第10話 イヤな人とイヌパンチ

 オレは最近気がつきました。リリアンさんとモニカさん、この二人はいつもケンカをしていますが実は仲がいいのだと。


 この前ニャンキチの呪いに苦しめられた日にも、モニカさんはリリアンさんのことを親友だと話していたのを聞いています。半分寝ていたので夢だったのかもしれませんが……


 でもやっぱり二人はおともだちなのです。


「モニカあーーッ! お前ジェインの奴に何を言ったあーーッ!」


「えっ! えっとーぉ……さあ?」


「とぼけるなッ! 私がジェインに好かれたくて姫カットにしたんだって、あいつに吹き込んだろっ!」


「あーーっ、あ、うん、言った? かも?」


「かも? じゃないっ! あのクソ野郎め、私に向かって『健気けなげだな、抱いてやろうか?』ってぬかしたんだぞっ? もうあいつ、ぶった斬りたいっ!」


「いや、ごめんリリアン! あの馬鹿がさ例の特別依頼を、やっぱりキャンセルしようかなあとか言い出したから、ついあんたを使っておだてちゃったの……てへっ」


「てへっ、じゃねえッ!」


 うーん、おともだち……ですよね? もうよくわからないので直接きいてみましょう。

 

「二人はケンカばかりしていますが、本当はおともだちなんですよね?」


「はい? コテツ殿? どうしたのですか急に」


「仲間同士のケンカって悲しいです。でも二人はじゃれ合っているだけのような気もするんです」


「コテツ殿……」


「オレはイヌですから、人の心がわからなくて……だからこうしてきくしか出来ません」


「そんなことありません! イヌだからわからないだなんて……そんな悲しいことを言っては駄目です!」


 そんな駄目と言われても……イヌにだってわからないことくらいありますよ?


「コテツさん、あなたの辛い過去はリリアンから聞いていますわ。少しずつでいいんですよ? 少しずつ、自分が人であった記憶を取り戻していけばいいんです……」


 ふむ? モニカさんまで変なこと言いますね。イヌのオレに人の記憶なんてあるわけないじゃないですか。


「それに大丈夫ですわ、私はヤンデレのイケメンも大好物ですので!」


「モニカ……なんかそれ違くない?」


 二人の言うことはいつもわけがわかりません。


「それで二人はおともだちなんですか?」


「え? えっと、多分ともだち……です」


「そ、そうね、ともだちだと……思いますわ」


「それは良かった! ならこれでようやくオレもモニカさんとおともだちになれます!」


「なっ!? なんでモニカとっ?」


「いやーん、嬉しいっ!」


 ずっとおともだちの儀式を保留にしたままで気持ちが悪かったんです。これでやっと儀式ができます。


「モニカさん、ちょと立ってもらえますか?」


「え? あ、はい……こうですか?」


 このヒラヒラするスカートというのが邪魔ですね……潜ってじかに胯間の匂いをぐことにしましょう。ガバッ。


 くんか、くんか。


「はうッ! こ、コテツさん! そんないきなり大胆なっ! ああっ、鼻先で力強く突き上げられる~うッ!」


「ちょーーーーッ!! な、何しているんですかコテツ殿っ! そんなのイヤです、止めて下さいッ!」


 オレは無理矢理リリアンさんに引き剥がされました。


「なにって、情報交換です。おともだちの儀式ですよ? 前にリリアンさんにもしたじゃないですか」


「り、リリアン、あんたこんないいこと独り占めするつもり? そんなの許さないんだからねっ!」


「うるさいっ! 駄目ったらだめーッ! てかモニカ! あんたなに前屈みになってんのよ!」


「だってぇん、腰があ~ん、キャッ」


「ぶった斬る、絶対ぶった斬るッ!」


「では、モニカさん、今度はオレの匂いを──」


「コテツ殿おっ! お尻向けちゃ駄目ですッ!」


 い、いやリリアンさん……オレの腰にしがみ付いたらモニカさんがくんかできないのですが……


「イヤなのーっ、私以外でくんかしたらイヤなのーっ! うぇ~~ん」


「リリアンあんた、泣くことないでしょ?」


「イヤなのーっ! うぇ~~ん」


 なにが起こっているのかまったく理解出来ません……


「おいおい、何を騒いでいるのか知らんけど、Aランカーの俺様のお出迎えをおこたって許されることってあんの?」


「あ、ジェインさん。これは気がつきませんで……」


「あ? モニカお前、なんで前屈みで歩いてんの?」


「まあ、色々と。それで今日はどうしたんですの?」


「あぁ? 俺様がギルドに来たら何か迷惑でもかけるのか?」


 なんでしょう? この威張った人は。ネコよりずっと感じが悪いです。イヤな匂いもプンプンします。


「てか、なんでリリアン泣いてんの? マジでウケるんだけど!」


「黙れ、くすん、お前には関係ない」


「はぁ? お前って何? てめえはもう俺様のパーティーの一員だろ? ジェイン様って呼べや!」


「ねえモニカ、こいつ斬っていい?」


「が、我慢して、リリアン」


 あ、思い出しました。この人の匂いはご主人様をイジメていた人たちに似ています。

 散歩の途中で何回か会ったイヤな人たちです。


「てかさ! ギルドの入口に貼ってあったこのキモい顔のおっさんはなんだ?」


 それはご主人様の貼り紙です! もしかしてこのイヤな人はご主人の知り合いなのでしょうか?

 それなら嬉しい──


「尋ね人だか何だか知らねえが、お前らこれで笑いでもとるつもり? いや笑えないから、この顔じゃキモすぎて吐くから!」


──と思ったのですが……イヤな人はご主人様の貼り紙をクシャクシャに丸めて放り捨てたのでした。

 どうやら知り合いではないようですね……


 クシャクシャになったご主人様。なんだかとってもかわいそうです。


 いまシワを伸ばしてあげますね。


 だけど……ひろった貼り紙のシワシワはシワシワのままで、元通りにはなりませんでした。


「あ? お前なに拾ってんだよ? 勝手な真似するんじゃねえ!」


「勝手ではありません。この絵の人はオレのご主人様なんで」


「は? お前の主人? 普通にキモすぎるんですけど! てか見ない顔だな? 誰だお前」


 なんだかこの人を見ていると、ご主人様がイジメられた時のことを思い出してとても不愉快になってきます。


 それはさておき、この貼り紙はもう使えないかもです。ごめんね、ご主人様。


「おいっ! シカトしてんじゃねえ!」


「ジェイン──さま、彼に絡むのはやめろ!」


「なんだ? リリアンの知り合いか?」


「ジェインさん、彼はコテツさんと言って最近冒険者になったばかりだから……」


「はぁ? 俺様はモニカには話し掛けてないけど? リリアンに訊いているんだけど?」


「コテツ殿、行きましょう、あいつに関わる事はないです」


「いやいやいや、ありえないから。俺様をシカトしたまま消えるとかありえないから!」


 なんだかリリアンさんがとても心配そうな顔をしています。

 このイヤな人はリリアンさんのことをイジメるつもりなのでしょうか?


「おい、俺様に自己紹介しろよ、それが先輩に対する礼儀じゃねえのか?」


 自己紹介? 確かに! しつけのいい飼いイヌのオレとしたことが、失敗ですね。


「はい! 自己紹介します。柴イヌのコテツです」


「柴犬? なんだそりゃ?」


「イヌの種族名です。知りませんか?」


「こいつ頭いてんの? まあいいや、職種はなんだ?」


「イヌ──」


「わーっ、わーっ、わーっ、コテツ殿は武闘家だ!」


「ああ? なんでリリアンが答えてんだよ? 俺様はこの柴犬くんに聞いてんだけど?」


 ごもっともです。リリアンさんは何をあわてているのでしょうか?


「お前さ武闘家なの? このギルドじゃ珍しいよね? 俺様ちょっと興味あるんだけど、試してみていいかなッ!」


 そう言ってこのイヤな人は、いきなりオレに殴りかかってきました。

 ご主人様をイジメた人たちも、こんな感じでいきなり殴っていましたっけ……


 思いだしたら腹が立ってしまい、オレはついうっかり──


「はブッ!?」


 イヤな人のほほにイヌパンチしてしまいました……

 も、もちろん反射的に出したイヌパンチなので、痛くはないと思いますが。


「お、俺様を殴りやがったな……」


「すみませんっ!」


「謝ってすむかってえのッ!」


 そしたらまた殴ってきたもので──


「はビッ!?」


 い、イヌパンチが……


「てめえっ! いってえなッ!」


「すみませんっ!」


 ヤバいですね……これはイヌ同士でじゃれて遊んでいたら、いつのまにかケンカになってしまうパターンです。


 ケンカはイヤなのでオレはリリアンさんに助けを求めたのですが。


「クスクス、ジェインの顔の両頬が腫れているわ、クスクス」


 なんか喜んで笑ってるし……じゃあモニカさんに。


「ああ~ん、恐れ知らずのコテツさんがイケメンすぎてツラいっ」


 なにいってるのか全然わからないです。


「チッ、ムカつくんだけど! てか解せねえ。武闘家とはいえたかがEランカーごときに、この俺様が殴られるわけがねえっ!」


 怒って……いる、のかな?


「お前、なんか正体隠してね? 怪しいわ。俺様が直々に正体暴いてやるんで、覚悟しろや、コラッ!」


 なんか長い棒をオレに向けてきましたが……なにをするのでしょう?


「よ、よくわかりませんが、ケンカはよくないと思いますっ!」


「あ? ケンカだと? アホが、これは尋問だ──よッ!」


 うわ、その棒でオレを叩くつもりのようです。でもイタいのはイヤなので──ヒョイ。


「なッ!? 避けられた??……」


「ね、ねえ、ちょっとリリアン、止めなくて大丈夫なの? あの馬鹿、槍まで持ち出してきたよ? 笑ってる場合じゃなくなってきたわ」


「ん……たぶん大丈夫だよ、モニカ。だってジェインはAランカーだし」


「だからヤバいんじゃないっ! なによあんた、どうしてそんなに落ち着いてんのよっ」


「まあ……ちょっとね……」


 そうですリリアンさん、落ち着いてないで止めてください!

 絶対あのイヤな人、怒ってます。オレだってご主人様の顔をクシャクシャにされてて不愉快なんです。


 オレはケンカはキライなので、この不穏な匂いに困ってしまいました。

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