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 「変なものなんか食べてないよ。ただ、今日の歌が私の中でどうしても納得できてないだけ。みんなの感想を聞いても良かったっていうだけで、どこが悪かったのか言ってくれないから。余計にもやもやしてるの。でもいい案聞かせてもらった。もしかしたら神おじさんを殴ったら気持ちすっきりするかもしれない」


彼女は十年間悩んだ末に問題を解決した数学者のように屈託のない笑顔で私を見返した。


しかし、声はあまりにも穏やかすぎて彼女ではないと彼には感じた。


「ちゃんと警告をしているうちは大丈夫だね。本当に殴る時の杏奈ならもう僕の肩は腫れているから。でもまあ、大人になればなるほど、悪いことは言ってくれなくなるからね。それは大人としての気の使い方であり、ずるさでもあるんだけどね」


彼女はムッと顔を強張らせ唇を尖らせる。そのまま一発叩くのかと思い、私は動向を目で追う。


しかし、彼女は大きなため息を一度つく。重たく痛みで満たされた溜息だった。


「じゃあ、せめて神おじさんは教えてよ。私のダメだったところ。そしたら殴るの免除してあげるから」


どちらにしろ殴られるであろう彼女の提案を彼は受け入れた。


「そうだね。ダメだったところ…ではないけれど、無理して曲に合わせようとしているようには感じた。高校生がデートに無理してハイヒールを履いていくような。あれを歌っている杏奈は少しだけらしくなく聞こえた」


彼の口は淀みなくスラスラと動いた。


営業で培ってきた相手を敬う言葉遣いなど微塵もなかった。


彼はただ彼が感じたことを混じり気もなく、目の前の少女に伝えた。


それは本気で一つの歌に向き合い、歌詞と音という甘美な毒を、その小さな体の中に流し込み、もがき苦しみながら、体を削られ、毒を受け入れ、表現を模索する彼女への唯一の手助けに思えたからだ。


彼女はしばらく何も言わなかった。じっと酒瓶棚に顔を向けたままだった。


そして、急に首をがっくりと後ろに倒して天を向く。


閉じられた瞳は何もない虚空を彷徨っているのが彼には分かった。


天井からぶら下がったライトは彼女の顔を晒すように明るく照らしていた。

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