第12話 パンダと聖女とキャットファイト



「もうお嫁に行けない……!」


「嫁に行くにはまだ早ぇが、とりあえずカレン嬢ちゃんは助けに行かねぇとな」


で何をどうすんのよ!?」



 スラム街にたたずむ工房跡地の入口を睨み、さらわれた領主の娘――カレンディア侯爵令嬢の救出作戦に乗り出した瑠夏とダディであったが。



「なんなのよは!? まさかリングコスチュームとでも言うわけ!? キャットファイトでもしろって言うの!?」


「惜しいな瑠夏。そこは〝パンダファイト〟と言うべきだぜ」


「どっちでもいいよそんなのッ!?」



 霊獣であるルナにユニークスキル【霊獣憑依パンダ・インストール】を使わせた途端、ルナが輝き出して姿を消し、代わりに現れたのは……パンダ柄のビキニスーツとグローブにブーツを身に付け、そしてパンダの黒く丸い耳を生やした瑠夏であった。

 コスプレ色が強いことを差し引けば、確かに女子プロレスラーのリングコスチュームに見えないこともない。



「落ち着け瑠夏。【霊獣憑依パンダ・インストール】は霊獣であるルナと聖女である瑠夏が合体するスキルだ。これでお前の全ての能力は爆発的に底上げされ……だ」


「しかも……?」


「なんと! 【聖獣格闘術パンダアーツ】も使えるようになる!!」


「やっぱリングコスじゃん!! プロレスさせる気じゃん!! 無理だって! あたし喧嘩や格闘技なんてしたことないもん!!」



 肉球の付いたグローブで頭を抱える瑠夏。頭の片隅では敵地であることをしっかりと認識しているため、必死にツッコミを繰り出しているがちゃんと小声である。


 しかしそんな必死な瑠夏に、ダディは。



「そんだけのパンダぢからとスキルがあれば大丈夫だ! パンダかんだ上手くいくさ!!」


「そのパンダ力ってのがそもそも意味不明なのよ!?」


「細けぇことは置いといて、いざお嬢を助けに行くぞ!!」


「細かくないから!? あ、待って置いてかないでぇえええええッ!!」



 華麗にツッコミをスルーして前脚をグルグルと振り回し、二足歩行でノシノシと真正面から突き進むのだった。



「それじゃ作戦通り、一階の入口付近を制圧したら別行動だ。覚悟はいいな?」


「まったくよくありませんっ!」


「なら戦いながら腹をくくれ。俺やルナならともかく、カレン嬢ちゃんが誘拐されたらヒデェ目に遭うのは目に見えてるだろ? せっかくできた大事な友達を助けるためだ、勇気を出せ! 行くぞぉ!!」


「あーんもうっ!! そんなこと言われたら断れないじゃないダディのばかぁッ!!」


「ぱんだぁああああああッッ!!!」



 雄叫びを上げて建物の玄関を粉砕するダディ。凄まじい轟音と共に木片や埃が巻き上がり、粉々となり風通しの良くなった玄関から、ダディと瑠夏は建物に足を踏み入れた。



「あんだテメェらはッ!?」


「ここが誰のアジトか分かっててカチコミしとんかゴラァッ!?」


「なんだコイツ魔物か!? ふざけた色しやがってこの熊モドキがッ!!」


「お嬢ちゃんカワイイ格好してるねぇ〜! オジサンと気持ちいいことしない?」




 突然の襲撃ににわかに殺気立つ、室内に居たガラの悪い男達。見るからにチンピラ然とした格好や鋭い目付き、そして口々に発せられる罵声が瑠夏達を出迎えた。



「誰がシロクマとクロクマのハーフだこのボケ共がぁあああああああッッ!!!!」


「そんなこと誰も言ってないよダディ!? 色イジりは地雷だったの!? あとさり気なくセクハラ発言したのどいつよ!? あたしだって好きでこんな格好してないわよ!!」



 典型的な悪党らしく、酒枯れたドスの効いた罵詈雑言と共に武器を取る男達。

 白黒のトレードカラーを貶されて荒ぶるダディと、ツッコミに羞恥にと大忙しの瑠夏。



「コテンパンダになる時間だ人攫い共!! ぱんだぁああああああッッ!!!」


「てめぇら、やっちまえ!!!」

「「「うおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」


「どうすりゃいいのよぉおおおおおおおッ!!??」



 両者の睨み合いはさほど長くもなく、ダディの咆哮を皮切りに戦いの幕が開いた――――





「おらぁああああッ!! パンダリアンチョーーップッッ!!」


「ぐへぁああッ!!??」



 ダディが突き上げ手刀のように掲げられた両前足が、一人のゴロツキの両肩口に叩き込まれる。ゴロツキは凄まじい威力を前に無様な声を上げ、その場に倒れ伏す。



「ダディ、何でもかんでもパンダ絡めすぎだから!! それキ〇ー・カーンのモンゴリアンチョップだからね!?」


「細けぇこたぁいいんだよ!! オラまだまだ行くぞぉおおおッ!! 稲妻パンダラリアァーーートッ!!」


「ぐふぉおおッ!?」



 また別のゴロツキに二足歩行で突進し、その眼前で跳躍するダディ。そのまま空中で後ろ脚が振り抜かれ、人間で言うスネの部分がゴロツキの喉首に打ち込まれる。



「稲妻レッグラリアートだから!! 木〇健吾が怒るからやめてぇッ!?」


「俺より瑠夏も気を付けろよ! 来てるぞ!!」


「へ……? って、うひゃあああッ!? ぼ、暴力反対ぃいいい!!」



 ダディの大立ち回りの傍らで必死にツッコミをしていた瑠夏の方にも、あぶれたゴロツキ達が殺到する。



「オラァ!! これみよがしな格好しやがって! チチ揉ませろやぁッ!!!」


「オレはそのカワイイ尻をしゃぶってやるぜぇッ!!」


「へ、変態! 痴漢!! 性犯罪者ぁッ!!!」



 扇情的なパンダコスチュームから露出する瑞々しい十七歳の素肌。ビキニブラに寄せられた胸元やハイレグショーツからスラリと伸びた太モモ、そして張りがあり上向きの臀部は男達の劣情を駆り立て、理性を欠いた獣へと変貌させる。



「瑠夏、【聖獣格闘術パンダアーツ】を意識するんだ! お前ならできると思い込め!!」


「いやぁああああッ!! もうパンダアーツでもマーシャルアーツでもいいから早くなんとかしてぇええええッ!!」



 瑠夏はダディから鋭く飛んだ助言に従い、男達から逃げ回りながらダディの戦う姿を意識する。そうした瞬間、身体の内側で何かが噛み合ったような、不可思議な感覚を瑠夏は感じ取った――――



「うっひょぉおおーーっ♡ おっぱいいただきぃぃいぎぇあああッ!!??」



 ――――上がった悲鳴は、ゴロツキが発したものであった。瑠夏の胸を目掛け伸ばされたその手首を掴み取り、そのまま捻るように後ろを向き自分の肩に相手の肘を叩き付けた瑠夏。



「おお! ショルダーパンダブリーカー!!」


「身体が……勝手に……!? って、ただのショルダーアームブリーカーだから!!」



 まさに瑠夏が【聖獣格闘術パンダアーツ】を発動し、痛め技として名高いアームブリーカーの派生技を炸裂させたのだ。



「このアマ!? こうなりゃオレがそのケツを揉みしだいてや――――うぶぅへあッ!?」



 仲間が年端もいかない少女に無力化され、動揺したのも束の間。今度は背後から瑠夏の臀部を狙い襲いかかったゴロツキ。しかし瑠夏は前方に身を投げ出すように跳躍すると、真後ろから迫るゴロツキの顔を両足で蹴り飛ばし、その勢いで華麗に前転受け身を取る。



「今度はパンダルーキックか!! なかなかやるじゃねぇか瑠夏!!」


だから! カンガルーキックなのっ!!」


「俺も行くぜぇえええッ!! ジャーマンパンダドライバーッ!!!」


「ジャーマンパイルドライバーだからね!! もうなんでもアリか!!」


「ぎゃぁあああああああッッ!!??」



 吹き荒れる暴力プロレスの嵐。ダディが、瑠夏が次々と技を決め、廃工房にたむろしていたゴロツキ達を次々に無力化していく。


 そして遂には、逃げ出したゴロツキを除いてあと一人となっていた。



「決めるぜ瑠夏! 父娘おやこタッグの力をせてやろうぜ!! 合わせろよ!!」


「合わせるも何も身体勝手に動いてるからぁあああ!?」



 瑠夏とダディに迫られ慌てふためく最後のゴロツキ。そんな彼を挟むようにして急接近する一人と一頭。



「パンダ力プラス!!」


「パンダ力マイナス!!(口が勝手にぃいいいっ!?)」


「ままま待て!? やめてお願い助け――――」


「「クロスパンダァアアアーーーッ!!!」(クロスボンバーだからぁッ! お兄ちゃんが大好きなキン〇マンの敵の技なのぉーーっ!!)」



 ダディの剛腕と瑠夏の細腕の力が見事に釣り合い、お互いのラリアートの挟撃がゴロツキを襲い、悲鳴を上げることすら許さずに意識を刈り取った。

 後に残ったのは、死屍累々と転がるゴロツキ達の身体と、勝鬨かちどきを上げるダディと瑠夏だけであった。



「どうでもいいけどコイツら生きてるのこれぇえええ!?」



 それと瑠夏の叫びも、廃工房に虚しく木霊していた。




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