第4話 ホークンの街
「なあ、いいだろ? 私の顔に免じてコテツ殿を通してやってくれよ」
「だめだめ、いくらリリアンさんのお願いでも駄目だね。通行手形はない、身分証はない、しかも金もないときてる。そんな人間を門衛として城塞内に入れるわけにはいかないよ」
「だからな、すぐに冒険者ギルドでコテツ殿の登録を済ませて冒険者証を作ってくるから、そしたらそれが身分証になるしさ? なっ?」
「無茶言うなよ、順序があべこべだろ。そんなに言うのなら、あんたがその男のために袖の下を俺にくれてもいいんだぜ? どうせ愛人なんだろ? そのぶん夜のご奉仕で返して貰いなよ、ハハ」
「なっ!? お、お前っ! な、な、何という
あ、リリアンさんがまた顔を赤くしています。さっきからすごく大変そうですね。
それにしてもなんであの門にいる人は、オレのこと中に入れてくれようとしないのでしょう? すごくイジワルだと思います。
「コテツ殿……申し訳ない。どうあっても中には入れて貰えぬらしいです」
「そうですか、ここ以外から入っちゃいけないんですか?」
「どの門も門衛がおりまして、結果は同じかと……」
「じゃあ門はやめて、この壁を飛び越えちゃいましょうよ、なぜだか出来そうな気がするんです」
なんだかこの知らない場所に来てからは、前は出来ないと思っていた事が出来るような気がします。
多分、オレが病気になったせいでしょう。
シナモンちゃんの真似して二足で走れるようになったし、必死になると遠くの匂いも
よくよく考えてみたらこれはすごいですね。むしろ『デキるオス』と言ってもいいんじゃないでしょうかっ!?
「コテツ殿は、こんな時でも冗談がお好きなんですね。もうっ、人がコテツ殿のために骨を折っているというのに……」
おや? リリアンさん怒ってる?
理由はわかりませんが、オレは空気を読んで不機嫌なリリアンさんには関わらないようにしました。
なので門から離れたジャンプのしやすそうな所を探して、勝手にこの壁を飛び越えてしまいましょう。
「あ、お待ち下さい! 絶対私がなんとかしますので、いま一度のご辛抱をっ!」
なのにリリアンさんの方が追いかけてきました。
まあいいです、ちょっとジャンプしてみます。ここなら地面も
あらためて壁をそばで見上げてみたら、結構高くてびっくりです。ビルという家くらいの高さでしょうか?
「コテツ殿? 一体ここで何をなさっているのですか?」
「この壁のてっぺんまでジャンプします」
「ええっ!? ちょっ、ほ、本気だったんですかっ?」
「まあ、やってみましょう!」
シナモンちゃん走りで思い切り助走して、あとは力の限りでジャンプです。
行きますッ! シナモン走りからのぉーーオオオオオオオオっ!
────ジャンプッ!
「うぎゃッ!!」
「コテツ殿ぉーーっ!」
い、イタい……おもいきり壁にぶつかりました……
「こ、コテツ殿、大丈夫ですかっ!?」
おかしいです。『デキるオス』であるはずのこのオレがジャンプが出来ないわけありません。しかし、出来なかった……
「一体何がいけなかったのでしょうか?」
オレのそんな独り言にリリアンさんが答えてくれました。
「いや、普通に人間なら無理ですよ?」
ふむ、ならイヌのオレには出来るはずですが──あ、病気で人間の身体になったせいですか!
それなら人間には無理という意味と辻つまが合います。今のオレは人間のように後ろ足だけで助走していましたからね。ならば……
「コテツ殿? いきなり
「リリアンさん、四つん這いはイヌの基本です。そしてオレはイヌなのでこれでジャンプするべきでした」
「えっ、はあ……」
とは言うものの、前に四つん這いで歩いた時はこの身体では無理がありました。しかし弱音を吐いている場合ではないので、練習してみましょう。
オイッチニ、オイッチニ──
「こ、コテツ殿!?」
うーん、やっぱりこの体勢は苦しいですねえ……あ、そうか! 人間のリリアンさんなら、この人間での四本足の走り方を知っているかもです。
「リリアンさん、ちょっと四つん這いで走ってみてくれませんか?」
「ええっ?……四つん這いですか!? で、でも何のために?」
「壁を越えるためにです」
「壁を越える……はっ! これはもしかして己の壁を越えるための修行っ! し、しかしそんな犬のような格好は、さすがに恥ずかしいのですが……」
なっ! イヌのような格好が恥ずかしいとは聞捨てなりませんね!
「じゃあいいです、イヌを馬鹿にする人はキライですから」
「ち、違うのですっ! その……乙女として恥ずかしかっただけで、決して犬を馬鹿にしているとかじゃないんですッ!」
ふむ、よく分かりませんがイヌを馬鹿にしていないようで安心しました。
「すみません、私が愚かでした。剣に捧げたこの身の為にコテツ殿からのご指導をお願いしておいて、恥ずかしいなど言語道断ですね。どうか今一度、四つん這いとなる機会をお与え下さいっ!」
「はい、お願いしますっ!」
「ありがとうございますッ!」
オレは四つん這いとなったリリアンさんを、隅から隅までじっくりと眺めてみました。
「あ、あのコテツ殿……お尻の方からじっくり見られると……い、いえっ! いいんです、ご存分に見て下さいッ!」
あまりオレのした格好と変わりませんね。じゃあこのまま走ってもらい、人間での走り方を学ばせてもらいましょう。
「えっ? この格好で走るのですか!? わ、わかりました……」
リリアンさんは勇ましい掛け声と共に、四つん這いで辺りを走り回ってくれました。それはもう申し訳ないくらい一生懸命に。
「はいっ、はいっ、はいっ、はいっ」
でも……
「あ、リリアンさん、もういいです」
「ハアハア、いかがでしたでしょうか?」
「すごく下手でした」
「くっ! む、無念です……っ」
あまり参考にはなりませんでしたね。仕方ありません、とにかくこのまま四本足で助走してオレなりにジャンプしてみましょう。
「では、今度はオレがやってみますっ!」
「は、はいっ、しかとこの目に焼き付けますッ!」
「行きますよーッ!」
おっ? なんかいい感じに走れてますよ! シナモン走りよりスピードは出ませんが、タイミングは上手く掴めそうです!
よしっ! スピードがどんどん乗ってきましたよーーっ!
このままのスピードでタイミングを合わせて、全力で後ろ足を……ぉ、蹴るっ!
「ジャーーーンプッ!!」
うほーーーーっ! お? おおっ!? 壁越えちゃーっ…………わなかった。越えずにてっぺんに着地しました。
ふぅ、どうですか? やっぱり出来たじゃないですか! このオレの『デキるオス』っぷりを見せたら、いまならシナモンちゃんでもお尻の匂いを嗅がせてくれそうですっ。
「ぎゃーっ! コテツ殿っ! コテツ殿ぉっ! 何だかわからないけど死んじゃいますっー! こんなの駄目ですーッ!」
オレは壁の下で叫んでいるリリアンさんに前足を振ってみせました。
「リリアンさーん、ここから壁の内側に飛び降りるんで、こっちまで来て下さーい」
「やめてーっ! やめてやめてやめてーっ! 何が起こっているか全然わからないけどやめてーっ!」
オレもリリアンさんが何を言っているのか全然わからないです。
なので気にせず飛び降りましょう。
しばらく街の中で待っていたら、リリアンさんがすごい勢いで走って来てオレに抱きつきました。
「コテツ殿ッ!! だ、大丈夫ですかぁ!? 怪我はないですかぁッ!?」
「はい、なんともありません」
「よっ、良かった~ぁ! も、もうッ、死んじゃうかと思って心配したんですからねッ! いくらすごくても無茶は駄目ですっ!」
あれ? リリアンさん泣いてる?
涙をこぼしたリリアンさんを見ていたら、急にオレも泣きたくなってきてしまいました。
「ごめんなさい」
オレはリリアンさんの涙をペロッと舐めて慰めます。
「ヒヤぃッ!? って、え? だ、駄目です、こ、こんな所じゃ駄目ですから! 人が見てますから!」
「見られたら駄目なんですか?」
「駄目です! そ、そんなの、恥ずかしいです……」
よくわかりませんね。それよりオレはリリアンさんを待っている間に考えていたことを話すことにしました。
これはいまのオレにとっての大問題なのです。そう、オレは空腹なのです!
「あの、リリアンさん、お金ってどうやって貰うんですか? もうお腹がペコペコで倒れそうなんです」
「えっ! それはやっぱり働いてですが……」
ふむ、働くとはなんでしょう?
「コテツ殿はキモオタ様にお仕えしているようですが、具体的には何のお仕事に就かれているのでしょうか?」
「仕事? うーん……よくわかりませんがオレはご主人様のイヌですよ」
「それってやっぱり仕事だったんですね……」
なんかリリアンさんがオレのことを悲し気に見つめています。
「あの……聞くのがちょっと怖いんですけど、犬とはどのような事をなさるのですか?……」
「そうですね、ご主人様と一緒にお散歩したり、一緒にベッドで寝たり、可愛がってもらったり、朝起こしてあげたり、ペロペロしたり……」
「わーっ、わーっ、わーっ、もういいです! それ以上言わないでいいです!」
なんで耳を塞ぐのでしょう? 自分から聞いておいてリリアンさんは失礼な人です。
「と、とにかく、コテツ殿の主人であるキモオタ様が見つかるまでは、犬以外のお仕事でお金を稼ぐことに決定です!」
「え~っ、オレはイヌのままでいたいのですが……」
「イヌは駄目です! ちょうど身分証代わりに冒険者ギルドに登録して、冒険者証を作ろうと思っていましたから、ギルドで仕事を見つけましょう」
リリアンさんはイヌはともだちだって言ってくれてたのに、今度はイヌは駄目だと言います。傷つきますね。
だけどオレのことをすごく心配してくれてる優しい気持ちがいつも伝わってくるので、やっぱりリリアンさんのことは大好きです。
「もう話したかも知れませんが、私はこう見えても冒険者ギルドのAランク剣士なんですよ。だから仕事についてのご指南はお任せ下さい!」
オレはリリアンさんの言う事を聞いて冒険者ギルドという所に行くことにしました。
とにかくもうお腹がペコペコです。
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