欲望の渦潮

天野詩

第1話

「痛っ……」


 初めてピアスを開けたのは、中学一年の時。自己嫌悪だった。当時、友達と呼べる仲だったやつに言った言葉をきっかけに、周りの環境が一変したのがきっかけだ。それを機に、自然に出来ていたはずの人への接し方がわからなくなってしまった。言葉は人格を表すという。それ故に、酷く後悔した。


 それから約3年、高校生になった。けれどその3年間は、人とは極力関わらない生活を送ってきた。男にしては長い髪は、ピアスを隠す為のものでもあり、人との関わりを減らす手段としても活用していた。視力は悪くないのに眼鏡を掛けているのもそういう理由だ。


 高校生になって変わったことといえば、一人暮らしを始めた事くらいだろうか。逃げ道として使っていた勉強や読書は、受験という形で役に立った。中学時代、良くしてくれた先生の勧めで選んだ公立の学校。必要とされる学力は高いが、それ故に生徒を信用しており、校則は緩いと聞いていた。


 退屈な入学式が終わり、分けられたクラスごとの教室に案内される。黒板に貼られた席順は、窓際の一番後ろの席だった。


 ガヤガヤした教室の中を静かに渡る。携帯の持ち込みも禁止されていないから、連絡先の交換を始めている生徒なども少なくない。巻き込まれたくないので、イヤホンをして音楽を流す。窓の外を眺め、写る自分を嫌悪する。あの頃と何も変わっていない。逃げているだけだと分かっていても何も出来ない。一番最初に開けたピアスの穴を触る。今となっては、穴は7つに増えている。


 担任と思われる教師が入ってきて、皆各々の席に付き始める。それを見て、イヤホンを外す。視線は移り一番生徒が溜まっていた所へ向く。輪の中心から出てきた女子が、隣に座る。ふと、目が合う。

ニコッと微笑んだ彼女の顔はとても整っていて、揺れた髪は透き通るようだった。それはまるで、作り物のようで、何だかそれが紛い物のように感じられた。悪寒を感じ、目を逸らしてしまう。


(なんだろうか、今のは……)


 もう一度視線を送ると、彼女は凛とした姿勢で座り、前を向いていた。何かしらの違和感を覚えつつ、しかしその正体がわからない。モヤモヤしたような気持ちになる。が、気にしても解決しないだろうと、考えるのを止める。


 担任の自己紹介の後、生徒の自己紹介が名簿順に行われた。聞き流しながら、自分の番を待つ。けれど、隣の彼女の声だけは聞き流せないように、自然と耳に響いてきた。


六条ろくじょう しのです。よろしくお願いします」


 たった一言だった。周りが騒がしくなった。けれど、彼女の声以外、聞き取れなかった。また、目が合う。


「よろしくね」


 騒がしい教室の中で、こっちを向きながら彼女は確かにそう呟いた。

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