快晴の前の天気雨

 わたしはまだ学園都市への列車に乗っています。


 その場で叩き出されてしまうのかと冷や汗をかいていましたが、わたしを連れ出した男の人の様子を見ているとそれはないようです。






 突然の事に泣き出す者もいれば、魔法という物を初めて見たのか興奮気味に隣の者と会話する者も居て、ざわめき止まぬ車両から個室が並ぶ車両に案内されました。


 個室には豪華な装飾が施されたテーブルに椅子、ベッドもあります。


 列車に関しての本は少なくてよくわからないのですが、これが寝台車両と言うのでしょうか。




 わたしの初めてを奪った彼の腕を雑巾絞りにしてから、どれくらい経ったのでしょう。


 まだ太陽も高くはなく、さほど時間は経っていないようです。


 お弁当はまだ持ってはいますが、泥と埃にまみれて到底食べる気にもなれず、メチャクチャのままここにあります。






 閉められたドアの向こうではわたしをここに連れてきた男の人が誰かとお話し中です。




「あんなことをした理由を聞かねばなりません! 通しなさい!」




 壁を隔てた先に居るわたしにも向けられた、事情聴取をしようと息巻く人物の野太い声が聞こえます。


 男の人の声は聞こえませんが庇ってくれているのでしょうか。扉は開きません。


 野太い声が呪文を唱えて鍵が開きましたが、すぐにまた閉まりました。見る事はできませんが魔法使い同士の戦いが行われているようです。






 どう返答するかは決めています。うまく口に出せるかはわかりませんが、お弁当を溢す事態になったのはあの喧嘩が原因です。


 ですが考えてみると、私があの時間まで我慢せず、席に座った時点でお弁当を開けていれば溢す事はなかったし、私が怒りのままに魔法を使う事も、こんな騒ぎになる事もありませんでした。


 もしかすると、悪いのは全て私自身だったのかもしれません。考えれば考えるだけ自分が悪いのではないかという答えになります。




「先生、話を聞くのは落ち着いてからにしましょう。僕に任せてはくれませんか。」


「若造に何ができるのです!? 猶予なんてありません! もう学園都市の領内です! 無秩序の魔女を入れるのですか!?」




 魔女とは人聞きの悪い。しかもこんなに可愛い女の子を無秩序だなんて。


 二人はどちらも学園の先生みたいです。さきほど閉じ込められた際に扉を吹っ飛ばし二人を倒して脱走なんてのも面白そうだと思いましたが、やらないほうがいいですね。






 何度か堂々巡りなやり取りを続けた後、野太い声が男の人の説得に応じました。


 野太い方は自分の意見を何が何でも押し通そうとするわたしの父親とそっくりで、話なんて聞くつもりはなさそうだったのに意外です。


 妥協点として、街に到着するまでは絶対にこの部屋から出てはいけないようです。出歩くのを発見したらその場で取り押さえる、という条件を残していきました。










「ごめんなさい」




 わたしをこの部屋に連れ込んだ男の人、先生が疲れた顔で部屋に入ってくるのと、わたしが口にしたのは同時でした。


 敢えて同じタイミングを狙いました。これは何かにつけて怒られ叱られ怒鳴られ続けたわたしが学習した処世術です。


 わたしが何か失敗や悪戯が見つかった時に、「アサヒは自分が悪いとは絶対に認めないから分からせなければならない。」と、大人はいつも言っていました。






 ずっと聞こえていたので野太い声の人が何を言おうとしているのかはだいたい見当が付きます。子供をなめてはいけません。


 要するに、突然罪のない相手に対して暴力を加えた社会不適合者の入学を阻止して学園の秩序を守れ、ということです。


 被害者の腕が曲がってはいけない方向にねじれているという結果とわたしがやったという事実があるのですから、経過や理由なんて後付けでも辻褄合わせができます。




 加害者は身寄り無しの平民で、被害者は魔法社会では偉い人の息子。


 学園の立場が悪くなるのを避けるのなら、先程の事件はわたしが全て悪いということにするのが手っ取り早い。




 それに、まだ名前も知らない先生にこれ以上迷惑をかけてもいけません。 


 立場は先生のほうが下なんでしょう。それなのに加害者のわたしを庇ってしまった。相乗効果でよけいに分が悪いです。






 このまま追放されてもわたしは先生を恨みません。


 これから始まる楽しい学園生活を良い生徒と楽しんで欲しい。そういう思いを込めてのごめんなさいのつもりでした。






 なぜ謝るのか、と、聞き返してはきませんでしたが怪訝なな面持ちは出てました。 




「お腹空いてるでしょう。とりあえず食事でもしましょうか。」




 ほんの少しの間をおいてから先生が発した言葉は、わたしの謝罪に対するものではありませんでした。先生それ会話のドッジボールです。話を逸らすにしても無理があると思います。


 それに私のお弁当は床に落ちて汚れてしまい食べる事なんてできません。






 そこで、わたしはずっとお弁当を手に持ったままだったことを思い出しました。


 食べる事はできない物ですが、もう落としたくなくて力いっぱい握っていたので容器までグチャグチャです。今の頭の中身と一緒です。






 突然何を言い出すんだと笑ってみせようとしましたが、声が出ませんでした。




 悪者として誹りを受ける覚悟はできましたが、納得なんてしてません。駅に入るのも自分で選ぶのも列車に乗るのも初めてだったんです。楽しみを後に取っておいて何が悪いんですか。ふざけんな。






 実はずっと我慢してたんですが、やばい、泣きそうです。


 泣いたところで何の解決にもなりません。むしろ状況は悪化します。泣けば許されると思ってるのかと余計に怒りを買うんです。


 お弁当は片付けよう。見てたらダメだ、このままだとこの感情は溢れてしまう。




 手も震え出してしまい、動かせません。


 ああダメだ、うまくいかない。先生はわたしの答えを待っているのに、わたしが答えられないから困っている。迷惑をかけてしまってる。






 先生は若い先生なので、もしかするとこの引率が初めてだったのかもしれません。それなのに、いきなりこんなトラブルを…


 こうやって肝心な時に迷惑以外なんでもない存在、それがわたし…






 違う、せっかくの新生活なら思いっきり変えてやろうって楽しみにしてたんだ。こんなあっさり終わって欲しくない。


 諦めてないで私から見た事の真相を伝えるんだ、わたし。




「それを食べれなかったのは残念ですよね。僕のでよければどうぞ。」




 お弁当を握ったままでいるわたしを見かねたのか、そう言ってくれました。




 こんなタイミングでそれは反則です、先生。今のわたしは決壊寸前のダムです。


 そんな優しさは今のわたしにクリティカルしてしまいます。ああもうだめだ。もうどうにでもなっちゃえ。あと先生、部屋汚しますごめんなさい。






 むせび泣くわたしを先生はどう見ていたのかわたしにはわかりません。


 嘘泣きだと思ってみてるんでしょうか、それともいきなり泣き出されてオロオロしてるんでしょうか。






 本当に、迷惑かけてごめんなさい。

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