人斬りの騎士と公爵の姫(仮)

波麒 聖(なみき しょう)

第1話 人斬り

「お、おまっ、お前は!なんなんだ!」

 薄暗い夜、明かりも付いていない部屋で、豪勢な服を着た男は叫ぶ。声は震えており、体は精巧な石像の後ろに隠しながらも、声のボリュームだけは大きかった。きっと男は、自身の声で家にいる騎士らを呼ぼうとしているのだろう。男の声は確かに家中に響き渡った。だが、だれが応答することも、それどころか物音一つならなかった。恐怖によって異様に五感が冴えてしまった男にはそれがわかってしまった。自身の家に生きている者・・・・・・は、誰もいない……否、自身を除けば一人しかいない・・・・・・・のだと。だが、男は抵抗しない訳にはいかなかった。まだ死にたくなかったからである。男は男爵貴族であった。地位を利用して、犯罪を犯していない平民を奴隷にしたり、気に入った女を強引に連れ込み犯しもした。民から徴収した税の横領や、気に入らない者や、悪事に気づいたものを消しもした。それが全て悪事だと男は理解している。便宜べんぎを図ってくださった伯爵様が悪事を良いように揉み消しているのは知っていたが、用心は怠らなかった。多少自由にやり過ぎた所はあったが、悪事が広がらないように策も弄した。

「わた、私は完璧だったはずだ、な、なぜ!?」

 伯爵様に見限られた訳ではないだろう。なんせ目の前には、伯爵様が与えてくださった強力な力を持つ魔法騎士は、ついさっきまで男を守ろうと尽力していたのだから。もしこの男・・・が伯爵様の仕向けた暗殺者なら、優秀な魔法騎士を一瞬で斬り殺したりはしないであろう。では、この男は何なのか?奴隷とした者や連れ込んだ者が寄越した暗殺者か!男は確信した。先日に男が連れ込んだ者は伯爵様の依頼で、隣の公爵領の教会・・・・・・・・から誘拐した女であった。伯爵様からの依頼は何度かあったが、今回の依頼は重要なものであると再三に言われた。きっと何処か貴族の娘だったのだろう。男はそう考えて叫ぶ。

「お前は、依頼を受けて雇われた暗殺者だろう!教会から誘拐した女はここにはいない!土地の外れにある奴隷商に預けてある!そ、その女を解放しよう!預けた私が行かなければ奴隷商も女を渡さないはずだ!私を殺すのは得策ではないと思うが!?どうだろう!私を殺さなければ、スムーズに危険を冒さずに女を救出できるぞ!……そ、その後も私を殺さないと約束してくれるなら、お前が貰う依頼料、その倍の金をやろう!私は王都の伯爵様との繋がりがある、悪くないであろう!?」

 男は必死に叫んだ。これで少しでも殺すことが保留に出来れば、他にいくらでもやりようがある。そう思い男は、こちらに歩を進める男に良い条件を叫ぶ。騎士らと違って暗殺者など、雇われだろうがお抱えだろうが、十分な金をくれてやれば満足するだろう。

「……うるさい」

 男の考えは、暗殺者の一閃で水泡に帰した。

「かひゅっ」

 男は声とならない声を上げて倒れた。隠れていた石像ごと、首を斬られたことによって。熱い、熱い、熱い熱い熱い。男は首が熱くて仕方がなかった。だが口は動かなかった、力を込めても声は出なかった。首を掻きむしりたくなったが、それは叶わなかった。いつものように腕を動かして、首に触れたつもりであったが、腕は動かなかった。頭が狂いそうになりながらも周囲を見渡した。気が動転して、記憶は朧気だが、目の前には自身を殺そうとしている暗殺者がいるはずだからだ。目を動かすと、暗殺者がいた。だが男はその他にも見てしまった。自身の首が無い胴体部分を。そこで頭がショートし、男は死に絶えた。そんな男の首を手に取り、暗殺者の男は次なる目的地へと動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る