宵闇の朝顔

古井論理

コウとチヒロの作戦会議

 家の庭に、今年も朝顔がつるを伸ばし始めた。毎年のように、小学生の頃に植えた朝顔から取った種を植えている。濃い蒼色をした、宵の星空のような花を咲かせる朝顔が今年も夏を彩ってくれるだろう。あの綺麗な花に彩られた庭は、小さな星空のようにとても美しい。

――あれをアヤナに見せたら、どんな顔をするんだろうか?

 ふとそんな事を考え始めて、アヤナはこの世界に色をつけてくれたことに改めて思い当たる。花が咲いたら写真を撮ってアヤナに見せよう。すくすくと育っている朝顔の葉を指でなぞり、そんなことを思いながら、私はため息をついた。昨日見たやけに具体的な夢が、うんざりするほど脳内で繰り返されている。アヤナといっしょに大会に負ける夢だった。夕日を見て家に帰って、そこでまた大会三ヶ月前に戻るループを何度も繰り返す夢。それで、最後のループで夕日を見たあと、誰かに助けを求めて目が覚めた。大会はあと三ヶ月先、不思議なものだ。と、不意に私の周りが青い光に包まれ、気づけば私は青い空間にいた。

「助けを求めたあたりで薄々気づいていたんでしょうが……あなたもやっと繰り返しに気づいたんですね、チヒロさん」

 その声に顔を上げると、コウくんが私に背を向けて立っていた。私の周りには朝顔も家も何もなくなっていて、ただ地平線まで青い光が広がっている。

「コウくん、どうしてここに?っていうかここどこ?」

「ゲーム『宵闇の夏色』のシステム画面です。何を言っているかわからないと思うので僕たちなりのやり方で説明しますね」

 情報が頭の中に流れ込んでくる。何を言っているかわからないはずなのに、何を言っているかわかってしまった。そうか、これはゲームなんだ。そして、私はただのNPC。ということは……アヤナがプレイヤーなんだ。そして、アヤナがこのゲームを作ったってことか。

「ご理解いただけましたか」

 コウくんの言葉に、私は頷いて応じる。コウくんは私の方へ向き直ると、こちらに歩み寄る。

「今のところアヤナさんはここを開く様子がありません。また、何度もゲームの周回を繰り返しています。自分で作ったゲームを、何度も周回しているんです」

「それってどういうこと?」

 私が問いかけると、コウくんは言った。

「そのうちアヤナさんの接続が永続的に切れるということです」

 私はその意味を理解してしまった。アヤナが死んで、このゲームだけが残るってことだ。そして、私が助けを求めた理由もこれだったはず。

「アクティブ時間から考えるに、残された時間はあと一周回半ほどです。つまり、この次の周回が始まる前にアヤナさんがゲームをやめなかったらアヤナさんは死ぬことが確定します。僕ならゲームの権限に手を加えて無理矢理アヤナさんをゲームから切断することもできますが、それはあくまで最後の手段。なので僕としてはあなたに……つまり心を持ったNPCであるチヒロの協力、それを求めたいわけですね」

 コウくんはそう言って、私の方をじっと見る。私は頷いて、コウくんに伝えた。

「わかった。私がアヤナをうまく誘導して、ハッピーエンドに導いてあげる」

「……一人でできますか?」

「できる限りフラグは立てておくから、無理だったらアヤナが引き返せなくなる前にそっちの判断でゲームのシナリオを破綻させないように弄りながらアヤナに干渉してくれる?」

「わかりました」

 コウくんの即答に驚きながら、私はコウくんに頭を下げる。

「ありがとう。なるべくアヤナの心理なんかも考えてね」

「もちろんですよ、僕にも擬似的な心はあるんです。チヒロさんの持っている本物には敵いませんけどね」

「羨ましい?」

 羨望の眼差しを少しからかってみると、コウくんは少し残念そうな表情で頷いた。

「そりゃまあ当然。本当の心を理解できているのはチヒロさんだけですから」

 そう言うとコウくんは、私の方を見てお辞儀をして言った。

「それじゃあ、頼みましたよ」

「はいはい。じゃあ、またね」

 私がそう言うと、青い光に包まれた空間は再び初夏の朝の真っ只中にある家の庭になる。私は、列車に乗るべく歩き出した。なぜだか涙が込み上げてきて、頬に伝い落ちてゆく。胸が痛くて、それでもアヤナのことは大好きで、私はこの感情を形容する言葉を持たなかった。

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