幾度でもこの日は変わらないだろう
刃が擦れ合う音がする。
真正面に臨むのはアレンだ。押し負けないように耐えながら、セラは彼を睨むように見据える。
目を逸らさないように、迷いを断ち切るように、全てを剣に押し込んだ。
「この前から急に腕が冴えた気がするな」
一勝負を終え一時休憩のため壁際に行くと、アレンが言った。
「この前?」
「ああ」
アレンが大まかに出した日付に心当たりがあると言えば、セラが戻ってきてから初めてアレンと勝負したということくらいか。
「何て言うか、勝負中の雰囲気が鋭くなった気がする」
「そう? ……わたしがアレンに勝ち越す日も近いね」
「生意気言うな」
軽く頭を叩かれた。
分からないではないか。この先、実力がひっくり返る可能性はいつまで経ってもゼロにはならないはず。
そう言えば、おそらく「そういうのはただの屁理屈だ。実質ゼロと同じなんだよ」とか言われるだろうから言わなかった。
一度目の今日も、アレンと勝負をしたのだったろうか。
毎日の出来事を全て覚えてはおらず、例によって、やはり思い出せなかった。でも、似たような日を送ったのだろうとは思う。
朝起きて、城に出勤する。いつも顔を合わせる人と顔を合わせ、アレンとももちろん顔を合わせる。
そんな、全く何でもない日を送ったに違いない。特別覚えていることがないからこそ。
何の前兆もない。二度目でも同じだった。
明日も同じだろう。何でもない時間を送り、過ごすことになる。
「アレン、帰るの?」
夕刻、執務室に戻る廊下でアレンに会った。帰るのだと分かった。
案の定、肯定が返ってきた。
「お前は仕事まだ終わってないのか」
「ちょっと」
「どうせミスでもして、やり直すはめにでもなってるんだろ」
「違う」
「怪しいな」
軽い調子でからかってアレンは笑い、「じゃあな」と軽く言って帰りはじめる。
ひらひらと適当に手を振って。その背に、セラは声をかける。
「アレン、また明日」
「ああ」
明日は確実にまだ会える。
分からないのは明後日なのだ。明日の夜、おそらく明後日の朝になるまでにアレンは殺される。
まだ、今日は大丈夫。
セラは日に日に強くなる焦燥を胸に抱きながらも、遠ざかる背から目を引き剥がした。
仕事を終え、家に帰る。
食事をし、入浴していると、あっという間に夜だ。
「……眠れる気がしない」
セラは呟いた。
そろそろ眠る時間だが、眠れる気がしなかった。
気分が昂っているわけではない。時間はあと数十時間ある。
だが、不安が渦巻いている。
きっと一度目は、セラは寝ていた。今日だけでなく、明日の夜ものんきに寝ていたはずだ。
『おい、俺の毛をぐちゃぐちゃにするな』
言われて見ると、ベッドの上に座り、無意識に傍らにいる猫の背をぐちゃぐちゃにしていた。
「手持ちぶさたで……」
『じゃあさっさと寝ろよ。──あ、待てその前に俺の毛並みを整え直せよ』
「ごめん」
手で撫でておく。
『そんなので俺の毛並みが取り戻せるかよ。……セラ、お前本当にエリオスとは大違いだな』
「エリオスと比べられても。……ギルって、わたしが思ってるよりエリオスと会ってるの?」
『会ってるって言えば、会うことはあるな。正直お前といるより、エリオスといる方が扱いの点では満足だ』
「扱い? そんなのわたしと変わらないでしょ?」
『それ本気で言ってんのか』
猫は、ありありと信じられないという目を向けてきた。
『お前の俺に対する扱いの雑さと、何より風呂に入れられたことは忘れねえからな!』
「お風呂のこと、どこまで根に持つの?」
あれから一度も水につけていないではないか。
「それなら、エリオスのところにいればいいでしょ」
セラの部屋ではなく、エリオスの部屋に行けばいいのだ。エリオスは迎い入れるだろう。
しかし、興奮して文句を言っていた猫は一転して、もごもごと言う。
『それは何て言うか……根本的な問題だ。性質的に合わないって言うか、見た目が苦手って言うか、なぁ』
「性質?」
『あー……まあ、何だ、よく記憶があるままで混乱しなかったとんでもねえ野郎だから、お前の側にいる方が妥当だなって。お前は明らかに混乱してたのにな。分かりやすいことこの上なかったぜ』
「いや、だって、普通混乱するでしょ」
答えがずさられた気がしたが、そういえば、と考える。
「エリオスは、わたしより前に戻ってきてた。……どうして、エリオスと私が戻ってきた日が違うんだろう」
セラが戻るより先に、彼は戻ってきていたようなのだ。一度目のセラと彼は接していた……。
『日にちのずれなぁ……。普通に考えりゃ、前にお前ら両方共死んだんなら、エリオスが先に死んでお前が後に死んだから、ってとこかな』
「そういうものなの?」
『隅から隅まできっちり条件付けしなけりゃ、変なところで勝手に辻褄合わせされるところがある』
そう言われて考えてみると、エリオスが死んでからそれくらいで、セラは処刑されたのかもしれない。
あの頃の日にち感覚は、ないに等しかった。戦うことで精一杯だった。
『それより俺としては、なんで二人いるのかってところが予想外すぎたんだけどなぁ』
猫が丸まり直した。
完全に寝る体勢だ。
「ギル、寝ちゃうの?」
『お前も寝ろよ』
そうしたいが、眠れる気がしなかった。
『寝れないなら、エリオスのところにでも行け。どうせお前、明日のことだらだら気にしてんだろ』
図星だった。
『俺が聞いて何か言うより、兄弟子の方が納得感が強いに決まってる。ってことで、俺は夜更かしに付き合ってやらねえからな』
猫は、目を閉じて沈黙した。相変わらず素っ気ない。
セラは、しばらく猫を撫でていたけれど、蝋燭の火を消す気にもなれなかった。
「エリオス、まだ起きてるかな……」
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