パンダァアアアイヤァアアア!!

テケリ・リ

一章 JKの異世界転移パンダ付き

第1話 パンダと乙女と追いかけっこ



 良く晴れた昼下がり。しかしそんな雲一つ無い晴天とは打って変わって鬱蒼と繁る原生林のような森の中。そんな森の中で、茂みを掻き分けて悪路などまるでものともせずに、一人の少女が疾走していた。



「なんで!? なんでどうしてッ!? あり得ないでしょこんなのっ!!??」



 歳の頃は十七、八歳ほどだろう。艶やかで真っ直ぐな黒髪を颯爽となびかせ、動き易さを重視したTシャツにデニムジャケットを羽織り、同じくデニムのショートパンツにニーハイソックスとスニーカーといった、活動的な服装の少女だ。



「ぱんだぁああああああああああ!!」


「いやぁあああああああああッッ!!??」



 何故少女はこのような深い森を疾走しているのか? それは少女を追い掛けているモノが存在するからだ。



「あたしは福引で当たった入場券で動物園に行っただけなのにぃいいいいいいいいッッ!!!」


「ぱんだぁああああああああああっ!!」

 

「ぱんだ~~~♡」



 彼女は獣に追い掛けられていた。その獣は二頭居るのだが、一頭は優に人の背丈など超える程の巨体で、四足を駆使して疾駆し咆哮を上げ少女を追い掛けていた。そしてもう一頭は小さく小型〜中型犬程の大きさで、もう一頭の大きな個体の背に乗って運ばれていた。


 それは全身を黒と白の毛並みに覆われており、黒くて丸みを帯びた耳と丸く短い白い尻尾が特徴の熊の仲間であり――――



「どーしてに追い掛けられなきゃいけないのよおおおおおおおおぉぉぉッッ!!??」



 有り体に言えばそう、〝パンダ〟であった。それも〝ジャイアントパンダ〟である。



「なんなのよ! パンダ親子が柵越しにすぐ近くまで来たと思ったらなんか光って気付いたら森の中だし!! 他の客も居なくてあたしとパンダ親子だけってどーいうことなのよマジで!?」



 深い森の中だというのに、少女の走りには目を見張るものがあった。洗練されたフォームは身体の力を余すことなく地面に伝え、鍛え上げられた動体視力は樹の幹や枝、根を的確に捉え続け――最低限の速度ロスで原生林とも言える森の中を駆け抜け続けている。



「ぱんだぁあああああああああッッ!!」

「ぱんだ〜〜ッ♡」


「いやぁあああああああああッッ!!!」



 彼女の名前は東条とうじょう瑠夏るか。日本の都会でも田舎でもない都市で育った女子高校生である。

 通っている高校の休日に、商店街の福引で当たった動物園の入場券を利用して動物達を愛でていただけの。通常より容姿が優れていて元陸上部のエースということ以外は取り立てて変わったところのない、ただの一般人である。



「くっそおおおおお元陸部エース舐めんなぁあああああッ!!!」


「ぱんだぁあああああああああッッ!!」

「ぱんだぁ〜〜〜っ♡」



 ……パンダに追い掛けられているということと、そしてそれから逃げ続けられているという点を除けば、だが。



「こちとら体型維持のためにも毎朝ランニングは欠かしてないんだからぁあああッ!!」



 もうかれこれ二十分は走り続けている。しかも全力に近いハイペースで。だというのに息切れもしていなければ、脚に疲労が溜まって動きが鈍くなる様子もない。手にはスマホを握りしめていて、まるでリレーのバトンを必死で運んでいるようだ。



(これなら……逃げ切れるかも……!)



 これは驚異的なことである。曲りなりにも熊の仲間である獣から、ただの人である少女が走って逃げられているのだから。


 その時である。森の生い茂った樹々を巧みに躱し、パンダ親子と付かず離れずの距離を保ち続けていた瑠夏は、前方に更に繁った太い樹木の群生地を見て取った。

 瑠夏は小柄な自分と巨体のパンダを比較してそこに駆け込むことを瞬時に選択していた。



(これなら……タイミングを見て全力疾走スパート掛ければけるかも……!)



 しかしそう思ったのも束の間――――



「くまぁああああああああああああああッッ!!!」


「ぎゃぁああああああッ!!?? 今度はクマァアアアアアッッ!!??」



 睨んでいた進行方向の茂みが揺れたと認識すると同時、パンダよりも尚巨大な、一頭の熊が飛び出してきた。



(ダメだ詰んだ……! コレ死ぬわ……)



 心が折れてしまったのか。瑠夏は足を止めて、せめてとスマホを構えた。



「ぱんだぁああああああああああッッ!!」


「くまぁああああああああああああああ!!」



 前からは熊が、後ろからはパンダが迫る。



「ははっ。こんな死に方の写真アップしたらバズるかな? それともコラだと思われて炎上するかな……? だったら疑われないように動画にしとこうかな……」



 カメラを動画撮影モードに切り替え、前方の熊に向ける瑠夏。



「あれ? 『ヒュージグリズリー』? 何この文字……?」



 達観した様子でスマホを構えていた瑠夏であったが、しかしその画面に見慣れない表示が現れたため、思わず画面に見入っていた。


 そこには真っ赤な文字で『ランクA:ヒュージグリズリー』と、書かれている。そして気付けばその熊は、目の前に迫ってきていた――――



「ぱんだぁあああコラァアアアアアッッ!!!」


「くまぁああああああッッ!!??」



 一瞬何が起こったのか理解出来ず、瑠夏は目の前の光景をただ呆然と見詰めていた。

 まるで交通事故のような衝撃音と共に、瑠夏を後ろから追い掛けてきていたはずのパンダが、自分より大きな熊に体当たりして吹き飛ばしていたのだ。


 そして――――



「まったく! ヒトの話も聞かずに逃げるなんてパンダお前はッ!? 親の顔が見てみたいな!! コイツをコテンパンダにしたらお説教だからなっ!!」


「え、は……? ええ???」



 怒声が轟いた。たった今熊を吹き飛ばした親パンダが瑠夏に向き直り、腕(前足)をビシリッと指してのだ。



「パンダコノヤロー!! 返事はどうしたァッ!?」


「は、はいいいいいぃぃぃぃッッ!!」


「よーし良い返事だァ!! そこで娘と見てるんだぞっ!!」



 あまりの恐怖と混乱で思わず返事を返した瑠夏。それが良かったのか親パンダはすぐに熊に向き直って、走っている時からずっと背中に乗っていた子供パンダを掴み上げると、そっと地面に降ろした。子供パンダは親パンダに対して一つ頷き、なんと瑠夏の方にポテポテと走り寄ってきたではないか。



(……え、やば、かわ……っ!?)



 その愛くるしい姿に思わず胸をときめかせる瑠夏だったが、子供パンダはポテポテ寄ってきたかと思いきや、クルリと親パンダに振り返って立ち上がった。まるで、瑠夏を背に庇うかのように。



(あっ! そうだ動画!!)



 瑠夏は回し放しだったスマホのカメラを改めて親パンダに向けて、画面を覗き込んだ。


 その画面には、風景と共に熊の時のように吹き出しが映し出され、『ランクSSS:ジャイアントパンダ』と表示されていた。




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