7 きっと気のせいですよね

 すっかり暗くなったバイパス下のトンネルでおれを待っていたのは、ノンでも麗でもなかった。


「なんだ、結局来たんか!」

 おれはトンネルから出てきたそいつらに大きく手を振る。

 ぶんぶんと手を振り返してきたフードの人影は、里咲ちゃんに違いない。そしてもう一人の……懐中電灯を片手に歩いているあいつは茶介だろう。


「おい、茶介ー!」

「……ッ!」


 茶介は俺を見るなり、少し警戒した素振りを見せた。その様子を見て最初はどうしたんだろうと思ったが、茶介に言われてすぐに気が付く。


「誰か一緒だったりしないよな」

「……ああ、そうか! 確かに里咲ちゃんの姿を見られるわけにはいかないよな。……もう少しでノンと麗が来ると思うべ」


「……今日そんな予定があるなら先に言っといてくれよ」

「いや、気が向かないから調べないって言ってたのは茶介だべ!」

「調べに行くとしても誘わないって言っただろ。それに、近野がどうしても調べたいって言うから、仕方なく」


 のらりくらりとおれの追求から逃れようとする茶介。しかし、このことだけは確認しておかなければならなかった。


「……茶介、理咲ちゃん。お前らもしかして、もう入っちゃった?」

「入ったよ」

「いやいやいや、調べるならおれも誘ってくれって言ったろ! はー、こんなに面白そうなことを独占するなんて、本当にどうかしてんべ……」


 おれはまったく、と大げさに腕を組んでみせる。


「だから、お前の壊滅的な探索スキルには頼らないって言ったろう」

「……お前、肝試しに行くのに鈍いやつ置いてく? 置いてかねーべ。むしろ率先して連れて行くだろ!」


「別に遊びに来てるわけじゃないだろ。近野の体を元に戻せることに繋がらないか調べに来てるんだから」

「頭固いなー、茶介。こういうのは、どうせ調べるなら楽しんでなんぼじゃねえか……」


「……だったら、来るのが遅いんだよ。もう二往復した」

「二往復も? マジで?」

 何だか、昼間ちょっと怖いと思いながら歩いたおれがバカみたいだった。

 せっかく近場にできた心霊スポットなのに、こうもあっさり歩かれてしまうと、何というか、風情がない。


「で……出た?」

「何が」

「いや影人間に決まってんべ」

「いなかったよ」

 これまた、あっさり言ってのけた。口から「むあー」と良く分からない息が出てくる。


「どうしてそう言いきれんだべ? 無いって決めつけるのは難しいんだぞ! えと……なんだ。あれだ。天使のささやきだとか何とか」

「……ひょっとして、悪魔の証明のこと言ってるのか? いることを証明するのは簡単だが、いないことを証明することは難しい」

「そうそれ!」


 おれは大げさに手を打って見せるが、茶介は溜息をつきながら続ける。


「色々考えてみたんだが、『影人間』の正体は『気のせい』だと、俺は思う」

「気のせい? 何というか、ふわっとしてんな」


「……『気のせい』を起こすだけの条件がここには揃ってるって話だ。この辺りは明かりも少なくて、近くに人もいない。おまけに、奥の古い家に住んでいる奴ら以外からすれば、慣れない道だ。しかも音が反響するトンネルで、上を車が走っているときた。遠くの振動音や、頼りなくて、チカチカする電灯。『何か出そうだな』って感じるには充分だろう。なんでもない夜道だって、ふと怖くなることはあるだろ? それの強調だよ」


 おれは、昼間通ったときのことを思い出した。確かにこの道は、ビビるには充分過ぎるほどの不気味さがある。

 ……あれ、昼間だったのにな。


「その上、ながめが話していた……誰だか分からない噂の提供元である『そいつ』も、このガード下に何かが出るって聞いてたんだろ? ……なら、余計に『何かが出るかもしれない』って思い込んでるわけだ。誰かに付けられている気がする。影が動いたような気がする。そういう気持ちが存在もしない『影人間』を産み出して、また次の人に話が伝わる。……そうやって『影人間』は存在を大きくしていく。……それだけのことだと思う」


「ま、待てよ! じゃあ、写真はどうなんだ? ホラ、ながめの話だと、写真を撮ったら影人間が映ったって……」


「それもやってみたよ。なるべく広範囲が写るよう、何度かな。けど、写ったのは自分や近野の影だけだった。……大方、そんな影を噂に聞いた『影人間』だと思ったんじゃないか? 自撮りと肉眼じゃあ、影の見え方も違うだろうしさ」


 おれは何だかがっかりとしてしまった。茶介の推理にではなく、何となく納得してしまった自分に対してだ。「サンタの正体は、やっぱりお父さんだったんだ」と気づいてしまったときの気持ちに似ているかもしれない。


「……と、これが、この話が本当だったときの答えだと思う」

「本当だったとき?」


「本命はやっぱり、ながめが冗談で話したパターンだろ。誰から聞いたか憶えてないってのは、さすがに不自然すぎる。然人や奥之院が現地に向かわず、話の発生源を探らないための出任せだろう。一晩寝かして楽しんだ後、明日あたりネタバラシをするつもりなんじゃないか?」


「……なんか、その話を信じたくないおれと、納得しかけているおれが頭の中で戦っている」

 頭をぐるぐるさせていると、茶介はそのまま、自分の家の方に歩き出した。


「あ、おい! え、帰んの?」

「そりゃ、何も無いことがわかったからさ。然人も歩いてみればわかる。どうしてもやるならお前だけで歩いてみて、あいつらには体験させないのがいいんじゃないか? 何もいないと思っても不気味ではあるしな。……肝試ししたいなら別だけど」


 茶介は奥之院の家の方をちらっと見ると、懐中電灯で足元を照らしながら、暗い道をすたすたと帰っていく。

 ……すると、今まで固まっていた里咲ちゃんが慌てて茶介の後を追う。


「あ、里咲ちゃん!」

 おれは彼女を呼びとめた。

「里咲ちゃんも往復したんだよな? 何か変なこと、感じなかった?」


 すると里咲ちゃんは視線を落としながら、こう言った。

「このバイパスができてすぐ、くらい昔の話になるんですけれど。私、尾先くんのおじい様と一緒に、何度かこのバイパスを歩いたことがあるんですよ。その時は、何も感じなかったんですよ。それが今日は……。感覚の話ですよ。この場所に何もないなんて思えないんです。そんな、気配がするんです」


 おれがごくり、と唾を飲み込むと、里咲ちゃんは顔を上げた。

「……でも、きっと気のせいですよね! ……それに」


「それに?」

「夜道で明かりを見ただけで倒れちゃうくらい、自分が怖がりなのはわかっていますし!」

 言い終えると、彼女は茶介の後を追い、あっという間に見えなくなった。


 おれはぽかんとして、彼女の言葉を反芻していた。

 ……えーと、ジョーク、だべ? この前ほとんどしなかった花火の臭いを嗅ぎつけたアナタから聞くと、シックスセンス的な何かを感じて、冗談に聞こえないのですけれど?


 しかも、トンネルができた頃、尾先のじいさんと歩いたときには感じなかったというのも気味が悪い。

 やっぱりつい最近、ここに何かが憑いたんじゃないだろうか。ええと、トンネルができたのは確か……。


 しん、と取り残された静寂の中。唐突に、爆音が鳴り響いた。くそ、心臓が破れるかと思った! ポケットに入れていたスマホだ。

 くそ、着信音の音量は普段と同じはずなのに、やたら大きく聞こえたぞ!


 画面を見る。……ノンからメッセージのようだった。

 ロック画面を解除する。そこには「麗の夕飯を準備しなきゃいけないから、行けない」と表示されていた。


 そうか。今日はノンの両親、帰り遅いんか……。


 茶介に色々言われて、里咲ちゃんに何かを仄めかされて、ノンにも振られて……何だかどっと疲れてしまった。

 カザミの方から回って帰るかな、などと思い自転車に跨った、そのときだった。


「然にい!」


 声をかけられる。振り向くと……そこには奥之院麗の姿があった。

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