第6話 従者として(シェーラ視点)

「もうっ!信じられない!」

 私は、お風呂場の外には聞こえない程度でだが大きな声を出して、私の身体を洗ってくれているクーナに怒る。

「はいはい、申し訳ございません。シェーラ、右手を出してください」

「……はーい」

 私が不貞腐れながらも右手を出すと、クーナが肌を優しく濡れタオルで拭いてくれる。その熱と感触を感じながら目を細めていると、ふと、クーナの手が止まった。私が視線を向けると、クーナは私の手首に付いた手錠の痕を、辛そうに見ていた。

「痛みは、無いですか?」

「そうね、少し痛いわ。動かさなければ大丈夫だけれどね」

 正直に伝えると、クーナは少し目を伏せたが、すぐにいつもの表情に戻す。

「お風呂から出たら痛み止めを塗りましょうね。っと、終わりましたよシェーラ。お湯に浸かりましょう」

「えぇ、分かったわ。じゃあ、一緒に入りましょう、クーナ」

 私がクーナの方向を向きながら言うと、クーナは少し動揺したように声を揺らす。

「あ、いえ、私は侍女ですので……」

「さっきからずっと私の事をシェーラって呼んでいるクーナがいまさらよ。それに外では仲良く話せないのだから良いじゃない」

 少し呆れと共にねだる様に言うと、クーナは諦めたようで「分かりました」と頷いてくれた。

「では、私も体を洗いますので先にお入りください」

「分かったわ」

 私はゆっくりとお湯に浸かった。

「はぁ~……きもちいぃ」

 温かいお湯は、私の疲れ果てた心身を優しく包んでくれた。

「シェーラ、寝てはだめですからね?」

 クーナは体を拭きながら、ゆっくりと目を瞑ろうとしていた私をいさめた。

「分かっているわ、小さい子じゃないんだから寝ないわよ」

 そんな会話をしているうちに、クーナが体を洗い終わったようで、私の隣に座った。その時のお湯の振動に心地よく揺られ、クーナの肩に頭を預ける。

「私、クーナに聞いてほしい事がたくさんあるのよ。他の人には内緒だから、今夜話しましょう?」

 私とクーナの仲が良いのは家の人間なら大体知っているが、今から聞いてほしい話は万が一でもクーナ以外に聞かれてはまずい。私は小声でクーナの耳元で囁く。

「分かりました。では、タイミングを見計らって聞かせてもらいましょう」

「えぇ、お願いするわ。……それはそれとして、クーナ?」

 約束を取り付けた私は立ち上がり、クーナを見下ろす。

「はい、何でしょうか?」

「実は元々考えていて、色々根回しをしていたのだけれど……クーナ、私の専属になってくれないかしら?」

 私はそう言ってクーナに手を差し出す。クーナの家であるフィディアス伯爵家は、サウナット公爵家に忠誠の意を表す為に、長男長女を奉公と言う名の護衛に送る。そして長女が二十歳を過ぎると、行き遅れないようにこちら側から優良な嫁ぎ先を用意していた。先日クーナが呼ばれた件らしい。だがジェントお兄様が言うには、クーナはそれを断り、私の護衛を続けたいと言ってくれたらしい。ジェントお兄様は「愛されているね」と言っていたが、本当にその通りだと思う。私一人の為に、安定したこれからを捨ててくれたのだ。私もそれに応えなければ。と言っても、元々クーナを専属にする事は計画してあり、クーナの現主人であるお父様にも話していた。後はクーナの意思次第だったのだ。少し祈るように手を伸ばしていたが、一向にクーナが触れてくれることは無い。振られてしまったと思いクーナを見ると、クーナはお湯の中で片膝をつき、水面擦れ擦れまで顔を伏せていた。

「ありがたき言葉にございます。不肖、クーナ・フィディアス。シェーラ・サウナット様に全身全霊を捧げ、必ずやお護りする事を誓います」

 それは忠誠を誓う騎士の礼であった。クーナは騎士ではない為、作法や言葉は多少違うのであろうが、その騎士礼はクーナの決意や気持ちの表れなのだろう。それとも、ただ単にメリハリをつけたかったのかもしれいない。けれど私はメリハリなどを気にせず、クーナに抱き着つ。

「ありがとう!クーナ!!」

「……いえ、こちらこそありがとうございます、シェーラ」

 そんな私を、クーナは優しくいだく。お湯の浮遊感と相まって、一気に眠気が襲った。このまま眠ってしまう事を避ける為、私はクーナから離れて浴槽に座り直す。その後ゆっくりと高揚感を押さえ、お風呂を上がった。

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