万鬼夜行帖 壱の巻

くろぽん

1頁

~万鬼夜行帖(ばんきやこうじょう)~



   壱の巻




     * * *


 その昔、私の母は世に蔓延(はびこ)る数多(あまた)の妖(あやかし)共を退治する為、私達を里へと残し、ずっと一人、旅をしていた。


『サヨ。父さんと里を頼んだよ──』


 母は、生まれ持った強い霊力により長く一つの場所に留まれなかった。それでも、たまにふらりと帰ってきては旅先であった土産話をしてくれるものだった。私は、そんな母が大好きだった。その母が、里に帰らなくなり七年──…。






     1.


「きゃあああ!! 誰かぁあ!!」

 月の見えない鬱蒼(うっそう)とした森の中、ゆっくりと流れてゆく雲が星空を覆う。

「小夜(さよ)!」

「いやぁああ、助けて!!」

闇雲に森を駆けて、僅かに開けた場所に出た。上背のある人影が驚いたように、こちらを向いている。

「大丈夫か?!」

「大丈夫じゃない…!!」

私は自身の背後を指差した。

「ああ。山蚕(やまかいこ)だよ」

「いやぁああ!! 取って!! 気持ち悪い…!!」

「ほら、じっとして」

「八代(やしろ)さんっ! は、早く!!」

無我夢中で相手にしがみつくと、頭上からは失笑が降ってくる。

「ねぇ、取れた!?」

「取れた、取れた。小夜は怖がりだなぁ~」

「笑わないでよ、そんなに!」

「ほらほら。離れた、離れた──おっと? こちらも、千客万来…」

 ギュッと突然、肩を抱き寄せられ。その肩越しにそっと背後を振り返る。

《ギャギャギャ…》

《ピューイィ》

《フー、フー…!!》

 暗闇へ、赤い瞳が不気味に光る。縄張りへ踏み込んできた私達、“侵入者”への威嚇(いかく)の眼差しだ。

「悪いけど。ここは元々、先住者達が切り拓いた森だ。そう、我が物顔される筋合いもないよ」

 闇が渦巻き、白い狼達が躍(おど)り出る。蒼(あお)い瞳をした狼達は相手との間合いを詰めながら低く唸(うな)る。使い魔達に気を取られた相手を見据えて、八代さんはお札(ふだ)を数枚取り出した。私も巻物を取り出し、素早く広げる。角の生えた一頭が首を上下させ、こちらへ突っ込んでこようとしていたが。巻物の文字を指でなぞり唱えると文字の螺旋が結界を成し、それを妨害した。

 八代さんが札を放つと、それらは的確に相手の動きを封じて札の中に相手を引き摺り込む。暫しの間、札は暴れたがやがてシンッと静まり返って八代さんの手元に戻ってきた。

「まあ、こんなものか。援護、ご苦労さん」

「いえ」

 狼達が八代さんの元へと集まり、鼻先を寄せている。

「お前達も、ご苦労さん。ありがとな」

しゃがみ込んで、その中の一匹の首元をワシャワシャと撫でてやる。我も我もと擦り寄ってくる狼達を撫で回してから、ふと、八代さんは私の方を見た。

「そろそろ、一人でやってみるか?」

「まだ、下手だもん…」

 立ち上がった八代さんは、狼達にしてたのと変わらない様子で私の頭を撫でた。

「そのままじゃ、いつまで経っても今のままだぞ?」

「……、分かってるけど…」

うん、と八代さんは一つ頷いて腕組みをした。

「そんじゃま、帰るか。今日の所は」

「はい──」

 厚い雲が晴れて、星空が顔を出す。



 

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