第3話 マネージャー
落ち着いて昼ご飯を食べ、再度の話し合いに挑む。
ちなみに康介は「お大事に」と言ってDiscordを切ってしまった。
「それで? 兄貴が〈子月なな〉だってことは分かったけどなんでバ美肉してまでVtuber やってるの?」
さっきよりも幾分落ち着いたトーンでの質問だ。
「あー、それな。大体2年位前だったかな。康介がVtuberの3Dモデルを作ってきたんだよ……」
そうして過去編。
大げさに語るほどのドラマがあったわけではない。酒に酔いに酔ってた俺は3Dモデルを動かすのが楽しくなり、ついでに声も当ててみようってことになった。どうせならとバ美肉してみたところ思いのほか違和感なく女声が出せてしまいコレはバ美肉Vtuberの才能があるのでは?と勘違いしてしまった。
勘違いをしたまま片っ端からイラストレーターにダメもとで依頼を出しまくってたところ〈にゃん太〉先生からOKの返信があったのだ。
それからは仕事を辞めたこともあり次の職が決まるまでの間と思いながら配信を続けて今に至る。
(ホント上手くいきすぎだよなぁ)
「……ってことなんだけど」
黙ったまま話を聞き終えた千鶴は小さくうなずきながら
「ふーん、事情は大体分かったけどそっか。いつになったら再就職するんだろうって思ってたけどそんなことになってたんだ」
家族にはアルバイトをして生活していると伝えていた。いつまでも再就職しないダメ息子と思われ続けていたわけだ。現実は小説よりも奇なり。
「それについては悪いと思ってるよ。でも説明できないだろバ美肉してますなんて」
「確かにそうかもね。パパなんて激怒しそう……」
「まぁそうゆうこと。理解してもらえたなら助かる」
うーん。と相槌を打ちながら視線はモニターへと移っていく。
「一応経緯は分かったんだけどさ、ちょっとそれ使ってみてよ」
机の上に置かれたボイチェン用ハード指差しながらの要求だ。
「……今か?」
「もちろん」
(目の前でやるのマジでハズいんだが、やるしかないか)
ちょっと待て、と言い準備をする。
「あ、あー。んっん! あー↑ あー↑」
声を普段より2・3音高くして声出しを行う。これをやらないと ”なな” の声よりもかなり低い声なってバ美肉してるのが一発でバレてしまう。そのため念入りに喉を慣らしていくのが日課だ。さらに頭を〈子月なな〉仕様に切り替える。
(バーチャルユーチューバー〈子月なな〉いっくよーー!)
「あーあーー↑↑ んっん! よし!」
声が出来上がった。マイクを手元に寄せてミュートを解除する。
『んっ! はーい! こんなな~! こんな感じなんだけど、どう?』
完全に声が出来上がりVtuber〈子月なな〉の声が部屋のスピーカーから流れる。
これを聞いた千鶴は思いっきり目を見開いていた。かなりびっくりしたようだ。
(そりゃ身内のこんな姿見たらびっくりするよな)
口元を手で押さえ、驚愕の表情で俺を見ながら眼を閉じ。「もっかいお願い」と指示をしてきた。
『千鶴さーん! 恥ずかしいんでもう勘弁してくださーい!』
「きゃー! ちょっ! いきなり名前呼ぶなし! びっくりすんじゃんかよ~うへへ~」
デッレデレの顔になり身体をくねくねとさせ始めた。
「いきなり本名は辛いし~〈つるたん〉って呼んでー」
(やっぱり〈つるたん〉はお前だったのかよ!)
『〈つるたん〉さん、いつもスパチャありがとう!』
「あぁーーーーーー! マジか! 無償で名前呼んでもらってる~」
完全に限界化してしまっている。
「もういいか?」
「は? 何いきなり戻してんの?」
さっきまで限界化していたくせに急に素に戻ってくる。
「もうずっとバ美肉して暮らせば? それがいいと思うよ」
「なんてこと言うんだよ! ”なな” の声出し続けるのもなかなかキツイんだぞ」
「知らないしそんなの。はーマジかー、兄貴の声聞いたら急に萎えるわー」
『そんなこと言わないでー』
「ぴゃあーーーーー!」
千鶴がなんか面白い生き物になってしまっている。
〇〇〇
千鶴が落ち着くのを待つこと数十分。
「はー、やっと落ち着いた」
「そうか。で、本題なんだけど……」
(とりあえずバ美肉については他言無用ってことにしておかないとな)
「俺がバ美肉してるってことは他の人には黙ってて欲しいんだ。〈子月なな〉だってことがバレたら色々終わっちまうんだよ」
「まぁね。しょうがないし黙ってて上げる。でも1つだけ条件がある」
(条件ときたか)
ブランド物の鞄でも要求されるか、シンプルに金銭を要求されるか、いずれにせよ今の俺に拒否権はない。
「私を〈子月なな〉のマネージャーにして!」
俺に……拒否権はない。
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