アリス-10

 出来る限りのことはした。事前の機体構成の情報から、以前に対戦した時と兵装は大きく変わっていない。実際に対戦する際、ミサイルを装備してくるかどうか、というところが気がかりではある。ただ、積載量を多く出来る構成であることから、爆風で一定範囲を吹き飛ばす戦法を取ってくる可能性もある。

 こちらの兵装は相手が重装甲であることを見越し、弾数は少なくなるが強装弾を装填、背部武装は極小のロケット弾を接敵した際に進行方向へばらまくクラスターミサイルを装備。若干機動力が下がるが、序盤で一定のダメージを与える形で使い切り、その後切り離しパージする運用で対応する。

 荒川との対戦で使う戦術は大方固まった。

 

 一方で、今回のランクマッチについてマッチ相手を指名したい旨と、特殊ルール採用について先方と交渉したいことを運営に伝えてある。内容については本人のみ開封可能なメッセージを送付してある。ダイレクトに交渉可能にするためだった。


 運営を介さず連絡を取る手段を確保し、交渉、というか答え合わせをした後、最終的にデスマッチルールが採用されることになった。

 話を進める中で、いくつか明かさないと一定ラインの信用を得られない所であったため、こちらの事情を明かすことにした。

 以前に荒川が受けたライズテックからの依頼で対峙した過去が有ること。

 また、その際に亮平が復讐を企てている者であり、その対象として荒川をマークしていることを明かした。


 荒川をマークしていることを伝えたところ、荒川からこんな質問が来たのだ。

 

【杉屋亮平は、5番地の住人で間違いないか】


 今回のマッチメイクに伴い、そこまでは明かせる情報だし、少し事情に通じている者が住民データをさらえたならば、さほど手間をかけずにこの情報には行きつくはずだ。

 交渉する際のやり取りでは、荒川自身、自分が追われていることは承知している様子があった。つまり、彼は自分が仇討ちの対象であると理解している。しかも、あの虐殺の生き残りから追われていることさえ、理解しているということだ。

 こちらで掴んだ最近の情報では荒川尊史は専属のオペレーターが居る、という噂も確認している。親密な関係にある様な間柄とも言われているようだ。つまり、失うものを抱えてしまっている立場なのだ。そんな人間が、追われる立場に立ってしまった。

 もちろんこれまで、数多くの敵対者からその命を奪ってきているだろうが、仇討ちされる状況になったことは無かったらしい。

 しかし、おそらく彼にとって初めて復讐者と明確に対峙し、リスクもあるはずのマッチメイクだったはずだが、亮平が5番地の出身であるとわかったその時点でデスマッチルールでの対戦を承諾したのだ。

 今回のデスマッチをもって禍根を断つつもりらしい。

 亮平と荒川の事情がどうあれ、取り決めの証跡を最後に、マッチメイクは成立した。

 

 あとはこれをランクマッチ運営に報告、最終的な日程調整を完了させ、いよいよ荒川と亮平が決闘することが確定する。


──本音を言えば、こんな馬鹿げたことをさっさと終わらせてやりたかった。復讐などという過去にとらわれず、どんな形であれ生き延びて未来を掴んで欲しかった。そのはずなのに、あの子に根付いた復讐心はきっと、亮平自身の出自に関わるモノが影響してしまったんだろう。

 多分、5番地襲撃も奴らの絵図だ。それが分かったところで、私にできるのは何とか亮平をヒトとして生かし、襲撃前と同じとはいかなくとも、ささやかでも人らしい幸せで穏やかな暮らしに戻す手伝いをすること。

 それももしかしたら、もう奴らに気づかれていて、その見えない網に絡めとられてしまっているのかもしれない。


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 振り返って、数年前のことだったか。あの時、無理にマッチメイクなどせず、FAV乗りとして一定以上の技術を持った亮平とともに、遠くの地下都市へ逃げてしまえばよかったのかもしれない。そうすれば、奴らの企みを防ぎ、あの悪魔が目覚めるところに立ち会うことも無かったかもしれない。

 この決闘の結果として杉屋亮平という人間がこの世から消えてしまうのだから。

 そしてデスマッチが行われるあたりで私はそれすらも仕組まれた出来事だと気づけなかった。気づけたところでさらに別のところで絡めとられていただろうが、ここはひとつの分水嶺と言える出来事だった。

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