですかっ!? ならオレ欲しいですッ!」


「ちょっ、ちょっと待てモニカ! あ、あの、私も一緒に行きたいんだが……」


「え? やだ」


「そ、そこをなんとかっ!」


「いやよっ、コテツさんと二人でデートするんだから。ショッピングしてえ、ご飯食べてえ、その後はあ……キャッ」


 リリアンさんが涙目になってプルプルしていますね。リリアンさんもそんなにブタさんのぬいぐるみが欲しいのでしょうか?


「ならリリアンさんも一緒に行きましょう」


「えーっ、私はコテツさんと二人きりでペロペロし合いたいですわっ」


 はて? なんでペロペロするのでしょうかね……あっ、ブタさんのぬいぐるみをペロペロしたいのですねっ!


「わかりますよモニカさんっ! オレもメスブタをペロペロしたいですっ」


「ああっ、そんないきなりメスブタ呼ばわりだなんてッ! いえっ、いいんですっ、どんなプレイでも御期待に応えますわッ!」


「ぶった斬るぞモニカっ! おまえコテツ殿の言っている意味が分かってて、わざとそっちに話を持っていこうしてるだろっ、変態女めっ!」


 結局いつもの二人のじゃれ合いが終わったあと、オレたちは三人でブタさんのぬいぐるみを交換しに行きました。


「みんなでお揃いのブタさんのぬいぐるみですねっ!」


「そ、そうですね、コテツ殿……」


「う、嬉しいですわ……」


「名前は決めましたか? オレはもちろんメスブタですっ!」


「えっとお……」


「なまえは……」


 リリアンさんもモニカさんも、ブタさんとまだ仲良しになれていないみたいです。ここはオレがお手伝いしてあげるべきかもしれません!


 オレのメスブタもご主人様がつけてくれた名前だし、もらった名前でも愛着はわくものです。


「わかりましたっ、名前はオレがつけてあげます! えっとリリアンさんのブタさんは……ジェインさんで!」


「っ! この豚野郎めっ!──スパッ」


 あ、ブタさんの首が飛んだ……


「り、リリアンさんっ! な、なんてことをするんですかーッ!」


「す、すみませんっ! うっかりこの豚のぬいぐるみがジェインに見えてしまって……剣で首を……」


「もうっ!……あとでちゃんと首をつけておいてくださいねっ」 


「は、はい、必ずっ!」


 まったくもってリリアンさんはなんてことをするのでしょうか! もっと大事にして欲しいですっ。


「では、モニカさんのブタさんは……」


 うーん、なにがいいでしょう。難しいですね……

 ブタ、ブタ……ブタといえば、ブタ肉……ブタ肉のソーセージ……


 そうですっ、ソーセージくんがいいですっ! ブタさんのソーセージは美味しいですからねっ、ピッタリです!


「モニカさんのブタさんの名前はソーセージくんですっ!」


「ええっ! 豚のソーセージなんてイヤですわっ! 私はコテツさんのソーセージがいいんですっ!」


「えっ? モニカさんはイヌ肉のソーセージを食べるんですかっ!? ひどいですっ! イヌは人間のトモダチだってリリアンさんが言ってたのにッ!」


「た、食べませんよ! 犬は食べませんッ!」


「じゃあ……なんでオレのソーセージなんですか?」


「エヘッ、それは──」


「モニカ、ちょっとそこの路地裏で話をしようか……」


「ひいッ! り、リリアン? け、剣を抜くのはよくないと思うの……」


 どうやらモニカさんは、リリアンさんにお説教されるようです。まったく冗談でもイヌの肉がいいだなんて言って欲しくはないですねっ!


 オレたちは、ちょっとションボリしたモニカさんを連れてギルドへと帰っていきました。

 すると何かのお店の前でリリアンさんが、少し寄っていきたいと目を輝かせたんです。


「いいですよっ! でもここはなんのお店ですか?」


「武器と防具の店ですね。アイテムやアクセサリーも多く取り扱っていて、私のおすすめの店なんです」


 お店の中にはリリアンさんやジェインさんが持っていた棒が沢山あって、リリアンさんがそれは棒ではなく剣や槍という武器なのだと教えてくれました。


「店長、私が注文した剣は出来ましたか?」


「いらっしゃいリリアンさん。店が頼んだ鍛冶師からあと数日かかりそうだと連絡がありましたぜ。なのでもう少しお待ち下せえ」


 リリアンさんはこの前のウルクとの戦いで剣を折られてしまったそうです。なので新しく剣を作っているのだと、モニカさんに残念そうな顔で話していました。


「どうもいまいている予備の剣では、心許こころもとなくて……」


「リリアン、あんたまたスッゴい値段のする剣を作っているんでしょ?」


「三百万キンネだ、その価値はあるからな! 今度の剣の素材は鋼も貫けるミスリルだぞっ!」


「たかっ! あんたそんな大金、どこに隠し持っていたのよ?」


「決まっているだろモニカ、もちろんローンだっ!」


「ふーん、いいけど……ところでコテツさんも何か武器とか使ったりするんですの?」


「いいえ、使いませんよ! まだ人間の手に慣れなくて、フォークも上手に使えませんのでっ」


「そ、そうですか。じゃあコテツさんはずっと身体ひとつだけで、武闘家として戦ってきたわけなのですね」


「武闘家? なんでしたっけそれ? オレが戦うのはイヌとしてだけですけど」


「えっ? でもコテツさんが犬っていうのは……」


「モニカ、それ以上はよせ」


「リリアン?」


「コテツ殿の武術はな、虐待の果てに犬を極めてしまった、そんなかなしき技なんだ……」


「あっ……そういうことだったのね……」


「みんなこの豚が……くっ!」


 あ、リリアンさんがブタさんの生首を握り潰しました……


 てか、なにが哀しいのでしょうか? 時々この二人はオレがイヌだということで、ひどく神妙な顔でヒソヒソ話をしていますが……


「そういえばオレ、人間の歯になってしまってひとつ不満があるんです。イヌの武器である牙がなくなっちゃったんで返して欲しいんですっ!」


「はは、お客さん、犬の牙なんかじゃ武器にはならねえだろ。ドラゴンの牙なら加工すれば一級品の短剣になるけどさ」


 お店のおじさんがイヌの牙をバカにして笑っています。とても不愉快です、でもなんか勘違いしてもいるようですね。


「はぁ? そのまま噛みついて使う牙? お客さん、冗談にしちゃあ出来が悪いようですぜ」


「店長、冗談ではないぞ! コテツ殿の犬の技はな、あのウルクの喉笛のどぶえを噛み千切ちぎって殺す威力があるんだ」


「またまたあ、リリアンさんまで悪のりして」


「いや、私がこの目で見た本当の話だ。哀しき技だがその威力は凄まじいッ!」


「そうなんですかい……これは失礼しました。あっ、なら、いい考えがありますっ! ドラゴンの牙を犬の牙のように加工して、マウスガードに取り付けてみたらどうですかい? それなら実際に噛む牙として武器になるかもしれませんぜ? ドラゴンの牙なら鋼もつらぬけまさあ」


「えっ? そうしたらオレまた牙が持てるようになるんですかっ!?」


「初めて作る事になるんで作ってみなきゃわからねえが、そういう加工と細工は店の得意分野なんで、試す価値はありますぜ!」


「オレ欲しいですっ、作ってくださいっ!」


「ただドラゴンの牙は希少だし、加工も難しいんで値段は張りますよ?」


 値段? お金のことですかね? オレがよくわからないという顔をしていたら、リリアンさんがオレの顔をみて頷いてみせてくれました。


「コテツ殿、武器の値段交渉なら私に任せてください! この店にとって私はお得意様ですのでっ」


 ああ、リリアンさん、頼もしいです!


「ちょっ、リリアンさん、脅かさないで下さいよ……いや、いま店にあるドラゴンの牙は上位希少種の黒竜のものですぜ? 強力だがそのぶん加工も難しいし、全部で五百万は貰わねえと……」


「なら三百万だな」


「いやいや勘弁して下さいてっ! 四百万にしたって手間賃でトントンだっ」


「よしっ! じゃあ四百万で決まりだな、コテツ殿、ローン交渉も私にお任せを、百年くらいの設定しますので!」


「無茶だあっ! ああ、こんな事言わなきゃよかった……ううっ」


 リリアンさんがものすごく悪い顔になってます……おじさんからも悲しい匂いがプンプンしますが大丈夫でしょうか?


「あら、コテツさん、四百万キンネなら現金一括で払えるじゃないですか。ほらスカス草の報酬で」 


 あ、そうでしたね、モニカさんに言われるまでそんなお金があったのも忘れていました。


 そんなわけでオレは新しい牙を持てることが出来るようですっ!

 なんだかとってもワクワクしてきました。メスブタも帰ってきましたし、お買い物ってほんとに楽しいですね!

 

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