第2話 パンダとクマとプロレスリング
「ぱんだぁあああああああああ!!!」
「くまぁああああああああああ!!!」
深い森の中に怒号と轟音が撒き散らされる。そこにはただ、破壊と暴力の光景が繰り広げられていた。
樹の幹のような剛腕が振るわれ、周囲の樹々を薙ぎ倒す。巨体同士がぶつかり合い、衝突音と振動が少女の腹を震わせる。
(拝啓お父さんお母さんお兄ちゃん、クラスメイト達にフォロワーのみんな……。あたしは何故か今、熊とパンダの怪獣大決戦を観戦していますぅ……!)
親パンダに背中から降ろされた子供のパンダに護られるようにして、少女――
突然親子のパンダと共にこの森に放り出され、そこから命懸けの追い駆けっこを繰り広げていた瑠夏。そして突然現れた〝ヒュージグリズリー〟なる巨大熊が襲いかかってきたところを、間一髪追い付いた親パンダに助けられた。
そして『娘と一緒に見ていろ』と
「くまぁああああああッッ!!」
「ああッ!?」
ヒュージグリズリーの
人間の頭どころか、上半身まで一口で食い千切れそうな巨大な口と牙が深々と突き立てられた親パンダ。しかしパンダは一歩も引かず、それどころか――――
「パンダこらぁあああッ!! 痛てぇじゃねえかこのクマっコロがぁあああッッ!!!」
「ぐまぁあああッ!!??」
肩に噛み付いたヒュージグリズリーの上顎と下顎を左右の前足で掴み、裂きそうな勢いで強引に引き剥がすパンダ。
(いやあなたもクマなんだけどッッ!?)
瑠夏は心の中で盛大にツッコミを入れていた。
「ぱんだぁ〜〜ッ♡♡」
そして親パンダに娘と呼ばれた子供パンダは盛大にはしゃいでいた。拍手までしている。
「ここからは俺のターンだ! たかだか野生のクマっコロが……! 年間何十万人もの来場客を癒すエリートジャイアントパンダの足元にも及ばないってことを、その教養の無い頭に叩き込んでやるッ!! 行くぞコラァッ!!」
(いや普通は野生の方が強いんじゃないのッ!? 教養も何もパンダや熊に教養って何なのッ!? エリートとヒラの違いはどこなのッ!?)
冴え渡る親パンダの口上。そして瑠夏の胸中でのツッコミ。とにもかくにも、ここからは親パンダの逆襲が始まるらしい。
固唾を飲んで見守る瑠夏と娘パンダの視線の先で、親パンダは両前脚を広げ、後脚を若干前後に開きながら堂に入った構えを取った。まるでそう……瑠夏の兄が好きでよくテレビを占領して観ていた、リングに堂々と立つレスラーのように。
「さあ、コテンパンダになる時間だッ!!」
気合いと共に親パンダが大地を蹴る。重い足音を響かせ距離を縮め、未だ顎を裂かれかけた痛みから回復できず口を押さえているヒュージグリズリーの頭部に向けて爪……ではなく折り畳んだ肘を打ち込んだ。
一発、二発……鈍い音を響かせ右の肘を立て続けに打ち込まれたヒュージグリズリーが、ヨロヨロと怯むように後退する。その僅かに開いた間合いを利用し親パンダは、ヒラリとその巨体からは考えられないほど軽やかに横回転を披露しそして――――
「ローリングパンダスマァーーッシュ!!」
「いやそれただのローリングエルボーだからッ!!?? 三沢○春のやつぅッッ!!」
咆哮とツッコミと共に叩き込まれた三撃目の右の肘が、重い衝撃音を伴ってヒュージグリズリーの側頭部を打ち抜く。ヒュージグリズリーはその体重と遠心力の乗った重撃に耐えられず、その巨体で大地を抉るように転がりながら倒れ込んだ。
「まだまだ行くぞコラァ!!」
転がるヒュージグリズリーにすかさず追いすがり、その後脚をガッシリと両脇に抱え込んだ親パンダは、そのまま勢いを付け身体を回し始めた。
「ジャイアントパンダスィィイイイイングッッ!!」
「ただのジャイアントスイングだよねぇッ!!??」
脚を抱え高速で横回転を始めた親パンダにより、残像が見えるほどの速さでヒュージグリズリーが振り回される。
「くくくくまぁぁああああああああああッッ!!??」
ヒュージグリズリーの絶叫が森に木霊する。遠心力で脳が片寄り抵抗力を無くしたヒュージグリズリーを確認すると、親パンダは樹齢何千年だろうか、太々とした大木に狙いを定め――――
「ぱんだぁああああ……ッ! フィニィーーーッシュ!!!」
回転の勢いと膂力に任せて放り投げ、大木の幹に叩き付けた。大地を揺るがし鼓膜を
断末魔も上げられないほどの圧倒的な暴威。異様なほどの太さを誇った大樹をすらへし折るその一撃により、ヒュージグリズリーは完全に事切れていた。
「次はパンダに生まれ変わって出直して来いッ!!」
「いや同じクマ科だからぁッ!!」
決めゼリフを叫ぶ親パンダの姿に思い切りツッコミながらも瑠夏は、その堂々たる姿を照らすスポットライトや、鳴り響くゴングの音を幻視していたのであった。
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