第4話 臥龍にして異端児 ★★★

「ただのお礼の前払いさ。……君は、若くして魔領域で散った弟に似ているからね」


「ふぅ……とても、弟にするじゃない。相変わらずマトモじゃねえな。あんたは」


は、この年で軍司令にはなれんさ。使えるものは何でも使う、それが、戦場で真に優秀な指揮官に必要な合理性だ」


「ここは、戦場じゃないだろがよ」


「……女の一生は、常に戦場にいるようなものさ。美と若さの花は、刻一刻こくいっこくと散っていくわけだからな」


「なるほど……舌先三寸、使い方もうまいってね」


 言いながら、ちらりとかたわらのシド学長を眺めやるユーリ。彼は視線を逸らし、素知そしらぬ顔で、手元のスケジュール帳らしきものに、視線を落としているふりをしている。

 顔をしかめたユーリは、往生際おうじょうぎわ悪く、かつての上司たるヘカーテに、あえて距離を取った敬語混じりに、せめてもの抵抗を試みた。


「いや、困りましたね……前払いとやらは別に嫌いじゃないんですが、あなたのは、引き換えに出ていくものが、妙に高くつきがちで。


 あと、実はこう見えて、俺も忙しい身でして……いろいろ予習に復習やら課題やらがあるもんでね」


「へえ。さっき盛大にサボっておいて?」


「うっ……」


「もちろん学園には、私からも上手く取り計らっておくさ。そのために、ここに学長様もいらっしゃるわけだしな。


 それと、特別ボーナスもつくぞ……こちらもある程度肩代わりはしたが、懲罰金ちょうばつきんを支払って、今はスカンピンの身だろ。まさに貧乏学生同様、というわけだ」


「おかげで、普通の寮にも入れませんしね」


「そこは補って余りある配慮がされていると思うが……学生身分で、あんな場所で一人暮らしなんだからな。まあ、それはいい。さて、学長殿。今回のユーリの出撃は、軍務の一環だ。特別配慮とくべつはいりょを願いたいが」


 そう言ってから、ちらりと、シド学長に目線をやるヘカーテ。学長はもみ手せんばかりにして、うなずいてみせた。


 この学園には運営上、軍も大きな出資をしているのだ。その司令たるヘカーテの意向とあれば、学長であろうとも斟酌しんしゃくせずにはいられない。

 もはやここまでと腹を決め、ユーリはしぶしぶ返事をする。


「はいはい、分かりましたよ……で、詳細は?」


「『はい』は一回でお願いしたいな。さて、現在分かっている情報だが……壁の外に広がる荒廃野こうはいや電理防衛網でんりぼうえいもうが送ってきたデータによると、魔領域が出現したのは皇都南方の旧ドーリア地方の郊外。


 敵数は七から十、小隊規模だな。統率者ロードは“グリフォン”タイプ。翼はまだ成長していないようだが」


「放置しておくと、完全飛翔するようになっちまう奴ですね」


「援護要員を付けたほうがいいか?」


「不要です、むしろ邪魔になる。事が終わったら、“門”を完全封鎖する始末隊ガニシリウスの手配だけ、お願いします」


「分かった。で、だ?」


「あー、読みかけの本がありまして、それ終えてからにしたいんで。あと、ちょっと準備は必要ですが、そうですね……数時間もあれば」


「それでか? さすがだな」


「どうということはないですよ。第七魔領域に比べればね……それじゃ、出ます」


 それだけ言い捨てると、ユーリはさっと振り向き、シド学長に会釈をした。


「では学長、そういうことで、午後の授業は早退します。もちろんこれは、ではありませんので」


 学長が肩を竦め、ヘカーテが微笑するのを後に、ユーリはくるりときびすを返して、歩き出した。


* * *


ユーリが退出するのをいったん見届けてから、シド学長と二、三の別件の打ち合わせを終えると、ヘカーテは改めて学長室を出た。


 彼女と連れ添うような立ち位置に歩み寄ってきた女性秘書官が、そっと耳打ちするようにささやいてくる。


「司令……この緊急事態に、わざわざマギスメイアまで足を運ばれて、あの少年に何を?」


「秘密指令だ。彼には、その事態の元凶……“門”から彷徨さまよいい出てきた幻魔を叩いてもらう」


「えっ! ……僭越せんえつながら、よろしいのですか? ここの生徒……魔装騎士のひなとはいえ、あのような少年を幻魔討伐の任務に……」

 

 彼女は眉をひそめながら、そんなことを言う。無理もない、グリフォンタイプに複数の幻魔が付き従う小隊規模の相手となれば、普通なら、中級戦力の魔装騎士が十数人は必要なのだから。それをたった一人とは……どうにもせないのだろう。


 まさか、あの少年に死ね、とでもいうのだろうか、という疑問が、その表情にはありありと浮かんでいた。

 だがそんな問いに、ヘカーテは平然とした顔で答える。


「ああ、メルゼ秘書官、君はまだ着任したばかりだったか。大丈夫だ。何の問題もない」


「し、しかし……」


「彼は軍のどころじゃない、歴戦の軍人で希代の魔装騎士だ」


「えっ……?」


神龍魔将しんりゅうましょう――彼が以前持っていた位官だよ、あの年齢で、な」


 秘書官の顔に、驚愕の色が浮かぶ。


「神龍の位と言えば……皇国十二魔将の最高位⁉︎ ま、まさか!」


「ユーリス・ロベルティン。本名はユリシズ・ハイアード……我が国始まって以来の電理魔術の天才にして、特別訓練期間を史上最年少で終えた超級魔装騎士だよ。


 その年には、変異能へんいのうたる【同時魔変回路】まで開花させ……堂々の軍歴デビューだ。氷炎ひょうえんの神龍……この二つ名を、聞いたことはないか?」


「そ、それじゃ……国家戦力級の魔装騎士にして、二つの魔術属性を完璧自在に使い分けられるということですか!? あんな少年が!? 


 ……かつて護国ごこく翼陽女神ヴァルキュリアと呼ばれたヘカーテ司令ですら、完全に極められたのは一属性だけだったというお話ですのに……」


 顔色を変えた様子の秘書官は、口を手で押さえつつ、隠しきれない動揺を示した。ヘカーテは、なおも続ける。


「まあな。だが彼の凄さは、単に天才的新人ルーキーだった、というだけに止まらない。1001万2356体……このムチャクチャな数字の意味が分かるか? 彼が掃討した幻魔の数だよ。


 ついでに踏破した魔領域は100万とんで7898階層、幻魔との総戦闘時間は27万7215時間超……皇国はもちろん、世界中の人類の中でもぶっちぎりの最高・最長記録だろう」


「……っ!?」


「彼は……“第七魔領域帰り”だ。人類未踏のあの魔領域からの、たった一人の帰還者なんだよ」


「……」


 メルゼ秘書官は、もはや何も言えなくなり、ただ、ごくりと一つ、生唾を飲み込んだ。そんな彼女に向けて、ヘカーテは片目をつぶって。


「ここまで言えば、聡明な君なら、もう分かるだろ? だから、一切の心配は無用だ。ひとまず用件は済んだ、司令部へ引き上げるとしよう……なに、果報かほうは寝て待て、さ」


 そう言うと、彼女はカツカツという軍靴の響きだけを残して、悠々と学園の長い廊下を歩み去っていく。そのあとには、あわてたように上司の後を追う、メルゼ秘書官の姿だけが続いた。


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明日は、エジプトのミイラを見てきます!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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