第14話 薬局で女子高生を拾う

私達は業務用スーパーを出てガソリンスタンドに向かって車で走っていた。


「このあたり凄く荒れてますね。うちのマンションの近くはこんなじゃなかったですよね?」


私が聞くと遠藤さんが答える。


「そうですねガラスも割れてるし、あちこち焼けた跡とかありますよね。」


町は荒れ果てていた。運転は遠藤さんにしてもらっている。私は何かあるかもしれないので周りを良く見るようにしていた。


「車もいっぱい乗り捨ててあるのに、とにかく人がいないですよね。」


「私もさっきから一人も見ていません。私たちが籠っている間に避難したんでしょうか?」


「もしかしたらそうなのかも・・俺たちが籠っている間に自衛隊とか来たんですかね」


「取り残されたんでしょうか?怖いです・・」


「俺もですよ・・でも人々は家の中に籠城しているとも考えられますよね。」


「たしかに・・それもありますね。」


「とにかく暴徒はいないみたいです。まずは慎重に進みましょう。」


《暴徒はいない・・遠藤さんの気休めかもしれなかったが、そう考えると少し怖さが和らいだ。しかし・・SNSで見た情報には暴徒の事しか書いていなかったはず・・》


「遠藤さん・・SNSで見たんですが暴徒ってゾンビですよね?」


「やっぱりあれはゾンビなのかな?」


「人を噛むみたいです。」


「人を食べるって事でしょうかね?」


「どうなんでしょう。私は実際に見た事が無いのでわかりません。」


「俺も見た事ないんで・・」


SNSでは人に噛まれたとか食べられたなんていうおかしな情報が溢れていた。ゾンビが氾濫しているという意見が最も多かったが、実際に見た事が無いので本当なのか実感が無い。


《そもそも・・ゾンビなんてそんな荒唐無稽な話があるはずがない。》


遠藤さんは乗り捨ててある車をよけながら進む。


しばらくするとガソリンスタンドに到着した。


「ガソリンつめれるのかな?」


遠藤さんが車を降りる。


「あ!私も・・」


とにかく一人になるのは嫌だった。


ガソリンスタンドの事務室の方には誰もいないが、電気はついているようだった・・


「とりあえず・・セルフ給油は出来そうだ。」


「はい。」


「ここでは普通にお札を使うしかないみたいだ。」


「まあ・・普通ですよね。」


給油のノズルを給油口に入れてレバーを引く。


ゴウンゴウン


ガソリンが入り始めた。


ガソリンを詰めている間も私は遠藤さんの隣に立っていた。車の中より彼の隣が安全な感じがしたからだ。


「満タンにしておけば、ひとまず安心ですよね。」


「はい・・」


しかし・・給油の時間がやたらと長く感じた。ほんの数分だというのに。私は周りをきょろきょろしながら遠藤さんのそばから離れなかった。


「満タンになりました。」


「あ、あの・・早く行きましょう!」


「一応お釣りとっていきます。」


「は・・はい・・」


この人は何でこんなに冷静でいられるんだろう。


私一人だけが焦っているようだ。


お釣りをとって車に乗り込む。


《よかった・・なんにもなかった。》



遠藤さんが車を発進させる。


「よし、戻ろうか!」


「あの?薬局いくって?トイレットペーパーとかティッシュとか…」


「そうだった・・そうですね。。」


雰囲気からして忘れていたらしかった。ほんの一瞬遠藤さんが忘れてた!って表情になったが・・いたって冷静だった。


《冷静で・・助かるわ。》


ガソリンスタンドそばにある大きめの薬局チェーン店についた。お菓子や日用雑貨まで置いてあり薬もある。ここでいろいろと入手する事にする。


駐車場に入っていくと、さっきの業務用スーパーとは感じが違っていた。


「あれ?電気がついてない?」


「そうですね・・業務用スーパーと違って、夜閉まるのが早かったからかもしれませんね。」


「確かにそうかもですね。とにかく降りてみましょう・・なるべくドアの近くに停めます。」


薬局スーパーの駐車場にはあまり車はいなかった。そのため入り口の近くまで行く事が出来た。


「じゃあ降ります。」


「はい。」


遠藤さんが降りたので私も降りて自動ドアのところに行く。


前に立っても自動ドアはひらかなかった。


「うわ・・開かないですね・・」


「本当だ。どうしましょう。」


「どうしようかな・・とりあえず従業員通用口とか探してみませんか?」


「わかりました。」


私は筒に包丁を括り付けた槍を握りしめて、遠藤さんのあとについて店の周りをまわる。


「ありましたよ!」


「本当だ・・開きますかね?」


従業員用の裏口のようなものがあった。


「どうでしょう・・開いた!」


従業員通用口に近づいて扉をひくと鍵は空いていた。でも・・入るのはためらわれる。


「開いてるんですね・・遠藤さん入るんですか?」


「はい。危なかったら急いで逃げましょう。」


《怖い・・本当に、こんなところに入っていくの?大丈夫なのかしら・・》


ガチャ


ドアの取っ手を回し中に入っていく。


そこは倉庫にもなっているバックヤードだった。ちょっと暗くて怖い。


《えっー!!ちょっとちょっと・・ここ入っていくの?》


私の動揺をよそに遠藤さんは躊躇なく中に入っていく。


《意外にこの人、勇気あるんだ・・》


前を行く遠藤さんにしがみついて、きょろきょろ周りを見渡しながら入っていく。


店内には誰もいなかった。


「窓から明かりが入って来てますけど、暗いですよね。」


「電気があるはずです。」


「入り口ですよね。」


入り口付近を探ると蛍光灯のスイッチがあったので全部つけてみる。


カチッ

カチッ

カチッ


すると店内の蛍光灯がパチパチと点き始めた。


「ついた・・」


「つきましたね。」


「店内は荒れてないみたいです。」


「本当ですね。」


店の中はまったく荒れていなかった。


「カートを」


二人で2台のカートを用意した。


「トイレットペーパー・・」


「あ、ありました。ティッシュも。」


「よし積みましょう。」


《どうしよう・・あと言いづらいんだけど・・生理用品・・》


「あの・・あとすみません。これも良いですか・・」


「はい、当然です。どうぞどうぞ!」


遠藤さんは特にそれを気にすることはなかった。


あとは薬品の方に向かう。


「本当に誰もいないようですね・・全く荒れていない。」


「たまたま暴徒に襲われなかったんでしょうか?」


「定休だったとか?」


「裏口は開いてましたけどね?」


「確かに、いったいどうしたんでしょうね・・」


薬コーナーに行く途中にカットバンのコーナーがあった。


「怪我した時にこれいりますよね。」


カットバンと包帯をカートに入れた。


「化粧品コーナーに行ってもいいですか?」


「行きましょう。」


洗顔フォーム、化粧水、フェイスローション、ファンデーション、チーク、リップ、アイシャドウと次々カゴに入れる。このさいなので使った事のない高額なものをカートに乗せた。


あとは・・


「遠藤さんシャンプーとトリートメントいりますよね。」


「いります」


これもこのさいなので一番高額な物をかごに入れて行く。


《お店の人すみません・・贅沢させていただきます。》


一通り必要な物を詰めて次に向かう。


「じゃあ薬コーナーに行きましょう。」


薬コーナーについた。


私が頭痛薬や風邪薬、胃腸薬、傷につける軟膏やビタミン剤を大量にかごに入れる。


「俺必要な薬とかよくわかんなかったから助かるよ。」


「私も詳しくはないんですが、必要だと思うものは入れました。」



そして最後にマスクのコーナーに向かう。


《最近では使い捨てマスクも高かったからなあ・・》


マスクの所に行くと遠藤さんが言う。


「これは多めにあってもいいんじゃないか?」


「そうですよね。」


10箱くらいカートの下段に積みいれる。


「よし!とりあえずはこれで十分だろう!車に運び出そう。」


「はい。」


二人でカートを押しながら従業員口から外に出る。


一応警戒しながら進むが外にも誰もいなかった。


車の鍵を開けて業務用スーパーで買ったものの上に一緒に積み込む。


全部積み終わりそうな時にそれは起きた!


「ヤバ!しおりちゃんはやくはやく!なんかきた!」


「え!え!カートは?」


カートなんかどうでもいいのに私は慌てていた。


《ヤバイヤバイ!》


「カートは置いてこう!」


むこうの方から人が走ってくるのだった。


「待って!まってください!たすけて!」


大きな声で助けを求めてきたのだった。



通りのむこうから走って来た子はどうやら女子高生だった。


遠藤さんは彼女を見るとフォークを体の前に構えて警戒していた。


女の子が話しかけてくる。


「わたし!人間です!あいつらじゃありません!」


「え?大丈夫なんですか?」


「感染もしてません。」


遠藤さんは慌てていたようだが、私から見ても女の子は普通の人だった。


「遠藤さん・・もたもたしてたら・・」


「そうですね。」


女子高生はセーラー服を着ていたが全体的に薄汚れていた。顔に泥や血?のようなものが乾いてこびりついている。髪の毛もごわごわしていた。


でもよく見ると綺麗に切り揃えられたショートカット、目が大きいクリクリ目の美少女だった。


「早く乗って!狭いけど!」


遠藤さんが後部座席のものを奥に押し込んで、座席を空けてあげていた。


彼女を座らせた後で薬局から持ってきたものも全部放り込んでいく。


「ごめんね!狭いけどちょっと我慢して!」


「いえ!大丈夫です!」


女子高生が答える。


「よし!」


「はい!」


遠藤さんは車を出発させた。


「大丈夫??」


「えーん、うっうっ、ひっく・・うあああ・・」


私が声をかけると女子高生はとにかく泣いていた。話を聞ける状況じゃなかった。


「遠藤さん。とにかく落ち着かせるしかないですね。」


「そうですね。月極駐車場じゃなくマンションに直接向かいます!」


車は私達のマンションに向かう。その間も後ろでは女の子が泣いていた。


「大丈夫だよ!もう大丈夫だよ!」


「うっうっ・・うわーん」


慰めれば慰めるほどに泣き止むことは無かった。


「あれ?栞ちゃん・・なんかこの辺荒れてない?」


「ホントだ・・えっ?大丈夫ですかね?」


マンションに近づいてきたが町が荒れているように見える。


「あんなに穏やかだったのに。」


「どうなんでしょう?大丈夫なんでしょうか!?」


マンションに近づくと町が出発した時より荒れているようだった。おかしい・・出ていく数時間前と違う気がする・・明らかに違う・・


「どうします?」


「とにかく・・おりましょう。部屋に戻ればなんとかなる。」


「あなたは大丈夫?歩ける?」


「あ・・はい・・お・・おちつきました。」


とにかくマンションに着いた。しかし駐車場やマンションの前の道路にも争った跡があった。


「出かける前と明らかに違うみたい。」


「そうですよね?」


車はマンション前の来客用の駐車場に停める。


「みんな!降りますよ。」


「はい。」


「君も。荷物持てるかな?」


「持てます。」


3人に緊張がはしった…降りて大丈夫なのだろうか?


車を降りてマンションの玄関を中に入っていく。中は特にそれほど乱れた様子もなかった。


「自動ロックを開けます。」


「ああ、お願いします。」


ピピッピピ


ガー


自動ドアが開いた。


皆で恐る恐る中に入っていく。


マンションの中に入っても誰もいなかった。


「車には荷物がいっぱいあるから何度か往復しないといけないな・・」


「じゃあみんなで一緒に動きましょう。」

「私も・・離れたくないです。」


3人は固まって歩く。


中に入って遠藤さんがエレベーターのボタンを押した。


「動きますね。」


「使います?」


「そうですね。物が多いし。」


エレベーターが降りてくる・・


《まさか・・エレベーターが開いた瞬間にゾンビが大量にでてこないよね・・》


ドキドキ


ガー


一瞬息を呑む。



エレベーターが開いたが中には誰もいなかった。


結局。


3人で部屋と車を3往復する事となり大量の物資を遠藤さんの部屋に運びこんだ。


「マンション内は大丈夫そうですね。」


「そうだね・・とにかく一度もゾンビを見る事は無くてよかった。」


「あの・・ここは安全なんですか?」


「今のところはそうらしい。」


女子高生も普通に話ができるようになってきたみたいだった。


部屋に入り鍵をかける。


「とにかく冷蔵庫に入るものは入れてしまいましょう。」


「はい。」

「手伝います。」


冷蔵庫と冷凍庫にしまっていくが、全部は入らなかったみたいだ。


「冷凍系の生鮮とかは全部入れたいし栞ちゃんの冷蔵庫を借りても良いですか?」


「はい・・怖いので、ベランダ伝いで行きましょう。」


3人でベランダに出て私の部屋に行く。窓ガラスは普通に開いた・・


カラカラカラ


誰も・・いなかった。前と全く変わっていない。


トイレもシャワールームにもクローゼットにも潜むものはいなかった。全く荒れていない。


電気はまだ来ているようだった。


「全部しまえましたね。」


冷蔵庫に入れるべきものは全て入れた。


「あの・・君は、怪我とかしていないかい?」


遠藤さんが女子高生を気遣う。


「はい。でも返り血とかを流したいです・・」


「シャワールームを使うと良いよ。でもガスが出ないから水だけど・・」


「使わせてください。」


疲れている様子の女子高生はシャワーをすることとなった。


「髪の毛も可哀想なことになっているわ。中に私のシャンプーがあるから使ってね。」


「はい・・ありがとうございます。」


「じゃあ俺達は向こうの部屋に行っているよ。」


「待ってください!ここに!ここに居てください!」


「あ・・ああわかった。」


高校生は遠藤さんにシャワールームの前に居て見張りをしてほしいという。


「あの・・電気でお湯を沸かすからちょっと待ってて。」


遠藤さんが電気湯沸かし器でお湯を沸かす。


シュー


お湯が沸いた。電気ポットも持ってきてシャワールームの前に置いてあげる。


「お湯が沸いたので使ってね。」


「ありがとうございます。」


ガチャ


女子高生が服を脱いでシャワールームに入っていったみたいだ。


シャー


「ひゃっ!」


冷たそうな声が中から聞こえてきた。


「桶に溜めてお湯で割ってください。」


「あ、すみません・・いきなり水をかぶったものですから。」


女子高生がシャワーを浴びている間に、着替え用に私の部屋着を用意してあげる。



「えっえっ・・ひっく、ひっく。」


シャワールームに部屋着を置きに行った時・・中から嗚咽が漏れた。


シャワーを浴びながら泣いている。



辛い思いをしてきたんだろう。


「話を聞いてあげなきゃ」


「そうだね。」


しばらく二人でシャワールームから彼女が出てくるのを待つのだった。

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