第2話 絶体絶命……バレました

千鶴が家を出て数十分がたった。

 妹の口から〈子月 なな〉の名前が出てきたのにも驚いたが、配信で話していた内容とパトカーのサイレンから住んでいる地域を割り出してきたことには背筋に冷たいものが走った。

 (このままじゃ〈子月 なな〉の正体に気づくのも時間の問題か?)

 とりあえず今日の配信は休んだほうがよさそうだ。

 このままの精神状態でまともな配信ができるとは到底思えない。

 幸い今日はまだ配信枠は取っていない。

 (今度からは話す内容にもう少し気を付けないとな)

 お休みのツイートをするべくPCへと向かう。


                  〇〇〇


 【千鶴視点】

 兄貴の家を出て数分歩いたところのコンビニに来ていた。

 (セブンはこの辺ではここにしかないしこの辺に住んでると思うんだけどなぁ)

 〈子月 なな〉の配信ではセブンの弁当の話題がよく上がる。

 新商品が出てたとか、好きな弁当の話題になることがあるのだ。

 (条件に当てはまる物件ってあんまりないなぁ)

 当たりを見まわしてみる。

 この辺りは都心には近いとはいえあまり栄えているとは言えない。駅周辺のお店はまばらだしあるものといえば小さめのショッピングモールとご飯屋さんくらいだ。

 若い世代はショッピングなら都心に行く。

 家族連れや年配の人が多いイメージだ。なので単身者用のマンションやアパートが少なく家族向けの物件が多い。 

 (意外と兄貴と同じマンションだったりして)

 その可能性は割と高い。

 兄貴のマンションは意外と防音性能も高いし、調べてきた条件にばっちり当てはまる。配信者が住むにはうってつけの物件だ。

 (まぁそんなにうまい話はないか)

 綿密な調査と女のカンで真実に確実に迫っているもののまさか実の兄がバ美肉しているとは露ほども考えてはいない千鶴だ。

(闇雲に探しても埒が明かないしいったん帰ろうかな)


                   〇〇〇


 お休みツイートをするべくPCを立ち上げると一通のラインが届いた。


 〈康介〉


 『お疲れ、今からちょい話せる?』

 『了解、ディスコでいい?』

 『おk』

 

 PCのDiscordを立ち上げた。

 既に康介はオンラインになっていた。

 すぐに俺もDiscordのボイスチャンネルに入る。


 『お疲れ様、今日は夜から配信だっけ?』

 「お疲れ、いや、今日は千鶴が家に来てるから休みにしようかと思ってる。」

 『千鶴ちゃんか、久しぶりじゃない?』

 「そうなんだよ、ていうかちょい聞いてほしんだけどさ」

 『うん?』

 「こないだの配信で〈つるたん〉がしてたコメントがあったじゃん」

 『あったね、大丈夫だった?』 

 「それなんだけどさ、もしかしたら〈つるたん〉は千鶴かもしれない」

 『どうゆうこと?』

 「今日家に来たとき ”なな” のリスナーだって話しててさ、なんかこれまでの配信とかから俺んちの近くに住んでるって特定してきてた」

 『千鶴ちゃん、アグレッシブだなぁ。で、大丈夫だったの?』 

 「多分大丈夫。今 ”なな” の住んでそうなとこ探してくるって出て行ったよ。まぁ、決定的な物がないと正体まではたどり着けないはずだ」

 『まさかバ美肉してるなんて思わないだろうね』 

 「そういうこと。念のため今日の配信は休もうかなって」

 『そうするのが良いだろうね。まぁ引き続き気を付けてよ』

 「了解。そっちの用事は何だったんだ?」

 『それなんだけど、〈にゃん太〉先生から上がってきた新衣装の件なんだけど、一応できたからチェックしてもらおうと思ってさ。さっき送ったから確認してみてよ』

 〈にゃん太〉先生とは〈子月 なな〉のイラストを描いてくれたイラストレーターだ。

 ここ数年でラノベのイラストやコミケでは壁サークルで人気サークルとして活動している。

 何の実績や知名度の無い俺たちの依頼を受けてくれたのはホントにありがたかった。

 今でも今回のような新衣装など追加するときには協力してくれている。

 ちなみに〈にゃん太〉先生は ”なな” の正体を知らない。

 (もし正体がバレたらもう仕事受けてくれないかもな)

 「了解、いつも悪いな。仕事も忙しいだろうに」

 『大丈夫だよ。今は本業の方も落ち着いてるし、家の会社の方針でこういう副業はどんどんやってOKってことになってるからね』

 康介の仕事はゲームの3Dモデルを作る仕事だ。

 本業の傍ら俺に協力してくれている。いつも仕事が速くて助かっている。

 「ちょい待ち、今確認する」

 康介から送られてきたデータを開く

 「おー! スゲーな! 完璧じゃん!」

 FaceRigを使い表情の動きを確認する。

 「問題なさそうだな、〈にゃん太〉先生にも確認してもらってくれるか」

 『了解、来週にはお披露目できそうだね』

 「マジでサンキューな、いつも通り完璧だよ」

 『そう言ってもらえると作ったかいがあったかな』 

 

 ガチャッ

 

 「ただいまー」

 

 ヘッドホンをして通話していたせいで周りの環境音が聞こえなかった。

 「兄貴お腹すいたんだけど、何か食べられるものない?」

 結果部屋の扉を開けられて初めて気が付く。

 「あっ」

 基本的に部屋に見られてマズいものはない。

 しかし今はタイミングが悪かった。

 モニターには〈子月 なな〉の新衣装のLive2Dが表示されている。

 「えっ⁉ それって……」

 完全に見られてしまった。

 「ちょっ! おまっ……」

 不用心すぎた。すぐには帰ってこないだろうと思って完全に油断してしまっていた。

 千鶴は部屋の入り口からモニターを凝視して固まってしまっている。

 (これは言い訳できねー)

 あきらめて千鶴に声をかけようとすると先んじて千鶴から問いかけがあった。

 「もしかして兄貴が?」

 「あ、あぁ。そうだな」

 俺もテンパりすぎて曖昧な返事しかできない。

 すると千鶴が俺のもとにきてさらに問う。

 「そうだなって何? 兄貴が〈子月 なな〉だったってこと? これは? 私全然見たことない衣装なんだけど」

 モニターを指差しながら俺の眼をじっと見てくる。しかし、俺はといえば後ろめたさとバレてしまった恥ずかしさでまともに千鶴の眼を見れない。

 「あー、うん。そう、俺が〈子月なな〉をやってる」

 「ふーん」

 恐ろしく冷たい目をした「ふーん」だ。怖い。

 「だからさっき ”なな” を勧めたとき微妙に歯切れが悪かったんだ」

 「いや、それはさ、言えないだろこんなこと」

 「そうかもしれないけどさ。あれ? 私の推しが〈子月なな〉で兄貴が〈子月なな〉で……私の推しが兄貴で……」

 眉間を抑えながら千鶴が首を振る。

 「いや、違う! それは違うぞ千鶴! 確かに俺=”なな”で間違いないけど、お前の推しは俺じゃなくて”なな”だ!」

 妹の推しが実の兄貴ってのは色々とヤバいだろう。千鶴が推していたのは俺ではなくあくまでVtuber の〈子月なな〉だ。

 「てか、俺のほうが余計わけわかんなくなってきてるから! 恥ずかしいし無かったことにしてもろて……」

 「……もろてっていわれても」

 そしてスッっと視線をモニターに移す。すると眼を伏せながら肩を震わせ始めた。

 「……あーマジで頭こんがらがってきた、てか新衣装ってマジか! くぅー! マジか! ちょい兄貴どいて! もっと良く見せて!」

 俺を無理やりPCの前からどけさせてモニターにかじりつくように見始める。

 「ちょっ!」

 「マジかー! すっごい良いじゃんコレ! このゆるカワな感じめっちゃ私の好みなんですけど!」

 「やめろ、やめろ! まだ発表前なんだからあんまし見るなって」

 すぐさまPCを操作し画面を消す。Win+Dは最強のコマンドだ。

 「なんで消すし!」

 「いや、ダメだから。てか一回落ち着いて話そう。うん、飯でも食べて一回落ち着こう。そしたらまた見せてやるから」

 とりあえず千鶴に〈子月なな〉の正体について口止めをするために一旦落ち着いて話がしたい。

 バレてしまったものはしょうがないがもしもコイツが親や友達にでもばらしたらおしまいだ。親なんて仕事を辞めた息子がバーチャル世界で美少女やってましたなんてしれたら卒倒ものである。さらに千鶴は今をときめくJDだ。もしもツイートでもしようものなら瞬く間に拡散されてしまう危険がある。

 (なんとしてでも今すぐに口をふさがねーと)

 

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