覚悟と戦う
リンドワールの魔法使いに手を貸してもらう案がなかったわけではない。相手が魔女であるなら、万全の手は親交も何もないがリンドワールに助けを乞うことだ。
だが、彼らは間に合わない。
彼らは、ここにいる魔女の元にも将来的には来るだろう。しかしセラが期限とする、アレンが殺される日に間に合うかどうかは不明だと言った。
魔女を見つけた時点で連絡はやったが、今リンドワールの彼らが手を貸せる状況かは分からないという。あちらには別の魔女がおり、さらに他の魔女も相手にしている。
待っておけば、魔女をどうにかしにやって来てくれるが、最優先ではない。
対して、当然セラは、いつ来るか分からない魔法使いを待っているわけにはいかない。アレンが殺される前に、アルヴィアーナを排除しなければならない。
もしもそのまま待っていたとしても、アレンを殺したアルヴィアーナは、他国に渡り、その国にこの国を侵攻させる。
もう一度、同じことが繰り返されるのだ。
始まってしまってからでは遅い。
どれほど間に合う可能性があるのか分からないのに、待つのは愚行だろう。
この地の魔女は、この地の人間が──セラがどうにかするしかない。自分の将来は、自分で守らなければならない。
……そう思い、決断し、短剣を忍ばせアルヴィアーナが外に出てくるのを待っていたはずだった。
はず、だった。
『セラ、どうしたよ。お前の兄弟子、帰って来ちまったぞ』
セラが見張りを始めて、もう何時間。
太陽は傾き、辺りを橙に染め、そして沈んでいった。
見張る家には、主が帰り、出迎える対象の姿があった。その光景に心臓が刺されたような痛みを覚える。
『おい、セラ』
足元では猫が大層怪訝そうにしている。
アレンが帰ってしまっては、本日の実行は不可能だ。
今日実行するはずだったのに、セラはこの場からピクリとも動かず、刻限が来てしまった。
作戦としては、基本的にはアルヴィアーナが外に出て来れば一番いいが、最終手段で家に訪ねてその場で殺す手もあった。
とにかく迅速に。
仕事を早くに切り上げてきたセラに許された時間は数時間だった。アレンが帰る前に全てを終わらせ、痕跡を消す。
そんな心構えは、この場に立ち虚しくも跡形もなくなった。
セラは、ローブの陰に隠した短剣を握りしめた。
「……ギル、わたしはね、アレンのことを憎んだことがある」
『憎む? 兄弟子だろ?』
うん、とセラは頷いた。
共に暮らした。今も昔も喧嘩はよくするが、実の兄のように思っている。憎むという感情なんて、彼に抱くには縁遠かった。
しかし、かつて、──一度目で。
「死ぬとき、死ぬ寸前、アルヴィアーナのことを憎んだと同時に、頭の隅にアレンのことが浮かんだ。……アレンがアルヴィアーナを見つけ、保護したから、アルヴィアーナはこの国に入ってしまった。あんな女を見つけなければ。……根本を憎んだ」
恨んでしまった。彼も犠牲になったのに。
だからアルヴィアーナは駄目だったのだ、と。結果論だ。
アルヴィアーナが意図してこの国に入り込もうとしていたのであれば、アレンが見つけなくとも入国していたのだろう。
魔女云々が分かったのは先日だ。
セラは確かにアレンを恨んだ。
「でも、今、アレンを殺されたくはない」
失いたいはずがない。
「それなのに、アルヴィアーナを殺せない」
時間を無駄に過ごし、アレンが帰って来てしまった。
『……殺されたくないなら、殺すしかねえんだろ? それに、あの魔女が原因なのには代わりねえ。魔女を殺すことに、どうして今躊躇する』
そうだ、矛盾している。失いたくないのなら、──アレンだけでなく、絶対に失いたいたくないものがあるなら暗殺を実行するべきなのだから。
そして、アルヴィアーナが原因には間違いない。排除することを止める理由など普通は、ない。
「…………アレンに憎まれるのが、怖いから」
『憎まれる?』
「わたしがアルヴィアーナを殺したら、どんなに上手くやっても、殺したという事実がある。一生、消えない」
『証拠がなければ、誰もお前がやったとは分からねえと思うが』
「誰が目撃していなくても──アレンは、アルヴィアーナがいなくなって、わたしを疑うんじゃないかって、思う」
セラは、アルヴィアーナと仲が良くない。
アレンも知っていることだった。
そのアルヴィアーナが突然姿を消したとき、アレンはどういう反応をするのだろう。悲しむのだろうか。そして、アルヴィアーナを探すのだろうか。
……アルヴィアーナを疑うことなく愛している彼が、悲しむところも見たくない。
でも、それは綺麗事だ。一番怖いのは、ばれて、決して理解は得られず憎まれること。
鋭い彼は何かあったと思い、犯人を探すのではないのだろうか──。
「それが、怖い。わたしは、アレンに恨まれたくない」
『……お前』
「わたしは、」
分かっている。
アルヴィアーナを排除しなければ、そんな未来があるかもしれない以前に、アレンは死ぬのだ。あらゆる未来そのものがなくなる。
『……今日のところは帰ろうぜ』
足元に、柔らかく何かがぶつかった。
見下ろすと、猫が身を擦り付けてセラを見上げていた。
『今日はどうせもう無理だ。考え込むにも、こんな薄ら寒いところですることはねえだろ。まだ日はある』
「……」
セラは、被っていたフードを掴んで、ますます深く被った。不甲斐ない。
二人がもう見えない家を見て、この場で気がついてしまった恐れを実感することになる。
見ていた家から目を逸らす。
『けど、何にせよ、お前次第だ。最後には後悔しねえところに落ち着か──』
家に帰ろうと、後ろを向こうとした、そのとき。背後に、何かが近づいたと察知した。
だが遅い。
とっさに動いた手が短剣を抜き、後ろを見据える前に──喉元に、冷たく鋭いものが触れた。
刃だ。
そんなにもすぐそこに、誰かが迫っていたとは、近づかれるまで気がつかなかった。原因はセラがそれどころではなかったからこともあるだろうが……足音はなく、気配もなかった。
冷や汗が出る。
一体、何者だ。握る短剣を僅かに動かす。
「動くな」
直ぐ様制する声が背後から。
男の声だ。
いや、この声。
状況への対応を考える前に、あれ?と気がついた。
この声、聞いたことがある。知って、いる?
何しろ、毎日のように聞いている声、
「エリオス──?」
小さく呟くと、首に突きつけられた刃が揺らいだ気配がした。
直後、肩に手をかけられ、後ろを向かされた。
──夜とは正反対の色彩があった。
金色の髪と、橙の瞳。
「セラ……?」
兄弟子エリオスがいた。
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