平和な世界の魔法少女は仕事が欲しいようです。

紫雨

第1章 転生して魔法少女(?)になりました

プロローグ - 1:もしも魔法少女なら

 幼い頃────私、桐原きりはら雪泉ゆめは魔法少女に憧れていた。

 自分と同年代の普通で可愛い女の子が不思議な力を使って悪者を退治して、世界中の人々を幸せにする………そのカッコよさと可愛さを兼ね備えた魔法少女に、私は心を奪われたのだ────────


「………雪泉ゆめちゃん、それ何の回想?」

「うるひゃい(照)」


 とまぁ、そんな昔の私を懐古する現在。

 教室から夕暮れを眺めて黄昏ること約一時間。これから勉学をしなくていい代わりに、バイトに追われる身になるかと思うと陰鬱な気持ちにもなるわけで。

 こういうのって何て言うの、中卒のフリーター?


「そんな気持ちになるくらいなら学校辞めなきゃいいのに。お父さんも別にいいよって言ってるんでしょ?」


 と言いながら、先程から私の隣で爪を研いでいるのは親友の笹本ささもとみどりちゃん。私の幼馴染であり、親友です。


「でもお父さん低収入だし、流石にこの学校のバカみたいな学費に回すのもなんだかなぁ、って感じで」

「それでフリーター? 就職はしないんだ」

「お父さんが年齢的に就職は難しいだろうって。まぁ、中卒になるからどのみち就職は難しいんだけど…………」

「桐原さん。退学の手続き、始めますよ」


 と、ここで担任教師のお呼び出しがかかった。もう少し翠ちゃんとお喋りしていたかったけど、担任教師や事務員さんも忙しい中時間を作ってくれているのだ、待たせるわけにはいかない。


「じゃ、翠ちゃん。またいつか会おうね」

「ふふ………家隣なんだし、いつでも会えるよ」

「そう、だね………ははは」


 などと苦笑いをこぼしつつ、親友に背を向けて私は最後の教室を後にした。


「(家出して遠くの方で一人暮らしをする、なんて言えないよなぁ……)」


 そんな後悔を心の奥底に押し込んで、先生の後を追って職員室に向かった。



 改めて────私、桐原きりはら雪泉ゆめ。16歳。

 今日を以て高校生という華々しい種族を離脱し、フリーターになります。

 さらば、女子高生(泣)。

 成績&運動神経普通で、特に問題がある訳でもなかった私がどうして学校を中退することになったのか………それは両親が離婚したから。

 私は結局、父の方について行くことになったんだけど、父の収入は低い事もあって、この学校を辞めることにした。母の方につけば、学校中退なんてしなくて済むのだけど、別に学校にこだわる理由もないし、それにあの厳しい母親に付くくらいなら働いた方がマシだ!、とそんな感じで。

 ま、どうせすぐに家を出るから関係ないけどね。


「桐原さん、本当にいいのね?」

「はい。構いません」


 私は退学の手続きを終えると、事務員さんと担任教師に深々と一礼する。


「ありがとうございました。失礼します」


 教室を出て、ゆっくりとその扉を閉ざす。パタリ、と完全に閉じ切った音共に純粋な不安と一時の開放感がぐあっと勢いよく押し寄せてきた。


「せっかくだし、学校を見ていくかな」


ひとりでにそう呟いて、私は昇降口とは反対側へと向かった。



家庭科室、科学室、音楽室、…………エトセトラ。

たった一年しかいなかったというのに、どれもこれも懐かしいように感じるのはなんでだろう? ………きっと、それだけ充実してたってことなのかな。

しばらく歩いていると、自分の教室にたどり着いた。さっき別れを告げたばかりの教室なのになぁ、などと思いながら扉を開け放つ。

翠ちゃんはもう帰ったようで、その教室には誰もいなかった。


「そっか、もう帰っちゃったか………」


 私は少し歩き、一番窓側の一番後ろ────翠ちゃんの机に触れる。

 その机は少し湿っていて、思わず私も涙をこらえることができなかった。


「ごめんね、翠ちゃん……────」


 夕焼けの強い光が窓から明るく教室内を照らし、オレンジ色に染め上げる。このまま時間が永遠に続いて欲しいと、時間が止まってくれたらいいのにと本気で思ったのは、これが生まれて初めてかもしれない。

 そう感慨深く感じてしまうこの景色を目の前に、ふと私は思った。


「もしも………もしも私が魔法少女なら、そんなことができるのかな」


 そして翠ちゃんに別れの言葉を伝える事ができるのかな─────と。

 消えゆく太陽の光を目の前にそんなことを想い馳せながら。

 ゆっくりと瞬いたその瞬間。


「…………え?」


 私は知らない場所で、ふかふかで豪華な椅子に腰かけていたのだった。

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