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 私は二週間ばかり休暇を与えられて、そのうち最初の三日間を熱海で過ごした。


なぜかと言われれば、東京にはどうしてもいたくなかった、としか言いようがなく、誰もが納得するような答えなど考えられなかった。


嘘でも答える必要があったなら、灰の匂いがするから、とでも言っていただろう。


 改札を出ると、照り返しの熱が体を這い登り汗を引きずり出す。

私はまだ今も夏が終わっていないことを思い出した。


 右手に見えるアーケードの商店街は、子供部屋で埃を被った玩具箱のように時間を留め、少なくともここに来た衝動を果たすことはできるように見えた。


 タクシーを拾い、すぐにでも旅館に向かう予定でいたが、私は少しこの辺りを歩いてみたくなった。


駅の正面遠くには海があり、海面は悪戯っ子のように光をばら撒き揺れて、私をくすぐり悪戯をしているように見えた。


 突然できた休暇で、旅館の予約を簡単に取れたのは、

今がなんて事もない夏の終わりの数日だったからだろう。


チェックインの時間にはまだ余裕がある。


私はこの育ちの良くない海をもう少し近くで見てみたいと思い、

左手でキャリーバックを引きながら歩き出した。

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