第8話 魔装騎士の本分

(ま、どっちにせよ、俺が出る幕じゃねーな)


 そんなことを思い、ユーリが博物館棟近くの自室に戻ろうときびすを返しかけた時。


「……あなた、そこで何してるの?」


 聞き覚えのある声が、後ろから響く。

 ちらりと見ると、不機嫌そうに眉根を寄せたセリカの顔がそこにあった。


「ティガが、不良たちに絡まれてるって聞いたの。彼女、あっちにいるのね?」


 セリカとティガは、女子寮でも同室のルームメイトで、互いに生まれ育ちがまったく違うにもかかわらず、仲が良い。恐らく通りがかりの小心者か何かが、ユーリより先に騒ぎを聞きつけており、そっと級長殿にご注進ちゅうしんに及んだのだろう。


 ユーリは小さく肩をすくめ。


「ああ。金獅子組のマルクディオだったか、金貸しのクソ坊ちゃんらと、トラブル発生ってとこだぜ」


 それだけで、セリカはあらかたを察したらしい。形の良い眉をしかめて、ユーリに尋ねる。


「で、ユーリ君、まさか、あなたが彼らの見張り役ってわけ? ……もしそうだったら、見損みそこなったわ、って言わなきゃいけないとこだけど?」


「おいおい……さすがに、早合点はやがてんってヤツだろ。俺はたまたま、ここに来ただけ。そもそも俺の部屋あんの、こっちだしな?」


「へえ、そうなんだ? でも、黙って見てたっていうの? そりゃ、ティガだって、あの時の、あなたに対する態度は良くなかったとは思うけど」


 それは午後に教室で、ユーリがあえて演じた「失態」を、ティガが腹を抱えて笑ったことを指しているのだろう。


「別にそんなこたあ、どーでもいいさ。クラスの連中が、俺をどう思おうとね」


「へえ、ずいぶん余裕があるのね。本気かしら」


 セリカの目が、すっと冷徹な光を帯びる。


(へえ。この目……気づいてるのか? 俺があの老教授ジジイの前で、わざと馬鹿やらかしたんじゃないかって疑ってるな……さすが級長様は、呑気な学生とは一味違うってとこか)


 あえてユーリは素知らぬ顔を装ってみたが、セリカはそんな態度の裏に隠れた真実を目ざとく見抜いたようで、呆れたように言う。

 瞳に宿った鋭い光は消え、どうにも解せない、といった当惑めいた表情が浮かんでいた。


「……やっぱり。イゴル教授に叱られたのはわざとだったのね? でも、なぜ? 確かにあの時は教授の注意が私かられて、助かったけど……」


「さあな。でもまあ、あんたにゃちょっとイイ光景を見せてもらったからな。ささやかなお返しってヤツ?」


 あえて少し人の悪い笑顔で返したユーリに、セリカの顔が、カッと赤くなった。


 ああ、こんな人に、助けてくれたとか一瞬でも感謝の念を抱いたなんて……セリカの顔に、まざまざとそう言いたげな表情が浮かぶと同時、彼女は語気鋭く言い放った。


「もう、その話はしないで!」


 険しい視線が飛んでくるのを、ユーリを平然と受け止め。


「ならおまえも、これ以上余計なことに首を突っ込まないほうがいいんじゃねえか? 元はといや、あいつティガにだって、あのクソどもに付け込まれる隙があったってことだし。


 あの可愛らしい子猫ちゃんだか? をかばったらしいから、自業自得とまでは言わねーけどな。そもそも戦場で、誰かに隙を見せる奴はアホだ。針の先ほどの油断が命取りになるんだからな……」


「変なこというわね、ここは戦場じゃなく、マギスメイアよ?」


「それが、素人しろうとの甘さってヤツだ……これぞ、常在戦場じょうざいせんじょうの心がけというもんさ」


「戦場って……話が飛躍しすぎよ、意味がわかんない。そもそも魔装騎士たるもの、仲間を想う心を忘れたら終わりじゃない?」


「ふ~ん、確かに教本にゃ、お仲間との連携を大事に、ってあるからな」


「そうじゃなくて、人間としてとか、魔装騎士としてとか……そういう、姿勢や在り方の根本レベルでの話よ!」


 セリカの瞳は、強い怒りに燃えている。


「そんな怖い顔すんなって。せっかくの美人さんが台無しだ……知ってるか、お前、男子どもに相当人気あるぜ? 


 たまに教室でそっち見ると、思春期の男子エロガキどもの視線が、うるさいくらいだよ。まあ当たり前だけどな、顔だってめちゃ綺麗だしルックスもよくて、何より態度がいつも凛としてるもんなあ。……ま、ガチガチの生真面目ちゃんってだけがもったいねえけど。


 愛嬌あいきょうっての? そいつをカケラぐらいは持ち合わせてたほうが、人生、上手く渡っていけんじゃね?」


「……っ!」


 ユーリが事もなげに言うと、セリカは一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた。が、次の瞬間、ユーリがわりと本気で言っている、と理解したらしく、たちまち顔を真っ赤にしたかと思うと、眉根を寄せて、口を尖らせるようにして言い返してくる。


「う、うるさいなあ……! どうせ私は愛嬌ナシだわよ、家事不器用で、融通利かないわよ! 実家くにでもさんざん言われたし、自分でも分かってるんだから!」


「……別にそこまで言ってなくね? っていうか、実は家事不器用キャラだったのか、お前」


「! ……と、とにかく私は、親友ティガを助けるの! 分かったら、そこを空けてよね!?」


「へいへい」


 さっと身体をずらすユーリの脇を擦り抜け、ちらりと振り向いてひと睨みしてから、つかつかと小広場の奥へと入っていくセリカ。彼女はすぐに、周囲を威圧するような声をあげた。


「ちょっと! あなたたち、何やってるの!」


 ティガ、マルクディオ、そして彼の取り巻きたち……全員が、一斉にセリカの方を見た。マルクディオは、ちっ、とでも言いたげな苛立ちの様子を露わにし、取り巻き達の顔にも、焦りの色が浮かぶ。


「セリィ!」

 

 ティガはっとした表情で叫ぶが、手下の一人であるニキビ面の少年に、余計な動きをするなとばかり、がっちりと腕を抑えられてしまう。


 そんな様子を改めて見てとって、マルクディオたちをきっと睨みつけるセリカ。腰に手を当てた彼女の様子は、実に勇ましく見える。だが、ユーリからすると、醒めた感想しか出てこないが。


(あ~あ、あのクズどもに、マジで正面からガツンとカマしやがって……クソ真面目っつうか、ホント、余計なことに首を突っ込む奴だな。ま、知ったこっちゃないってのは変わらんけど)


 ユーリは苦笑すると、そんな光景にくるりと背を向け、そっと歩き出しかけたが……その足が、ふと止まる。


 言うなれば……ほんの少しだけ気になった、というだけ。

 セリカという少女の、真っすぐな瞳が。


 自分が長い長い迷いの果て、に置き捨ててきてしまった、魔装騎士の本分……。


 ユーリは、己の蒼黒そうこくの髪に混ざった銀灰色の髪一筋を指で弄びつつ、しばし逡巡しゅんじゅんした。


 己の歩む道に一途いちずけるまっとうさ、言うなれば正義とか誠実さとかいうようなものさえも、生真面目に胸に抱き続けているらしい彼女セリカ

 その若々しくも眩しい、精神こころの輝きを宿した瞳が。どこかで、かつて共に濃厚な時間を過ごした誰かを……思い出させたから。


(ちっ)


 ユーリはくしゃっと頭を掻くと、そのまま壁にもたれかかって、様子をうかがうことにした。

 案の定、マルクディオたちは、これで引き下がるようなタイプではなかったようだ。


「銀星組の優等生、セリカ・コルベット様か……何の用だ?」


 一瞬動揺したようだったが、取り巻きと目配せし合うと、にやついた笑みを浮かべて、マルクディオはそう切り返してくる。


「……あなたたちこそ、どういうつもり? 事と次第によっちゃ、ただじゃおかないわよ!」


 そんなセリカに、マルクディオの取り巻きで一番図体のでかい、チョコバーをかじっていた太った少年が、大声で叫ぶ。


「うるせえ! 黙ってろ!」


 次いで彼は巨体を揺らして、進み出てくる。有無を言わせず暴力で場を制しようというのだろう。ドン、という音とともに、セリカは、たたらを踏んで後ずさった。


 少年がぶ厚い掌で、彼女の肩を勢いよく突いたのだ。さらに彼は大きく一歩踏み込み、太い腕を振るった。それと同時、セリカの頬が、音を立てて鳴る。


「!……やってくれたわね」


 頬を張られたセリカが向き直ると、切れた唇からかすかな血が流れ落ちた。

 太った少年は、さらに巨体を揺すって一際大きく叫ぶ。


「女はすっこんでりゃいいん……うぐっ!」


 だが、全てを言い終えることはできなかった。思いもよらず襲ってきた衝撃に、彼はそのまま身体をくの字に折るようにして、うずくまってしまったからだ。


 マルクディオらが、一斉に驚いた表情を浮かべる。

 それを横目に、地面にひざまづいた少年の巨体から、後ずさりするように華麗な足さばきでスッと離れたセリカは、無造作に髪をかき上げると。


「ええ、私は優等生ですからね……別に、学内で魔術は使っちゃいないわよ?」


 皮肉げな微笑をたたえながら、一言。

 彼女は先程さきほどの一瞬の間に太った少年に肉薄にくはくすると、そのでっぷりとした腹に、眼にもとまらぬスピードの拳を打ち込んだのだ。それを確かにとらえていたユーリは、少しだけ目を細めた。


(ほぉ~、気が強いだけのお嬢様かと思ったら、たいした女格闘家じゃんか……まっすぐで綺麗な打拳パンチだ、軍の新兵の中でも、あれだけやれりゃかなりスジがいいほうだろうな)


 そんな風にユーリが多少ずれた感想を抱いている中、マルクディオが、鼻につく大物ぶった様子で、セリカにニヤリと笑いかける。


「なるほど、こりゃとんだ女勇者サマだったか。しかし、身の程知らずも、たいがいにしておかないと身を亡ぼすぞ?」


 威圧感を込めて言い放ったマルクディオに、セリカは胸を反らすようにして、言い返す。


「身の程しらず、ですって? そっくりそのまま、お返しするわよ! あなたこそ、そんなに偉ぶっていても、本当の自分の“程度”ってものをまったく知らないのね!」


「な、何だと!」

 

「何だも何も、寄ってたかって女の子一人を捕まえて取り囲んでる男の器量なんて、たかが知れてるわよ。そもそもそこにはべらせてる子分たちだって、あなたに心服してると思う? いいえ、あなたの家が持つ権力やお金の力に服従してるだけでしょ! 

 ……可哀そうな人ね。勉強にせよ魔術の実力にせよ、全部が中途半端で。何か一つ、外見そとみだけじゃなく自分自身の内側に、真に誇れるものを持ってないの?」


「ぐっ、こ、こいつ……!」


 マルクディオの血相が変わった。どうやら、薄々マルクディオ本人も気づいていながら見て見ぬふりをしていた部分……まさにセリカの言葉は、成金なりきんの坊ちゃん育ちである彼のコンプレックス、精神的な弱みという意味で、“図星を突いた”のだろう。


「い、言ってくれたな、この女ぁ!」


 激昂げきこうしたマルクディオは、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「マルクディオ、やっちまおうぜ!」


 彼の怒気を察して、取り巻きたちも、一気に気色ばんだ。そして身構えたセリカに、さっそく一人が襲いかかったが、今度は鮮やかな回し蹴りを受けて、あっさり打ちのめされてしまう。


 苛立った様子のマルクディオが、目で合図すると、彼らは今度は、マルクディオ本人も含め、一気に数人で、たった一人のセリカに挑みかかった。


(おいおい……)


 ユーリが顔をしかめたのは、それが少女一人を相手に、数を頼んだ卑怯な行為だったから、というだけではない。


「きゃっ!」


 子分らに続き、乱暴に振りぬかれたマルクディオの拳を、余裕の笑みで回避したはずのセリカが、短い悲鳴を上げた。数歩後ずさった彼女は、そのまま胸を押さえて、表情を硬くする。


 その制服の胸は、いつのまにか、一文字に薄く切り裂かれていた。血こそ流れていないが、それは脅しというには十分な一撃だったようだ。


「どうだ、ビビったか?」


 効果ありと見て取ったマルクディオが、蛇のような薄い笑みを浮かべる。その手には、銀色の得物えもの――折り畳み式のナイフが、鈍く光っていた。電理魔装ではない通常のナイフだが、その独特の波系の刀身により、高い殺傷力を備えていることは一目で分かる。


(あれは……ドルカ・ナイフか?)


 ユーリは目を細めて独りごちた。

 それはかつて皇国と列強が相争っていた大乱戦時代、異端の傭兵たちが使っていた代物。ただのナイフではなく、羽根のような軽さのわりに、骨をも小枝のように切り裂く特殊ブレードの切れ味は、まさに想像を絶するものがある。


 マルクディオはその禍々まがまがしい武器を、まるで手品師がカードをもてあそぶように空中で左右に素早く持ち替え、曲芸じみた手技を披露してみせた。


「……ま、安心しろ。見ての通り、俺はコイツの扱いにちょっとは習熟してる。うっかり手でも滑らさない限り、そうマズいことにはならんさ。もっとも、お前が無駄にこれ以上暴れでもしたら……どうなるか分からんがな」


「そんなものを……! ……さ、最低ね!」


「ふん、ただじゃ済まさん……乗りかかった舟ってところだな。ひん剥いてから、電像宝珠スマートオーブで、写真の二、三枚でもしっかり撮ってやるよ。魔導SNSでのさらしにビビッて、先公どもに告げ口もできないようにな! さあ、動くなよ? その綺麗な顔に、傷をつけられたくなかったらな!」


「セ、セリィ!! 逃げて! ウチはかまわないからぁっ!」


 手下の一人に押さえつけられたまま、ティガが顔を青くして叫んだ。セリカは唇を引き結ぶと、一歩も引く気配を見せず、マルクディオをにらみつける。


(……)


 ユーリの視線が、小広場の片隅へちらりと走る。その視線の先――ゴミ捨て場の焼却炉脇の塀には、すす払いにでも使うのか、大きな黒いぼろきれが一枚、打ち掛けられていた。


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明日は、通天閣でカニフィーバーです!


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。つたない作品ですが、システム上、目次の最新話下にある★にて評価いただけますと、より時間をさいての更新や内容充実を図れますので、大変助かります!


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