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 蚊取り線香の煙が、風で繊細に揺れながら天井に伸びていく。


肌を拭くように撫でる夜風の涼しさは、満月に一番近いこの場所でしか感じることはできないだろう。


鯛のお造りはまだ三分の一以上残っている。


神山さんは仕事を辞めてからの楽しみについて語ったが、その中でも、「旅行なんて今まで行くことはできなかったから」と話す姿が少年のように楽しげで印象的だった。


しかし、どこか必死すぎるような感想も持った。


死に場所を求めているような、荷物の置き場所を探しているような、そんな歪さが笑顔の中に隠れている気がした。


話が一段落すると神山さんは横を向いて月を眺めた。


その顔は泣き出しそうなほどに優しくて、孤独な月を抱きしめるようにまっすぐだった。


私も釣られて大きくなった満月を見た。


しかし、これ以上何か感情を得ることに抵抗があり、すぐに鯛の黒目に視線を戻した。

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