私のリハビリ小説。

@summersun

第1話 トイレの個室から。

私は背筋が固まって汗が肌を伝うような感覚を覚えた。

立っているのが辛くなってきて隣の連結ドアに寄りかかる。

前に座るご老人の肩に隣の若い女性が寄りかかるように傾いていく。

私はそれを見てアッと思いながら、どんどん体が熱くなっていくのを感じて、

次の停車駅で駆け降りた。


なんで。何が原因だ。

頭を巡らせる。

大きな原因は見つからない。でも小さな原因はたくさん頭の中に上がっていく。

それらを、「でも今までは我慢できたし…」と

本当は辛くてしょうがないのに、無理やりチェックリストから外していく。

本当はこういう事の積み重ねが、自分を苦しめている事は分かっている。


吐き出したいのに、吐き出せない。

そんな空のえづきをトイレの個室で繰り返す。

もう何時間、駅のトイレに籠もっているだろう。

外では忙しない音が、360度から聞こえてくるような気がする。

片耳に入れたBluetoothのイヤホンで、お気に入りのポッドキャストのラジオを流して心を落ち着かせようとする。


グッと涙を堪えながら、トイレの個室で、今この時間に同じように辛くなって、駅のトイレに籠っている人間が世界には何人かいるのかな…と考えてみたりする。

何人かいて欲しいな、と願ってみたりもする。

耳から愉快な声と楽しそうに歌うパーソナリティの声が聞こえてくる。

私もこうなりたい、そう思って涙ぐむ。


無理だ。


どこかから心臓の横らへんに、へばりついてくる言葉。

剥がそうとしても上手く剥がせず、痕が残る。

でも、爪で少しずつ剥がしたら綺麗に剥がせるじゃん。

そこをさ、洗剤とかでふやかして、最後にスポンジみたいので磨けば、元に戻るでしょ。


私は、そうやって、時間をかけて、このこびり付きを取っていくしかないのよ。


誰のための人生だ。(耳から聞こえるパーソナリティの声)


私のための人生?ですか?これは。(頭の中で私が問う。)

自分にフィットするものが、まだ何も見つけられてない、そう思う26歳。

トイレでえづきながら、身体が周りの空気に締め付けられてる気がする。

スカートの下が冷気で寒い。

首周りに服が絡みついて息苦しい。

下着のゴムが肋骨に食い込む。

肺が苦しい。


もう少しでトイレを出る。

在宅勤務で良いんだよ。そう自分に言い聞かせるも、出勤こそ正義という圧が周りの重力を重くする。


明日は月曜日。

全てを脱いで、明日は採寸しようと思う。

私のラインに棘を刺さず、少しの隙間を保ちつつ私を纏ってくれる武器を見つけに繰り出そう。

そして、世界中のトイレの個室に

「あなたも私も頑張ってる」

と私の念を纏わせたテレパシーを今日も送っているのです。

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