長い夜を歩くということ

放馬 舜

1

 夜の雨は好きだ。アスファルトを叩く止め処ない音が、窓の外で心地よく鳴っている。


少し前までは、じっとりと生ぬるい空気が無言を決め込み、この書斎に居座っていた。そのため、私はこの場所を出ていくつもりでいた。


しかし、そんな時に降ってきたものだから、それは天の恵みか、それとも神の啓示かと言わんばかりで、私はもう少しだけここに残ることにした。


私にとって雨は朝でも昼でもなく、夜に降るものが一番好きだ。


なぜなら夜の雨は黒く、家や街すらも塗りつぶし忘れさせてくれる。そんな気がするからだ。


 椅子の背もたれを倒して回し、窓の先にある夜に視線を送る。


何も見えないその場所に確かに雨は存在していて、空から落ちる旅を終え、地面に叩きつけられて弾ける時、初めて誰かに存在を知ってもらえる。


そして、死ぬわけでもなく、同じように落ちてきた仲間を巻き込み、巻き込まれながら地表に大きな染みを作っていく。


 小さく息を吐いて机に向き直る。そこに置かれた物はビジネス書でも小説でもない。ただのノートだ。


しかし、私に日記をつけるような趣味はなく、先生たちの話をまとめるほどの情熱を仕事に持ってなどいない。


何より私はメモを取る際タブレット端末を使うのだから、ノートは必要ない。


では、なぜノートがあるのかと言えば、これは私のものではないからだ。


これは一人の患者のノートなのだ。

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