魔法が使えるようになった記念日
おはようございます。アサヒです。
わたしは魔法が使いたいです。いえ、使ってみせます。使わなくてはなりません。
イメージをそのまま形にできて呪文も媒介も代償もいらない、もし何かあるとすればちょっと疲れる魔法は使えますが、今回はそれではいけません。
杖を振り、呪文を唱えて奇跡を起こす魔法が必要なのです。
事の起こりはとても些細な事でした。
学園都市に来る際、列車でわたしは小さな事件を起こしてしまいました。あの魔法使い社会では偉い地位に居る人の息子の彼が、こともあろうか特別学級に手を出してきたのです。事もあろうか標的はこのわたし、アサヒ・タダノ。
彼の声や言葉を一字一句脳内再生するだけでまた頭に来るので要点だけ。
魔法が使えないと聞いて笑いに来てやった。俺の女になれば使えなくても甘い汁吸わせてやる。
あのときしっかり顔を見ていて、とても痛い目を見たはずなのですが、わたしの事を全く覚えていませんでした。この若さで記憶に障害があるというのは大丈夫なんでしょうか。
わたしにとっては魔法が使えるかどうかは問題ではありませんし、負い目や引け目を感じることもありません。
先生の傍に居られるのならば召使いでも奴隷でもなんでもいいのです。
とてもつまらない話はただ突っぱねるだけだったはずなんですが、喧嘩っ早いナミさんとポールが傍に居たのが運の尽きでした。
アサヒはとにかくすごい。魔法が使えないのもデタラメだ。そんなことを言っていたような気がします。耳に馴染みのない言葉での発言だったのでよく覚えていません。とにかく、わたしの制止も聞かず、彼らの口喧嘩はどんどん加熱していきました。
わたしの知り合いは空気に反応して激しく燃焼してしまう金属なんでしょうか。
二人は言ってしまったのです。大魔法とされる強力なものも軽く扱える、と。
幸いなことに、指定されていない場所での無断使用は厳禁。理事長の懲罰が待っています。外壁十周はわたしも走りたくありません。
妥協案として、明日の校外学習で何かをお披露目する事になりました。
「ごめんなさい。」
冷静になった二人に謝られながら、教室に居たマッシュとクロード君を交えた、特別学級の五人が頭を突き合わせての作戦会議がはじまりました。
皆にわたしの腕前を一度お見せします。わたしの呪文と、指揮棒サイズの杖が小気味よく風を切る音が教室に響きました。そして何も起きません。
わたしが魔法を使えないのは今実践した通りで、偉い人の息子も知りうる事実です。わたし一人が恥をかくのなら別に構いません。力のある者の余裕というやつです。問題は、大口叩いた二人までもが嘘吐きだと嘲笑される事。皆を貶められるのはどうも気分が悪い。
一晩ぐらい杖を素振りしてたら初歩の魔法ぐらい出せるようになるのなら、誰でもそうしてます。
「おや、珍しい。」
皆で悩んでいる所に現れたのは先生でした。
授業中以外で五人が勢ぞろいしている事と、ポールとマッシュが喧嘩してないのと、わたしが呪文を唱えているのと、どれを珍しいと仰ったんでしょうか。
持ち帰り忘れた教科書を取りに来たとのことですが、ちょうどいい所に来てくれました。
「アサヒさんが普通の魔法を、ですか。」
輪に加わった先生も、事態の難しさに唸ります。
測定の日から今もわたしは呪文や魔法陣を使っての魔法が使えません。再テストも受けましたが結果は一緒。
四人のうち誰かが後ろでこっそり魔法を使う案。ギャラリーが多くて気付かれるからダメ。
遠隔でも魔法を使う事ができる先生が四人の代わりにわたしの代理という案。先生の魔法では精度の良さや緻密さでバレるからダメ。
わたしが呪文を唱えながら、それとは別に魔法を使う。これは唱える魔法とわたしの魔法が別物なので、呪文が誤動作したという問題になります。
何か策がないかと悩んでいる最中、先生が呟きました。独り言なんですが、隣のわたしにはハッキリと聞こえました。
「魔法で呪文詠唱をエミュレートすればいけるか……?」
「えみ、りゅー、と?」
わたしの魔法がわたし以外に使えず確認が取れないので、実際できるかどうかは分からない。と前置きした上で、先生は黒板に向かいました。言葉より見せたほうが良いと判断したのでしょう。
時間外の特別講義、色々な専門用語が出てきて完全に理解できたとは言えないかもしれません。
要するに、『呪文で魔法を使える自分』を魔法で作る、ということでした。
できるかできないかの二択があるとすれば、やるしかないという第三の選択肢を選びます。
わたしが見世物になる事よりも、先生が受け持つこの学級を、皆を笑い物にするわけにはいきません。
なにより、先生が考えてくれた、わたしが普通の魔法使いとして振舞える方法です。
早速やってみようと杖を手に取り、立ち上がったわたしを先生が制止しました。
「何が起こるかわかりません。これで使えるようになって、アサヒさんの無詠唱ができなくなる危険性も……」
「大丈夫です。先生を信じてますから。」
普通の魔法使いになって異端だったものが無くなる。それのどこに危険があるんでしょうか。わたしは先生と同じ時間を過ごせるのならどちらでもいいんです。落ちこぼれ生徒になって先生に見限られてしまうのであれば心は揺らいだかもしれません。先生はわたしを見捨てたりするでしょうか。答えはNOです。
大丈夫の意味を取り違えられたかもしれません。でもいいです。
イメージするのは指揮者のように杖を振るって魔法を使う自分。誰もが思い描く魔法使い。
皆が固唾をのんで見守る中、再びわたしだけが杖を振るい風音を鳴らします。この場をわたしが執り仕切ります。
呪文を唱えていて、いつも魔法を使ったときの力が抜けるような感覚がありました。使ってるんですもの、そりゃそうです。
「動け!」
杖を向けた先にある、わたしの椅子が壁に激突してバラバラになるまでは一瞬の出来事でした。
「でき、た?」
皆を見回してみます。誰かがこっそり横やりを入れた様子はありません。先生の眼鏡もズレっぱなしです。
奇跡が起きました。呪文からでは魔法が使えなかったわたしが、魔法を放てたのです。
「アサヒさん、どうですか?」
我に返った先生が真っ先に気にしてくれたのは、いつものわたしの魔法の事。
杖を手放し、壊れた椅子を修理して元の位置まで戻してみました。やっぱり、今までやってきた方が呪文を唱えるよりも楽です。
椅子が直るのを見届けてから、先生は安堵のため息を吐きました。自分が言い出したやり方なので責任を感じていたのでしょう。そんな心配しなくてもわたしは先生を責めたりなんてしないのに。
「よかった。これで、なんとかなりますね。」
先生の言葉を皮切りに、皆がそれぞれ喜びの声を上げて教室が騒がしくなりました。
恥をかくことも、恥をかかせることも、バカにされる事もなくなりましたし、あの生理的に無理なご子息に一泡吹かせる事もできるんです。わたしも嬉しいです。
翌日、わたしの魔法お披露目は無くなりました。
ご子息の子分が土壇場でわたしの杖を奪った事から大乱闘が始まり、喧嘩に参加した全員が怒られそれどころじゃなくなったのです。
先生のおかげで魔法が使えるようになったことの方が大事なので、結果オーライです。
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