第6話
恵美の表情に翳りを感じとったのだろう、まさやは無理に明るい声を出した。
「お、あと30分で25日、メリークリスマスですね」
「そうね」
手元のネックレスをいじりながら、恵美は答えた。
ただ、その瞬間を目の前の男と迎える気はない。恵美は相手に帰る気がないのならと、自分の方から重い口を開いた。
「まさや君、悪いけど私今からちょっとコンビニに……」
そう言いかけて腰を浮かした瞬間、どこかで電子音が鳴り響いた。
机の上に置いたままのまさやのスマホは無反応だ。画面すら立ち上がっていない。
それが分かった途端、恵美の心臓はドクドクと早鐘を打ち始める。
まさやは恵美の顔を見て『どうぞ出て下さい』と目で合図した。
「……べ……別にいいの。大した用事じゃないし」
過剰な拒否反応を見せる恵美を前に、まさやは不思議そうに首を傾げた。
スマホは今もどこかで鳴りつづけている。
「誰からですか?」
「さぁ、でも友達じゃない?」
2人は無言でスマホの着信音が鳴り止むのを待つが、相手も意地になっているのだろう、何度もかけ直してくる。
なかなかスマホを取ろうとしない恵美を前に、まさやが訝しげな表情を見せ始める。その視線に耐え切れなくなった恵美は、勢いよく立ち上がって学習机へと向かう。
「あれぇ、どこに置いたっけ?」
わざとらしく惚けたふりをしながら、震える手で辺りを探る。スマホがどこにあるのか分からない。音がくぐもっているのできっと机の中だろう、そう当たりをつけて上から順に引き出しを開けていく。
ようやく恵美が目的の引き出しに辿り着いた瞬間、横からまさやの手が伸びてきて先にそれを引き抜いた。
薄紅色のスマホは発見されたことに安心したのか、まさやの手が触れる前にフッと音を静めた。
「あ~、切れちゃいましたね」
まさやが残念そうに呟く。
「そ、そうね」
恵美は相手にバレないように安堵の息を吐いた。
こんな夜中に一体誰が。震える手をきつく握りしめて、小さく舌打ちをした。
そんな恵美の心境などお構いなしに、引き出しの中から写真立てを発見したまさやは、断りもせずにそれを取り出した。
「あ、家族写真。どうしてこんなところに隠してるんですか? 飾ればいいのに」
それは恵美たち4人家族が幸せそうに笑っている写真だった。
恵美は咄嗟にまさやの手から写真立てを払い落とし、大声を上げた。
「勝手に見ないで!」
声は上擦っていた。
まさやは一瞬驚いたように目を見開いたが、写真と一緒に落ちたであろう紙を拾い上げて恵美に手渡すと「すみません」と呟いた。
恵美は黙ってそれを受け取る。
しばらく無言で向かい合っていた2人だが、まさやがおずおずと口を開く。
「こんな時になんなんですけど、トイレ借りていいですか?」
相変わらず空気の読めない男だ。このまま家に帰ればいいのに、という言葉は呑み込んで恵美は黙って下を指さした。
まさやはそれを見て、軽く頭を下げ部屋を出て行った。
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