第6話

 出発の日

 昨夜、出発が決まったためか馬車は質素なものであった。家紋が付けられていない時点でお察しである。


「レオン様、お荷物は全て積まれましたか?」

「……ああ」


 レオンはルナールの言葉にどこか上の空で返事をする。


「……なあーー」

「私にこの地に残れ、と言う命令なら承服しかねます。命の恩人たるレオン様に生涯尽くすと決めておりますから」

「……そうか」


 レオンは、タスフェルド行きが決まった直後、ルナールにシルフィード領で働くように命じ、残りの財産を渡していた。しかし、ルナールは、「嫌です♪」と、レオンの命令を拒絶し、財産に関してもレオンに返却していた。

 レオンにとって、メイドが主人の命令に背くって、どうなんだ? と考えながらも少し、嬉しく思っていた。


「レオン様、私、これより、レオン様に仕えるダンと申します」


 この青年は、今回、レオンの男爵就任に際して、シルフィード伯爵家からレオンに仕えるように命じられ、きた執事である。


「ああ、優秀だと聞いている。これからよろしく頼むよ」

「若輩の身でありますが精一杯仕えさせていただきます」


 ダンは、執事として優秀であった。優秀すぎたのだ。年若いダンに嫉妬した執事長に失敗が目に見えているタスフェルド行きを命じられたのだ。


「静かなものだね」

「仕方ないですよ。昨日の今日ですから」


 そう、この場にはレオン、ルナール、ダンの3名しかいない。伯爵家長男の出発であると言うのに見送りはおろか手伝いすらいない。それもそのはずで、この場にいる3名以外にレオンの領地行きを知っているのは、ゲルト、執事長、そして、ヴィントだけなのだ。使用人たちには知らされていない。ルナールとダンに関しては体のいい厄介払いとして、レオンとタスフェルドに行くこととなったのだ。ダンは前述の通りで、ルナールに関しては、レオンに忠誠を誓っていることと獣人であることからゲルトに毛嫌いされているのだ。


「それでも、少し寂しいな……」


(本当、父は嫌な人だな。つい先日まで自慢の息子として扱っていたのに、この仕打ちとは……しかも、ヴィントも父に影響されてか、高慢な性格に育ってしまったし……伯爵家は大丈夫だろうか? それよりもまずは自分のことか。タスフェルドに行って何ができるだろうか……)


 レオンがこれからのことを不安に思っていると、それを察したのか、ルナールはレオンの手を取った。


「大丈夫ですよ。レオン様」

「……そうかな?」

「ええ。だって、私がいますから」


 ルナールの言葉に不思議と先ほどまで胸中に抱いていた不安が解けて行った。


「そうだね。ありがとう」


 レオンは微笑みながらそう言う。ルナールはその笑みに顔を赤らめる。


「ーーさ、馬車に乗りましょう」


 ルナールは照れていることを隠すようにレオンの手を引き、馬車に乗り込む。


「それでは、出発します」


 ダンの声と共に一行は、朝早く、誰からの見送りもなく伯爵邸を後にした。

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