第17話 ありがとう
「申し訳ありませんでしたッ!」
オレがいま誰に謝っているかといいますと、このギルドの偉いヒゲのおじさんにです。
「コテツさんが謝ることなんてないですわ。むしろこのギルドの支部長なら当然感謝すべきなのです!」
「い、いや、モニカくん、むろん感謝しておるさ! 全滅必至の状況で、重症者多数とはいえパーティーメンバーすべてが生還してこられたんだ。これは奇跡だよ」
「奇跡ではないです、コテツさんのおかげですっ! 緊急避難的行為が適用されてしかるべきですッ!」
「も、もちろんそうだとも。しかし本部のお偉いさん達は信じてはくれないのだよ……いたずらにCランカーを同行させた挙げ句、危険にさらさせたと判断されてな……」
よくわからないのですが、どうもオレがオーク討伐依頼の規定違反とやらをして、偉いヒゲのおじさんがもっと偉い人に怒られたようです。
「それで今回の依頼達成の報酬が本部に没収されるのを、支部長はむざむざと認めて帰ってきたと!?」
「モニカくん! むざむざとはなんだ、これでもペナルティを報酬没収だけに済ませてきたんだぞっ」
「それをむざむざと言うのですわ!」
そんなわけでどうもオレのせいでリリアンさんもジェインさんも、他の人たちも、せっかく頑張ったのにお金がもらえないらしくて……
それがオレのせいというのだから、やっぱり申し訳ないです。
「いやしかし、わしだってこの目で見るまでは信じられんかったよ? 人間があんなに速く走れるものなのか……例え体力強化の魔法付与をしたとしても、ありえん速さだ。ギルドへの急報からあの短時間で村へ行けるなんて、実際にコテツくんを見なければ信じられんよ……」
「あのお、人間じゃなくてイヌなんで」
「そこだよ、コテツくん! 君は本当に獣人ではないのだよね? 獣人の能力は我々にはまだ未知の部分が多い。それならまだ納得もいくのだが……」
「コテツさんは人間ですわっ!」
いや、だからイヌで……
「それは私がコテツさんの裸をみて確認済みなので保証しますっ! それはもうじっくりと、あんなところやこんなところまで見てますので! キャッ!」
「も、モニカくん、オフィス恋愛は禁止だぞ……」
うーん、どうしようかなあ……
オレは偉いヒゲのおじさんとの話が終わったあと、ギルドの床に寝てモンモンと考え続けていました。
やっぱり冒険者をやめるべきなのかもしれません。もうこれからはイヌらしくご主人様の命令以外は聞かないと決めましたし。
もちろんそこは
って、今回その迷惑をかけてしまったのでしたね……しょぼん。
「おい、イヌっころ! 何を落ち込んでいるんだよ、ケッ、だっせえ」
この匂いはジェインさんですね、相変わらずイヤな人です。イヌっころとはイヌを
「ジェインさん、取消してください。イヌっころとは余りにも失礼です!」
「はっ? お前の組織での二つ名は柴犬じゃねえの? じゃあ犬っころでいいじゃねえか」
「よくありません!」
「うっせえな、じゃあなんて呼べばいいわけ?」
「ワンちゃんで、お願いしますっ!」
「っておまっ!? 同じだろっ、それッ!」
「全然ちがいますよッ!」
「コテツ殿のことはちゃんと名前でお呼びしろ、馬鹿ジェインめっ! 我々の命の恩人なのだぞっ!」
「はあ? 何言ってんのリリアン、べつにこのワンちゃんが居なくても俺様なら無事に撤退できたけど?」
「くっ、この恩知らずめっ!」
リリアンさんもご到着です。匂いでこちらへ向かっていたのは知っていたのですが、病院の匂いも一緒にプンプンとさせていたので……恐ろしくて迎えに行きたくありませんでした。
でも、どうやらお医者さんはいないようですね。ホッとしましたよ。
「とは言え、ワンちゃん」
「はいっ!」
「こ、コテツ殿……そこで返事をしないで下さい……」
「──ありがとな」
「えっ? ば、馬鹿ジェインが……素直に感謝した、だと……!?」
「うるせえよリリアンっ! お前がそのために俺様を呼んだんだろうがっ!」
「あっ、そ、そうだった! コテツ殿っ! Bランカーはまだみな入院していて来られませんでしたが、私とジェインが代表で無事に生還させて頂いた御礼を申し上げます。この度は本当にありがとうございました!」
はて? なぜオレはありがとうと言われているのでしょうか? お金のことでみなさんにご迷惑をおかけしたのはオレのはずですが……
「金だぁ? ハッ、金とかどうでもいいんだよ! 冒険者はな生命あっての
「このジェインの態度は
そういうものなのでしょうか?
「でもオレはみなさんのご迷惑になるようなので冒険者をやめようと思っているんです。それにリリアンさんが危険だという時に、冒険者のルールで一緒に行けないのもイヤなのです」
「へえ、ワンちゃんはずいぶんとリリアンに懐いているみてえだな」
「こ、コテツ殿……そんな、照れますよぉ!──でも抱きついちゃうっ!」
──スカッ。
「ん? あれ……コテツ殿? いま避けました?」
「しかし笑わせるぜっ! 冒険者をやめるだと!? ハッ、Aランカーになる自信がありませんの間違いじゃね? そんな腰抜けじゃどうせ惚れた女も守れやしねえだろ。いいね、やめろやめろ」
「ほ、惚れた女……! って、それってもしかして私のことですかッ!? キャッ!──もう抱きついちゃうっ!」
──スカッ。
「えっ?……コテツ殿? いままた避けました? え、え? 避け……ましたよね?」
「ジェインさん、よくわかりませんけど……でも明日また危険があった時に一緒に行けないのはイヤなんです」
「お前さあ、何か勘違いしてっけど、一緒に行くかを決めるのはリリアンだぜ? リリアンは冒険者でもないお前に一緒に来いと言える女なのかねえ? 無報酬で危険な目にあうと分かっててさ」
「…………」
「けどよ、もしお前がAランカーならばだ、それを決めるのはお前ってことじゃねえの? 知らんけど」
そのとおりかも……
オレは自分がひどく間違っていたのだと、ジェインさんの言葉で気づかされました。
おともだち同士ならお互いに危険な目にあって欲しくないって思うに決まっています。
役に立ちたいと思うだけじゃ駄目だったんです……自分で決断できる強さがなければ結局──守れない。
「ジェインさんのいうとおりです、オレ間違ってました……」
「ワンちゃん、俺様の子分になるか?」
「なりませんっ! でも冒険者やめるの……やっぱナシにします。そしてAランカーになります。そしたらリリアンさん、お互い遠慮はなしですよ? 約束です」
「こ、コテツ殿……はいっ! はい、もちろんですっ! わ、私っ嬉しいですッ!──てか我慢できないっ、抱きつきますっ!」
──スカッ。
「あっ……あのお? コテツ殿? さっきから絶対避けてますよね? 私のこと絶対に絶対避けてますよねッ!?」
「はい、避けてますよ。リリアンさんの匂いがクサいので避けてます」
「クサ……い……」
「アーハッハッハ、リリアンがクサいとかマジでウケるわあっ! もう女として最低だなッ! 死んだほうがいいんじゃね?」
「うん……ちよっと切腹してくる……すみませんがジェインさん、介錯お願いします……」
「なにバカなこと言ってんの、この子は……」
「ようモニカ、いやな、リリアンがいまワンちゃんにフラれたところなんだわ! マジでおもしれーっ!」
「すみません、オレ駄目なんです。リリアンさんについた病院の匂いが……」
どうしても病院の匂いはイヤな思い出が呼びおこされてしまうのです……くっ、おのれ……
「えっ? コテツ殿は消毒薬の匂いが嫌いだったんですか?」
「はい、大キライです」
「じゃ、じゃあ、私の匂いがクサいわけでは……」
「リリアンさんの匂いは好きですよ?」
そう伝えるとリリアンさんは泣き出して、モニカさんに抱きつきました。
「あーん、モニカあ、よかったよぉーっ、消毒薬の匂いが駄目で避けられていたのぉーっ! 私じゃないのぉーっ、あーん」
「はいはい、よかったわね」
「あ、モニカさん、オレやっぱりAランカー目指すことにしたんで、依頼のほう沢山お願いします!」
「まあ! もちろんですわコテツさんっ! ちよっとお、どいてよリリアン!」
ゴンっ。
「イタッ! い、痛いじゃないのモニカ! あんたがいきなり
「何って、コテツさんと依頼についてのお話だけど? ねえ~ん、コテツさぁん、私からも個人的な依頼をしちゃっても、い・い・で・す・か? キャッ!」
「は、離れろモニカっ! コテツ殿にベタベタ抱きつくなあッ!」
「えー、やだ。だって私、あんたみたいにクサくないしーっ」
「ぶった斬る! こいつ絶対ぶった斬るッ!」
「ケッ、女二人してサカりやがって。ここはワンちゃんのハーレムかっつうのッ! くだらねえ、俺様は帰るぜっ」
「あっ、ジェインさん」
「あぁ? なんだよ」
「ありがとうございました! いつかおともだちになれたらいいですねっ!」
「ハッ、知るかよボケ! じゃあな」
ジェインさんはイヤな人です。でもキライな匂いのする人ではありません。
いつかほんとにおともだちになれる日が来たら、くんかくんかし合いましょう!
「こ、コテツ殿っ! いまこの腕の包帯を全部捨てて風呂に入ってきます! 全身の消毒薬の匂いを消しますので、そ、そしたら抱きついてもよろしいでしょうかッ!?」
「あ、あんた馬鹿なのっ!? そんなことしたらせっかく縫った傷口がまた開いて大変なことになるでしょっ!」
ご主人様──オレはこの知らない場所で、大切なおともだちが二人もできました。
ご主人様に逢えないのは寂しいけれど、でもリリアンさんとモニカさん、この二人のおかげでオレは幸せに生きています。
待っていてくださいねご主人様、コテツはまた必ず逢いに行きます。
〈第一章 柴イヌ、冒険者になる 完〉
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