1-6 下手な口八丁
ネウメソーニャがチャスの村についたとき、時刻は夕刻時を少し過ぎた頃合いだった。黄昏時と言い換えた方がより適切だろうか。
チャスの村は小さな村だ。それは村のシンボルである時計塔以外には取り立てて目立った観光施設もなく、術的隔絶地との境界が最寄という立地の都合によるところが大きい。
ただ、術的隔絶地に近いという立地は魔なるモノや魅入られし存在といった敵の襲撃リスクが低いということでもある。
ただそれにしても僻地だ。
僻地も僻地。交易のためのルートからも少し外れており、内陸側なため船舶による交流などもない。
だからこの村にいるのは元々ここに住んでいる人と、術的隔絶地の調査を専門とする研究家という変わり者以外では協会から派遣された宣教師方くらいのものだろう。
海鳴りの地と言われるルックモシェ領の中でほぼ唯一と言ってもよい完全に内陸型の村。
そんな村の一番大きな屋敷の前にネウメソーニャは立っていた。時刻は夕暮れ時でいくら僻地の田舎とはいえ、有権者の家にアポイントメントも取らずに押し掛けるには礼を失する時間帯と言える。
元野盗と言えどネウメソーニャにもこんな時間に突然訪ねてくるような相手を無礼と呼ぶだろうことは容易に察しがつく。
屋敷の数少ない使用人たちもアポイントのない急な尋ね人の存在にあからさまに嫌な顔を浮かべていた。
それでも火急のようだと口早に告げると、一応は取り次いでもらえることになった。
しかし、こんな時間に簡単に屋敷に人を上げるわけにはいかず、入口で待つようにとのことだったので、おとなしく待っているという次第。
ガチャリ、とドアが改めて開く。
「悪いが、日を改めてくれないかね」
少し疲れた顔をした小太りの男性は開口一番にそういった。
何かをどう切り出したらいいのか、直前まで迷っていたネウメソーニャは思わず面食らう。
だがそれもつかの間、帰ってくれとばかりに扉を閉めようとするので咄嗟にドアの隙間に腕を伸ばす。
「いっ、痛ってぇ……!」
「なっ、なんだ君は……、こんな時間に失礼だと思わないのか!?」
「失礼なのは百も承知でさぁ! しかし、伝えたでしょう火急の用なんだって!!」
舌打ちをして地団太を踏みたくなる気持ちと扉に挟まれた腕の痛みを堪えながら、声を張る。
「ちっ、なんなんだよ。いい、分かったよ。聞くだけ聞けばいいんだろう。それで満足するなら、聞いてやるからこの場で話せ」
横柄な言葉だったが、少なくとも用件を伝えることは出来るかもしれない。
「こちらとしても時間がないので、手短に話させてもらいやすがね……。直球で言いやすと、ここに敵が来やす。多分今からそう間を置かずに。なので村全体に避難指示をお願いしたいんですがね」
アレコレ考えていたはずなのに結局ド直球で本題に入らざるを得なかった。
「は? 敵? キミは一体何を言っているんだ?」
想定通りの反応だった。
「あんたの言いたいことも分かる。正直自分だって急にこんなことを言われたら頭おかしい奴が来たと思いやす。でも本当なんだ、信じてくれ……!」
だから、懇願する。
「……、仮に君の言葉を信用するとして、一体どこから敵が来るというんだ」
男はネウメソーニャの必死さに怪訝な表情を浮かべながら、当然の疑問を投げかけてきた。
「あの遺跡だ。グレサンスピの遺跡……!!」
「あそこは隔絶地だろう。どうやって敵とやらが入ってくるんだ」
何故あの場所に敵が来るとフォグ=ロスが確信できたのか、ネウメソーニャにはその理由が分からない。けれど、だけれど断片的な情報から状況を推察することはある程度出来る。
「あの遺跡の地下はどういう理屈か分からないけど、力が満ちてたんす! だからそこで転移術式が起動して……!!」
「疑問が二つある。まず隔絶地の地下にエネルギーが満ちている空間があるというのが疑わしいというのが一つ。もう一つは転移術式だ。一体どうやって隔絶地の真ん中にある場所に術式陣を作ったというんだ」
「そ、それは……」
だが、根本的な知識不足のせいでまともな状況説明が出来ず、説得力を作り出せない。
「ふん……、自分の言っていることがおかしいと理解はしていて、それでもそんなことを言いにここまで来るとは、一体何が目的なんだ。お前盗みやら殺しを生業にしている人間だろう? そういうニオイがする。そのくらいのことは俺にだって分かるんだよ」
「なっ……?! それは、間違っちゃいない……、けど今はもう殺しからも盗みからも足を洗ったんだ!! 頼む、自分は別にあくどいことをしようなんて考えちゃいない……」
いくら小さな村とは言え村長は村長、それなりに人を見る目はあるようでこの短い時間でネウメソーニャの立ち振る舞いから彼の大本の素性を言い当てた。
動揺して言葉尻が小さくなってしまう。
それでも食い下がる。そうするしかない。
「ダメだ。信用出来ないな。帰ってくれ」
しかし、村長は冷たい口調で最後通告を突き付けてきた。
彼からしてみれば当然だ。素性の分からない、盗人上がりの男のいうことなんざ信用するに値しない。
それは紛れもなく厳然とした事実である。
「……、これは、こればっかりは出したくなかったけど、仕方がねぇか……」
ぽつりと漏らす。
彼の持っている手札の中で一つ、たった一つだけ目の前の男を説得できる可能性のあるモノ。
(旦那、すまねぇ!!)
「フォグ=ロスという名に聞き覚えは?」
「急になんだ。いくらここが僻地だからと言ってルックモシェ領の当主ロス家のご子息の名前を知らんわけがないだろうが……! ……もしかしてバカにしているのか?」
「さっきの言葉がその人からの伝言なんだよ!! 旦那は、あの遺跡の地下で死んでるかもしれねえんだ。でもそんな状況でも自分の命よりもアンタらの命を救おうと、自分に伝令役を任せてくれた……! だから、だから信じてくれ!!」
子犬のような懇願だった。
寄る辺もなく、自信もなく、それでも何とかしなければという使命感だけで、説得力も何もあったものではない。
「……、証拠は?」
「……、!?」
「証拠はと聞いたんだ。そこまで言うんだあるんだろう、今の言葉が本当の言葉だと証明する何かが」
苦虫を噛み潰した様な表情で苛立ちを隠さずに先を促してくる。
「そ、それは……」
文書があるわけでもない、今持っている荷物袋の中にも家名を示すような何かは入っていない。
そういう名を使うということをフォグ=ロス自身が嫌っているのだ。だから、今ネウメソーニャが彼の名を使ったとしてもそれを証明する手立てはない。
完全に失念していた。
もし仮に何か一つ、ピンバッチでも腕章でもシーリングワックスで調印した封書でも、何か一つでもあったのならば、もしかしたら彼の言葉を補強することが出来たはずだ。
しかし、今彼が持っている荷物の中に入っているのは採掘道具と、缶詰、乾物などのサバイバルにおける必需品や実用性のあるものばかり。多少値が張るものならば今使っている短剣や軽鎧などもあるが、けれどそれらも値が張るというだけで刻印や調印の類は入っていない。
フォグ自身のポリシーが彼の信用性を狭めてしまう。
「証明できるだけの証拠を用意できていないなら、話にならないな。聞くだけ聞いた、もう帰れ」
その言葉には濃い失望の色が乗っていた。
もう一度ドアが閉まる。
今度はネウメソーニャの手は動かなかった。
(ちくしょう……、ちくしょう……!!)
拳を握り、目の前のドアを叩きたい衝動に駆られる。
しかし今それをしてはいけないと理性が衝動を抑える。
ふらりとドアに背を向けて足早にその場を後にする。
いつまでもここに留まっていても意味がない。そんな無意味なことをしている時間はない。タイムリミットは刻一刻と迫ってきているのだから。
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