3 焦点が合わなくって

 ぱしゃり。


 その写真を見た時の奥之院に向かってシャッターを切れば、麗が言うような写真が取れたのかな。


 あいにく今日は音声だけの通話だったから、私は想像するしかない。

 ……数枚はそんな写真が撮れるかもしれないけれど、全部その写真を撮るなんてこと、奥之院の青ざめた顔の相当なマニアでもない限り難しいだろうね。

 ……いや、それって私のことか。


 やけに麗が冷静に状況を伝えてくるものだから、隣で立ちすくんでいる奥之院を想像したら少し面白くなっちゃって。


 閑話休題。

 青白い顔の人が、全部の写真に写ってる? これはなかなかに興味深い話だ。


 それこそ奥之院の青ざめた顔の写真の話ではないけれど、一枚や二枚程度はそんな写真が撮れてもおかしくはないよね。光の当たり方とかでさ。


「何枚くらいあるのかなぁ、その写真って」

「うーんとね……」


 麗のいち、にい、さんと数える声が聞こえてきた。

 指折り数えるのであれば十枚くらいなのかななんて考えていると、先ほどから黙っていた奥之院がようやく声を発した。


「三十。いや、もっと。正確には……数えたくないけど」


「へぇ。そりゃあまた随分と多いねぇ」

「だから不気味だっつってんの。……すぐにでも処分したいけど……」


 奥之院は明らかに、その先の言葉を言い淀んでいた。まあ、嫌だよね。私だって嫌だもん、そんなものに手をつけるのはさ。


 触らぬ神に祟りなしって言うし、事なかれで全てが済むんならその方がいい。でも、そういうわけにもいかないだろうね。

 目の前で、まして自分の家の……おそらく、リビングでそれを並べられちゃうとさ。


 でも……私が思ったよりも、よっぽど多かった。


 三十枚を超えるくらい、かあ。

 ちょっとした個展が開けちゃうんじゃないかな。奥之院の家から見つかった心霊写真展。これはまたマニアに受けそうな題材だよ。全部に青白い人が写り込んでいるなんて、インパクトは抜群だね。


「ねぇ、麗ちゃん。……その写真って、他に何が写ってるのぉ?」

「他にって、例えば?」


 私は麗の返答に少しだけ違和感を覚えながらも、続ける。


「青白い人の他にぃ、例えばそうだなぁ、海とか山とかの風景かぁ、お花とか犬とかの生き物かぁ、それか誰か普通の人間とかぁ?」


「うーん……」


 やっぱり、ちょっと妙だね。麗の歯切れが悪い。

 青白い人の話をするときはあんなにハッキリと話してくれたのに、この話題はどこかピンボケして……焦点が合わない。

 まるで、他に写っているものなどわからないか、どうでもいいかのような……。


「お姉ちゃん的にはぁ、どう思うのぉ?」


 私は、この件に関しては話が通じそうな奥之院に話を振ってみた。


「……分からない」

「……分からないってぇ? あの奥之院さんがぁ?」

「何が写ってるのか、あたしには良く分かんないのよ。……ちゃんと見れば、そうね。花……かな。緑なのか、黒なのか……」

「緑に……黒ぉ?」


 奥之院はおかしなことを言っている自覚があるのか、もごもごとした口ぶりだった。何事もキッパリと断言したがる奥之院にしては珍しい。


 それもそうか。緑や黒の花なんて、そう簡単には思い浮かばない。

 花っていえば、白とか、ピンクとか赤とかの花びらを付けているものでしょ。それが緑だなんて、まるで葉っぱみたいな……。


 私は、奥之院シスターズからもらった情報を元に、頭の中でその写真を描いてみる。


 三十枚くらいの写真が並べられたテーブル。

 それはどれも心霊写真と思しきもので、何が写っているかというと、青白い人間。その他には、不明瞭だけれど緑や黒の花。

 まるで、世界の色が反転したかのような……。


「……あっ」


 思わず、声が零れてしまった。

 ……なるほどね。思い付いたよ。心霊写真の正体が何か、奥之院に説明する方法を。


 私は自分の説明が、彼女の置かれた状況に合っているかどうか確認するため、奥之院に聞いてみる。


「……ねぇ、奥之院ってさぁ。写真撮ったことあるぅ?」


 急に私が話題を変えたからか、彼女はきょとんとしたようだ。


「……何よ、急に。撮ったことくらいあるに決まってんでしょ」

「あぁ、いや、そうじゃなくてぇ。スマホとかじゃない、ちゃんとしたカメラでさぁ」

「……父親のを借りて、遊びで撮ったことくらいはあるけど」


「それってさぁ、ひょっとして。……撮った後すぐに写真を見返せなかったりしたんじゃないかなぁ?」


 そう聞くと、奥之院はその時のことを思い出そうとしたのか、少しだけ返答に間が開いた。


「……そういえば、そうかも。思い出した。飛んでる雀を撮ったから、きちんと撮れたか確認したかったのに」


「すぐには確認できなかった、ってことだよねぇ」

「……そう。写真を見せてくれたのは何日か経ってからだったと思う。……雀は、写真の端っこに、何か良く分からない茶色い塊として写ってた」


 ありがとうね、奥之院。

 この発言があれば大丈夫。……奥之院たちが今、机の上で見ている物が何か、説明してあげる。


「でも、今のこの話とは関係ないでしょ? それで心霊写真の謎が解けるわけでもなし」


「いや。今の答えで、謎は解けたんだぁ。……奥之院たちの目の前にあるもの、それはきっと、ネガだよぉ」


「……ネガ?」

「そう。……写真のネガフィルムってやつだねぇ」


 写真は今や何でもかんでもデジタルだ。

 私たちの世代で、カメラのフィルムを見た経験がある人間はそうそういない。フィルムという存在があることを知っていても、それが色相が反転した状態になっているなんて、きっと想像もできないだろう。


 私はたまたま知る機会があった。祖父の家に行ったとき、アルバムと一緒に保管してあったフィルムを見たことがあるから。


「ネガフィルムには、色が反転して写るんだよ。……白い世界は黒色に、紫や赤の花びらは緑色に」


「……ってことは、人間の肌が青白く写るのも、ネガなら当然ってこと……?」

「そうだよぉ。……まぁ実際には、青黒く写っているとは思うんだけれどぉ。影の部分は白く見えるから、青白く見えてしまっても不思議ではないよねぇ」


 そこまで言うと、しばらく沈黙が流れた。私は考え事をしながらいつの間にか冷蔵庫の前までたどり着いてしまっていたらしく、氷を取り出してグラスに放り込んだ。

 からん、からんといい音が鳴る。


 通話の向こうから、大きな、それはもう大きなため息が聞こえた。

 そして、ざわざわ、と何かを話す声。かいつまんでまとめると、写真を元の場所に戻して来いと、奥之院が麗に言いつけているみたい。


 しばらくして、また私と通話していることを忘れていたであろう奥之院から、こちらに向けて声が発せられた。


「悪い、また繋いでるの忘れてた」

「ひどいなぁ、奥之院の心から一つ、怖い現象を取り除いてあげたというのにぃ」

「……アンタもたまには役に立つのね。見直したわ」


 私は奥之院の心配事を一つ取り除いてあげた報酬として、グラスにサイダーを注いだ。……うん。この一連の話は、いいつまみになりそうだね。


「これからも頼ってくれていいのだよぉ、奥之院」

「……やめとく。余計なこと教えられそうで怖いし。……じゃ、そろそろ切るわ。また明日」


 奥之院は一つ怪談を撃退してスッキリしたのか、唐突に通話を切ろうとした。だから、私は慌てて声を出したの。


「あ、少し待ってよぉ!」


「何、まだ何かあんの?」

「さっきねぇ、奥之院に言いかけて、まだ言えてなかったことがあるからさぁ、せめてそれだけ話させてよぉ」


「……あー、そうだっけ? ……いや、無理にその話しなくてもいいんだけどさ」


 奥之院は、何か嫌な気配を察知したんだろうね。

 声だけでわかるくらい及び腰だった。


 心霊写真の話でうやむやになっていたけれど、今日私が通話している目的の一つでもある、あの話をまだしてないんだ。


「思い出してくれたかなぁ? ……そうだよぉ、影人間について、私が調べてきたことの話だよぉ」

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