アリス-09

 シノノメの依頼が終わり、拠点に帰還した翌日。ランクマッチにも復帰し、荒川と対戦するよう調整をすることに方針を固めていく。

 ランクマッチにおいて荒川はそこまで精力的に参戦しておらず、ひとまず日々を堅実に過ごせるだけの稼ぎを得られればいい。

 彼のランクマッチ戦ではそんな意図が読み取れるものが多かった。以前、亮平が一度心が折れる前に接触した際の戦い方や、少ないながらも残っているランクマッチのリプレイを見ると、実力はそれなりにあるはずなのだが、機体をわざと枷にしているのか、実力を隠している節が見て取れる。

 まるで、誰かからの監視をかわそうとしているような、そんな意思も見て取れた。そのおかげ、というべきか、ランク帯では亮平がいるランク帯の一つ上に荒川は滞留しており、しかも降格ラインに近いことから次の対戦相手として彼を指名可能になっていた。

 

「あの男とランクマッチで対戦しろっていうのかよ」

「そうだ」

「ランクマッチじゃあ殺せないだろ」

「やりようが無いわけじゃない」


 興行目的であるランクマッチは、基本的に興行主が設定した機体の耐久度レベルがあり、そのダメージレベルを超えると自動的に双方のFCSや機体の駆動系にロックがかかり、試合終了となる。

 本来、こういった決闘であれば双方どちらかが死ぬことが常だが、片方を殺すような興行では早晩立ち行かなくなるのは判り切っていた。このため、多少のけがを負うリスクは残るが、それでもランクマッチという興行はこの世界における最大級の娯楽になっている。上はシノノメやライズテックといった大企業の幹部、下は一般市民に至るまで、FAVをはじめとした機動兵器同士による戦いに興奮しているのだ。

 では、そんなルールの中でどうやって荒川を撃破し、死に至らしめるのか。

 

 ランクマッチはでは対戦者同士の合意があれば特別ルールを採用することができる。また、特別ルールに依らず、不慮の事故を装って亮平の機体を停止させない細工をして、試合終了後にさらに荒川へ攻撃を加え、機体もろとも亡き者にする方法。

 特別ルールについては荒川の方が応じない可能性が高い。というのも、こちらは復讐を成就させる、という目的があってのルール設定だが、荒川の方はそう言った目的は無い。強いて言えば、復讐者である亮平を返り討ちにし、抹殺することで追跡を振り切ることができる。

 亮平を邪魔な存在であると認識しているのであれば、こちらの提案に乗る可能性はあるが、今のところ、以前ヤツと会った作戦以来、荒川とのやり取りはおろか、依頼などで接触することも皆無だ。

 特に大きく関わってもいない、新人と中堅傭兵とで特別ルールマッチをする理由はないように見える。


 とはいえ、実際に試合をする亮平が知らない事を教える必要があるので、説明する。


「普通、ランクマッチはどちらかの機体中枢に中破から大破程度のダメージが入るとそこで終了となる。これはお前も知っているだろう。そこで、特別ルールの一つにデスマッチがある。……端的に言えば、敵の機体を完全に破壊するまでやり合う、という試合だ。」


 デスマッチの説明をしたところで、亮平の表情が変わる。完全に破壊する、というあたりが気に入ったのだろう。

 だが、これについては荒川の方が受けると思えない。実際、どちらにもメリットは少なく、勝者も障害が残る程度の重傷を負ってデスマッチを勝ち抜いた例もあり、そこまでのリスクを考えれば受ける必要が無いのだ。デスマッチルールは、LASに所属している傭兵同士でとことん揉めた際などに、最終手段としてFAV同士で喧嘩することを想定して制定されたらしい。

 だが、蓋を開けてみればランクマッチでデスマッチルールを採用する試合はほぼ無いに等しいレベルだった。揉めたところで、示談になるのだ。LASが係争の仲裁、調整役として入り込み、金銭やら何やらで手打ちをさせることで、傭兵同士で表立ったもめ事は現状解消されることがほとんどらしい。

 このような実情や懸念点を説明した後、もう一つの手段についても説明する。


「ひとまず、荒川サイドが了承するかは微妙だが、交渉はしてみるよ。それから、もう一つ。失敗するとLASで活動はできなくなるが、試合終了による機体ロック命令を解除し、荒川を叩き潰す、という方法もある。」


 ランクマッチではどちらかの胴パーツなどに深刻なダメージが入ることで試合は止まるが、今回はそのロック信号を受け付けないようにアコナイトへ細工する。相手側の機体は動かないが、攻撃を続けられれば結果として機体もろとも荒川を亡き者にできるわけだ。

 

「できるのか?」

「やれないことは無い。ただ、整備クルーや、試合中の機体ステータス確認の信号を欺瞞する必要があるがな。……とりあえず、ランクマッチで荒川を撃破、死亡させるにあたって二パターンあるが、どっちにする?」


 これは亮平の復讐だ。なるべく彼の希望に沿う形で成し遂げさせる。

 

「どっちも、だ。デスマッチを荒川が呑まなければ、細工をしよう」

「欲張りな奴だな。まあ、そう来るとは思ってたから準備はしておくぞ」


 事前の説明は必要なかったのではないか、と思える話だが、通常のランクマッチでは相手を殺すことはできない。荒川が受けた依頼にまた参戦し、潰す方法もある。あの時は偶然、依頼を受諾した後に予測戦力について調査していたところ、荒川が参戦することがわかっていたのだが、常にそう言った情報を受け取れるとは限らない。空振りに終わる恐れも十分ある。

 だからこそ、ほぼ確実に対戦できる上に、接敵するまで機体ダメージも無く、弾薬も十分に確保できている状態でスタートするランクマッチの方がまだ勝機は見えると判断したため、ランクマッチで荒川と対峙する方向で調整することにしたのだ。


「仮に計画が実現できなかったとしても、全力で荒川を叩き伏せてやる。」


 昏い光を目に宿し、その意思を貫徹することを宣言する。形がどうであれ、荒川にこれ以上敗ける気はない。そのかおは燃え上がる決意の色を強めていた。

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