乙女ゲーの世界に転生したけど、イケメンが1人もいないのはバグですか?

星来 香文子

第1話 イケメンはどこですか


「すみません、イケメンはどこですか?」


 可憐で華やかな淡いグリーンのドレスを纏い、このまま舞踏会にでも繰り出せるような少女が町中でそう叫んだ。

 ドレスも少女の顔も美しいのだが、彼女は裸足のままレンガで舗装された道路の上を走り、その後ろを白いヒールの靴を抱えた従者が追いかける。

 しかし、従者は足が短いせいかこのレイラお嬢様になかなか追いつけないでいた。


「お待ちくださいレイラお嬢様! お怪我をしてしまいます!」

「怪我なんてどうでもいいの!! どこにいるの? ねぇ、早く出してよ!! イケメンはどこにいるの!?」


 美しいどこぞのお嬢様が狂ったようにイケメンはどこにいるのかと、町中探し回っているのを見て、町の庶民たちは驚きを隠せない。

 なにせ、このお嬢様はつい五日ほど前に深い眠りから覚めたばかりなのだから。


「レイラお嬢様って、ご病気で二年もの間床に臥せっていたあのお嬢様でしょう?」

「ええ、ずっと目を覚まさずにいたけれど、最近になって目を覚ましたばかりだとか……」

「すっかり元気になられたようだけど……一体何事かしらね? 元気すぎないかしら?」

「……それに、ってなんだろうね。ずっと叫んでいるけど」


 レイラお嬢様とは、この地方の領主の娘だ。

 息子ばかりが生まれていた領主にとって唯一の娘で、とても美しいお嬢様でありそれはそれは手厚く育てられ、二年前に突然原因不明の病で床に臥せるまではとても心穏やかで、優しい性格だった。

 こんな行動をとるような娘ではなかったのだが……


「イケメンは!!? ねぇ、この世界にイケメンはいないの!? なんで!? なんでよ!!!?」



 必死の形相で意味不明な言葉を発している。

 以前とはまるで別人のように。


「ここ、乙女ゲームの世界なんじゃないの!? どうして、イケメンが一人もいないのよぉぉぉぉ!!!」



 ◾️ ◾️ ◾️




 私の名前は佐藤さとう麗華れいか、二十六歳。

 どうして自分がここにいるのか、どうやって連れてこられたのかは全く覚えてないのだけど、気がついたら周りになにもない、真っ暗な闇の中にいた。


「なにこれ……ここ、どこ?」


 不思議なことに、真っ暗な闇の中なのに自分の姿だけははっきり見える。

 薄いグリーンの入院患者が着るようなガウンのような……とにかくそんな服を着て、裸足のまま白いスリッパを履いていた。

 これも、自分がいつ着替えたか、全く覚えていない。


 視力が悪いせいでよく見えないのだけど、多分スリッパに病院かどこかの名前が書いてある……と思う。

 よく見ようと思って下を向いていたら、急にピコンっと電子音が鳴ったの。


 驚いて顔を上げたら、なにもなかった真っ黒な闇の中に白い文字が浮き上がっていて……


『お好きな世界を選択してください』


 人間のものというより、なんというか機械的な喋り方……AIのような女の声が聞こえた。


「選択してください……?」


 白い文字は視力の悪い私にもはっきりと見えるほどの大きさで、いくつか選択肢が並べられていたの。


 戦国、江戸、宇宙ステーション、RPG、乙女ゲーム……


 意味がわからかったわ。

 そもそも、どうやって選択するのかもわからなかったし、なにが起きてるのかわからなかった。


『あなたが転生するのは、どの世界ですか?』


 機械的な女性の声がそう言ったの。

 それで理解したわ。


 あ、私、異世界転生するんだ……て。

 ここ数年流行してるアレなんだ……て。


 これは夢なのか、私は何かで死んじゃったのか……よくわからないけど、現実世界がクソだったってことはちゃんと覚えていた私は、転生するならどこがいいか選択肢の中から考えたのね。


 戦国時代だと、なんか殺伐としてそうだし、江戸時代っていうのもいいかもしれないけど、夜道を歩いてたら斬られちゃったりしそう。

 宇宙にはそんなに興味がないし、RPGだとレベル上げとかキモいモンスターとかと戦わなきゃならないだろうし……そういうのはめんどくさい。

 どうせ転生するのなら、やっぱりイケメンな男たちがいっぱいいる乙女ゲームの世界がいいと思った。

 それにちょうど、今ハマってる乙女ゲームではイケメンしか出てこない最高の世界なのよ。


 それで、乙女ゲームがいいなって思った。

 そしたら、ピコンと音がして乙女ゲームが選択されたのね。


『こちらでよろしいですか?』

「……は、はい」

『では、乙女ゲームの世界へ』


 その声が頭の中で響いたと思ったら、急に真っ暗だった空間が虹色に光り出して、私は眩しくて目が眩んだの。

 そしたら————




「……————レイラお嬢様!? お目覚めになられたのですね!?」


 次に目を開けた時、私はとっても豪華な天蓋付きのベッドの上だった。


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