アサヒは朝日が大好きです

 この学園への入学はわたしの意思ではありません。




 幼少時から今日に至るまで、わたしはいつも質問責めで周りを困らせていました。


 まだ成人とされる歳の半分もいってないので社会的には幼い子供なんですがそれはそれ。





 大人達がわたしに教えようとする物事には納得できない部分がいくつもありました。




 親は、大人は、社会は、子供はこうあるべきで…


 理不尽で窮屈で、なぜそうする必要があるのか誰も教えてくれない。子供だから分からないのだ、と。


 わたしよりも早く産まれたことで得ている経験と体格で優位にある大人達との口ゲンカは面白くもなかったです。


 暴力も飛んできました。わたしからすれば理由のない食事抜きや押し入れに閉じ込め等も経験済みです。






 そんな問題児のわたしですが、子供からすれば息が苦しくなるほど大きな額の入学金を支払ってまで入学”させられた”のは、単純明快に厄介払いです。


 あの頭の硬い大人達のことです。外の世界から隔絶された学園都市でわたしが矯正されて従順な社会の奴隷となる事を望んでいるのでしょう。


 押し付けられた感情は反発してより強い衝動になるという法則が理解できないんでしょうか。人の事を散々バカと罵っておきながら本当にバカなのは自分達じゃないですか。






 子供にとっては有り余る広さだったのでお屋敷と称しますが、ただの豪邸だったかもしれません。もう私の家ではないのでどうでもいいです。


 入学するにあたって、今までお屋敷にあった私に与えられたものは全てゴミとして処分されてしまいました。


 お気に入りだった服も枕も、庭に植えていた花さえも。




 わたしに残されているのは今着ている制服と、入学に必要なものをある程度詰め込まれた旅行鞄がひとつだけ。


 長期休みも帰省しなくていいし、卒業しても家に戻る必要は無いと言われています。捨てられましたね。




 でもいいです。この人生ルートに進まなくても、あんな家はいずれこちらから勘当するか家出してました。


 家の名に泥を塗るなと四方八方から綱紀粛正を求められ言動ひとつひとつ揚げ足取られて責め立てられることが無い。なんと心地良いのでしょう。








 なぜこの魔法学園都市なのかも説明しましょう。


 世俗を離れた場所ならお寺でも修道院でも山奥の集落でも、なんなら屋敷の中にある侵入も脱出も困難な物置小屋や地下牢への隔離でもよかったはず。ですが学園都市送りになりました。




 知りたがりのわたしを屋敷の書庫なんて場所に閉じ込めてしまったのが大人達にとって一番の失敗。


 ご先祖様が趣味で集めていた本の中に本物の魔法の取扱説明書が紛れていたのです。




 教育を施していない子供に読めるはずがない? 子供の知識の吸収力をなめてはいけません。


 大人が返答に詰まるほどの質問責めができる賢いわたしです。教えられずとも使用人たちの読み聞かせから文字と発音を学習していました。






 最初に使えた魔法は水でした。


 私は喉が渇いていたのです。コップが無いので手に注いだのですが、多く作りすぎて服を濡らして屋敷の中でお漏らしお嬢という不名誉な称号を得てしまいました。現実は非情です。




 水の次は土。


 上の棚にある本に手が届かなかったので台を作りました。


 手に取ったら綴じ紐が解けて紙に埋もれてしまったのも良い思い出です。




 光は暗い書庫でも本を読みたいから。


 炎は暖をとるためでしたが、面白かったカエルさんの冒険譚を燃やしてしまったので書庫の中では禁止することにしました。






 行動を制限されている子供に隠し事が長期間できるはずもなく、反省の為に行われた閉じ込めが転じた楽しい書庫籠りは子供の体感時間ではあっという間に終わってしまいました。




 大人達は頭を抱えました。


 厄介な娘が書庫で御せぬ程の知識を蓄えるどころか、師の居ない野良の魔法使いになってしまっていたのです。








 大勢の大人達の集まりは何日も休みなく続けられて結果はご覧の通り。わたしは今、学園都市行きの列車の出発を乗車席に腰かけて待っています。


 あ、発車のベルが鳴って動き始めました。これで普通の人間社会とは一時のお別れですね。




 わたしには心の準備をする時間は無く、会議の結果だけを言い渡されました。




 何だか意思疎通ができない獣みたいな扱いされてますね、わたし。


 こんなに知的で賢い娘にそんな扱いをした事をいつか後悔させてやりたいです。


 見返したいと言いますか、金輪際関わりたくないという感情の方が大きいのですが、それはそれ。






 駅舎から出ると同時に日が昇り始め車窓から射しこみ始めました。


 ずっと建物の中に居たのでとても眩しいです。


 眩しいのですが、わたしは日が昇るのをずっと眺めていたくて頑張りました。目が痛いです。でも頑張ります。




 わたしは朝日が大好きです。


 一歩先も見渡せぬ夜の帳と混ざり合った空の色も、一日の幕を開ける力強い明かりも、夜露を霧に変える温もりも大好きです。


 なにより、この朝日とはわたしの名前の由来でもありますから。






 申し遅れました。




 わたしはアサヒといいます。


 家の名はありません。勘当されたようなものなので。


 今日から魔法学園の一年生です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る