第10話 可能性と才能
場所と言語について知識を得られたのは大きい。この世界の文化を知っていくための入り口を知れたようなもの。自分の名前をこの世界でどう書くかも知れた。しかし、覚えるのは大変そうだな。
それなら次に知るべきはこの世界ならではの文化であり、競売で行われた査定で誰もが口に出していたアレ。
「じゃあ次に『
競売所で数値が張り出された時、文字は読めなかったがあらゆる数値がとにかく低いのは理解していた。それに「0」という数字に会場の人々が「魔力が無い」だの言っていたから、頭が悪くてもすぐにピンと来る。
「う~ん、そうねえ……。わたしは殆どの生物が持つ『可能性』って聞いたなぁ。使い方1つで新たな腕、足にもできるし、鎧や剣や矢にもできて、自然の力を身に宿せる。つまりは森羅万象に通じるって」
そう言いながら手の平を上向きに広げると、赤い半透明の球が浮かび上がる。もしかしなくとも――
「それが魔力……?」
「ただのね。これを――」
手遊び感覚で立方体、三角錐と形を変え。クルクルと回転させると硬そうな形が崩れ、熱さと光を発する炎へと姿を変えると燃え尽きたかのように手の平の上には何も残らなくなった。
「属性はまだ簡単なのしかできないけどね。……テツ?」
思わず言葉を失う程見惚れてしまった。アンナの意志で形を変え、さらに炎へと存在を変えた。形だけの偽物じゃない。僅かな時間でも肌に届いた熱、目に届いた光。トリックでもCGでも無い本物の炎が目の前に一瞬で作られた。ライターを使う訳でも無く完全な素手で。
「あ、ああ。すごいな……」
こんなことがこの世界の人達は当たり前に扱える。そりゃ俺の価格が最低値なのも頷ける。俺にはその可能性磨く権利すらも与えられていない。
埋めようも無い差。初日に拉致されて売られた時点で治安も良いとは今の所言い難い。何かが起きた時アンナを守ることなんて到底できないんじゃないか?
考えて悲しくなってくる……。
「まっ、大事なのはあるかないかよりも使い方だって! 悪い人が使えば爆弾にもなるけど優しい人が使えば薬にも盾にもなる。こっちの世界について何も知らないテツなら持ってない方がかえって良いかもしれないって!」
「……それは、そうかもな」
遠回しに慰められている、気にしないっていうのが感じられた。
確かに無いことに囚われてもしょうがない。逆に言えば魔力関係の選択肢を選ぶ必要が無いとも捉えることができる――何て切り替えるのは不可能だ。
どうしたっても憧れてしまう。だって夢にまでみた魔法だぞ!? 当たり前に存在していて多くの人が扱えるのに自分は使えない。こんな生殺しで見ているだけなんてとんだ罰ゲームだ。
いくら嘆いたって使えるかどうかはわからない。諦めないで何かしらの手段は探さないとな。
さて、後もう一つ気になっていることと言えば。
「後は、ここって何の寮なんだ?」
何となくの答えは頭にある。口に出したとも思う。学校の寮ということは正しいはず。しかし、自分の知っていることが別の場所でも同じなんてのはほぼありえないのが普通だ。なんて真面目な考えもあるけど、魔力なんて代物が当たり前に存在する世界なら授業で魔力関連も学ぶのではないか? という好奇心が湧いてくる。
「『錬金学校マテリア』、『錬金術士』が通う学校の寮となっているわね」
「錬金学校……!」
前の世界じゃ化学の学校は存在するが。もはや幻想の中でしか存在しない『錬金術』の学校。真面目な表情を心がけようとしても心の中から湧き出るワクワクが笑顔を作ろうとしている。
「初めて会った時も言ったと思うけど、わたし達は錬金術士。簡単に言えば複数の素材を混ぜ合わせて新たな物を生み出すことができる人を言うの」
「所謂、
漫画、ゲーム、小説、あらゆる作品で錬金術は扱われている。半端ではあるけれど何も知らないわけじゃない。しかしやり方は千差万別。どれかが正しい、絶対なんてことは無い。
「賢者の石なんて言葉がでるとは思いませんでしたが、テツオさんも知っていらっしゃるようですね」
「前の世界じゃ錬金術と言ったら賢者の石って周知の事実だからな。しかしまあ、こうしてみると腑に落ちた。錬金術士の住まう寮って」
改めて部屋の中を見渡せばパズルのピースを埋めていくかのように納得できた。あの大きな釜、部屋の広さ、丈夫そうな床や壁、散らばった材料、色々な器具。全てが錬金術を行っていた形跡ということだ。
ごっこ遊びでも、演劇の中という訳でも無く。現実に学校の授業としてある。
正直恨み言を言いたくなるほど羨ましい! 明らかに国数英社理を学ぶよりも充実してそうで妬ましい。俺が十年若ければ生徒として学べたかもしれないのに……。
「ということは錬金術士も沢山いるってことか? こんなに大きい寮があるってことはそういうことだろ?」
学校という学習体形ができているということは、生徒の数もそれなりにいると予想できる。こんな立派な部屋が与えられるなら誰だって入寮したいと思うはずだ。
「国として見れば数は多いのかも知れませんが、三十名にも満たないはずですわ」
「それは思ったよりも少ないな……」
「まあ、錬金術は誰でもできる技術じゃないからね。この寮に住めるのも錬金術士だけらしいし」
才能が無ければ扱えない技術か……。
ひょっとしたら俺もなんて思っていたけど、言葉に出す前に分かって良かった。羞恥に晒されるところだった。
ん? 三十人ぐらいしか生徒がいない。この寮は最上階が十階、一階に付き八部屋、単純に全階そうだとして八十部屋。
「ということはこの寮って半分も埋まってないんじゃないか?」
この答えだけは正しいと思うけど内装は後で詳しく調べておこう。技術の集大成がエレベーターだけな訳が無いだろう。まだまだ便利器具が備え付けられていてもおかしくない。
「そうですわね、ほとんどが空き部屋。去年も入寮された方が
この広さに設備、立地としても王都の中心に位置しているなら交通の利便もいいだろうに。生徒以外にも賃貸契約したらかなり稼げそうな気もする。
これだけ恵まれた環境でも実家通いの子達はこれ以上の環境の下、錬金術の勉強をしているということなのだろうか?
「あ、そうだ。テツの部屋も用意できてるよ」
「あるのか、俺の部屋!?」
正直予想外! そこにあるソファーか三つ並べた椅子か石の床が寝床になるのかと思っていた。これだけ立派な場所だと使い魔の部屋ってのもあるのか。感動的だな。
「当たり前じゃない。使い魔用の部屋を人間用に調節しただけだからちょっと狭いかもしれないけどガマンしてね」
「
「正直個室が与えられるなんて夢にも思ってなかったぞ。住めるなら何でも嬉しい」
聞き間違いじゃない。しかし使い魔用、その言葉で二畳しかないような寝るだけの場所が頭に浮かんでしまう。使い魔って人間じゃなくて獣とかのイメージが強い。けれど、自分の部屋。個室。与えられるだけ嬉しくもある。
廊下にある扉、ドアレバーを押して中を見れば真っ暗な部屋が現れる。
嬉しさ半分、恐れ半分の気持ちを抱えながらも。照明のスイッチが押されると部屋が照らされその姿が明らかになる。
「おお……!」
「とは言っても、家具なんて全然ないけど」
想像を良い意味で吹き飛ばしてくれた。六畳はありそうな広さに驚きを隠せない。
汚れの無い白い壁紙、フローリングされている床。思わず元の世界に戻ってしまったのかと錯覚をするぐらいに部屋の見た目が変わらない。ある意味これが到達点の一つなのか?
ただ唯一の家具は部屋にベッドが置いてあるだけ、大きい窓も無く部屋の天井付近の壁に換気専用と思われる小さい窓があるのみ。
ただ、それでも。
「いや、十分すぎるな! こんな良い部屋に住めるとは思ってなかった」
再スタートに相応しい、最低限の物しか置いていない部屋。
というか転移初日で屋根のあるベッドのある部屋に住むことができるなんてどれだけ運が良いんだ!? 持ち物も衣類系は戻って来た、状況的に衣食住の三本柱が揃った。
「なら良かった。ふあぁ……さすがにわたしも眠くなってきた……」
「夜も深いですからね、今日はこれでお開きにして
「うん……また明日……」
「色々教えてくれてありがとうな」
綺麗に一礼すると部屋を後にするナーシャ。
こうなるとアンナと二人っきりの空間。意識してなかったけど冷静に考えればよくないんじゃないか? 中学生ぐらいの年頃の女の子と一つ屋根の下で一緒に暮らすなんて……。
うお、何か急に緊張してきた! 女の子との付き合いの無さがここに来て響いて来た!
「それじゃあおやすみ……」
「あ、ああ。おやすみ」
リビングにある扉の先に移動する。あれが生徒用、ご主人用の部屋という訳か。
しかし、こっちの緊張具合を裏腹に向こうはのんきというか警戒心が無いと言うか、手を出されても文句を言えないんじゃないか?
「ふぅ……俺も寝るか」
なんてバカな想像はこれっきりだ。ここまでされた恩を仇で返すような真似は信条に反する。
あの場から救ってくれた恩義がある以上、主従の契約をした以上。紙一枚も無い薄い期待でも応えていきたいと思う。
念の為持ってきていたジャージに着替えて、ベッドをじっくりと調べると柔らかな弾力が効いているマット。ハリのあるシーツ。汚れの無いふわふわの布団と枕。今の自分に似合わないぐらい立派な物で涙が出そうになってくる。
灯りのスイッチを切り、ベッドに入る。肌触り、匂い、感触、どれも想像以上の寝心地に前よりも良くなったんじゃないかと感動する。
加えて闇の中に身を預けると容赦のない静かさが眠りを誘う。建物の灯りが入り込むことも無い、室外機の音がどこかから聞こえることも無い。布団と服が擦れる音だけが耳に着く。
(おやすみ)
考えることは沢山あったけど、ようやくまともな睡眠が手に入れられた。そう実感したら何度も眠ったにも関わらず睡魔が襲って来た。
こうして波乱万丈な異世界生活の一日目は終わった。
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