異世界のメシはマズかったので、俺がおいしく調理してやるんだもん!

夕日ゆうや

第1話 屋敷へ!

「マズい……」

 俺は異世界転移して、新しい世界で活動しようと思っていた。

 こっちなら果物ナイフを突きつけたり、フライパンで頭を叩かれることもない。

 クリーンな職場が約束される。そう女神から聞いていたが、こっちのメシはマズい。

 元々料理人をやっていたこともあり、メシを作るのは慣れている。その中で当然失敗作も出てくる。

 だが、

「このトマト、なんでこんなに酸っぱいんだ……」

 これならお酢として使えそうだ。

「こっちの甘いのはなんだ? 柿か?」

 渋柿のような見た目をしているが、食べてみると砂糖そのままのような甘さがある。

「こっちのは魚醤ぎょしょうみたいだが、なぜトマトにかけるんだ?」

 他にも、塩のようにしょっぱい魚や、パン粉の代わりになりそうな食パン。

 色々とあるが、どれも味のバランスや調理がうまくいっていないのか、全体的にマズい。マズすぎて吐きそう。

 俺はその店を出ると、地球で持っていた衣服・スマホ・お菓子を売り、路銀を手に入れる。

 新しい安い衣服を購入した。

 お菓子はたまたま向こうの世界でバレンタインということもあり、チョコが残っていた。

 売ったら、けっこうな額になった。

 それを元でにして様々な調味料と、食材を買った。

 こっちの世界で一番の飲食店、それを目指す!

 決意とともに、地球での料理を思い出す。

 粉にしたトマトは酢として、柿は砂糖、魚は塩にした。魚醤はそのまま醤油の代打として使う。

 露店で、試しにだし巻き卵ときんぴらゴボウを提供してみた。

 もの珍しいメニューに、立ち止まる人が続出した。

「これ、食べ物、なの……?」

「ああ。正真正銘、俺が作った料理だ。食べてみな」

「う、うん……」

 ノノと呼ばれる少女は一口、だし巻き卵を食してみる。

 ほどけるような顔をしたあと、満面の笑みになるノノ。

「おいしい。おいしいわ! これ!」

 勢いよく食べ始める。

「これで銀貨三枚! 安いわ!」

 ノノが言うとその周りにいた野次馬も少し乗り気になる。

「まあ、話題性にはなるな」

 そう言っておじいちゃんが購入、咀嚼を始める。

 と、衣服がはだけて「うまい!」と大声で叫ぶ。

「うまい! うまい! うまい!!」

 おじいちゃんは上着をはだけさせながら大声を上げる。

 それにつられてやってきた客が次々とだし巻き卵と、きんぴらを買っていく。

「へへ。まいどあり!」

 そんな俺に、ノノが近寄ってくる。

「わたしはこの土地の領主アルネット=スフィーリア=バルトナイン=カーターの娘ノノ=スフィーリア=バルトナイン=カーター! わたしの家臣になりなさい!」

 こっちの勝手が分からない俺だったが、この子の家臣になれば、専属料理人になれば、もうけられるのは分かっていた。

「こちらこそよろしく頼みます。ノノ様」

「わたしのことはノノでいいわ。キミは?」

「俺の名前は桐生きりゅうがい。気軽にガイって呼んでくれ」

「おかしな名前、でもいいわ。これからガイはわたし専属の料理人よ! 給料ははずむわ!」

 そう言って、俺はノノの住む屋敷に向かう。


 町外れの大きな屋敷。

 その屋敷は四階建て、部屋の総数は四十を超える。各階にトイレがあり、一階には大浴場とキッチンがある。

 その一部屋を俺が自由に使っていいとのこと。

 もう一度よったキッチンは前の料理人が使っていたのか、比較的綺麗だった。

「これが新しいコックか?」

 以前からいた料理人は俺を見ると侮蔑の目を向ける。

「俺、こうみえて料理うまいですよ?」

「ふん。なら料理対決だ。どちらが先にノノ様の舌をうならせるのか、勝負だ」

「いいっすよ。ただし時間は明日、それまでに下ごしらえをすませる……ってのはどうです?」

 俺の提案を受け入れてくれれば、俺は有利に事を進められる。はず。

「? いいだろう。時間をおきたいのは、逃げる準備が必要だから、かね?」

 こっちの世界では下ごしらえの考えすらないのか。これはますます、俺が有利になる。というか、こっちのメシがマズい理由が垣間見えたな。

「よし、じゃあ、買い出しに行ってくる」

「あっ――」

 俺はそう言い残し、ノノの言葉を遮る。


 町での買い物を終えると、俺は屋敷に戻る。

「ノノ、帰ったぞ」

 俺はそう言い、今夜泊まる自室へと向かう。

 買いだめした食材を分別し、薄く切り、味を確かめる。

 ものによっては地球と同じような味・食感だが、ものによっては違う。だから注意して料理を行う必要がある。

 きんぴらとだし巻き卵だけでは勝ち目は薄い。が、それ以上のものを用意すればいい。

 夜間。

 音もない暗闇から、白くぼーっとした陰が見える。

 それは人の形をしていて、うっすらと発光しているようにも思える。

 金髪の長い髪を縦ロールにし、目はくりくりとした翠色。足下は浮いており、床と離れている。

「ひっ! なんだ、キミは?」

 俺はそう問うと、その少女はクスクスと笑う。

「あら、新しいお客さん。私はアリス。アリス=カーター。この地に眠りし幽霊ゴーストよ」

 ゴースト、今ゴーストと言ったか?

 日本語にして幽霊?

 そんなものがいてたまるか!

「いやいや、異世界だからって、なんでもありかよ。魔法で浮いているんだろ?」

「変に疑り深いわね。私はれっきとしたゴーストよ? その証拠に」

 アリスの姿が消えていく。

「へ? へへ……ぇっ!?」

 奇妙なわめき声があたりに響き渡る。

「どうしたの?」

 真向かいのノノが俺の部屋をノックする。

「ゆ、幽霊が出たんだ!? ホントだ!」

「あら。知っているわよ。アリスでしょ? もう、脅かしてはダメとあれだけ言ったのに……」

 へ。ノノもアリスのことを知っているか?

「ごめんなさいね。悪気があったわけじゃないの。仲良くしてくださいな」

 ドア越しに聞こえる声はどこか眠たげだった。

 そんなに俺のことが心配じゃないのかよ。

 だって幽霊だぜ? 何をするか分かったものではない。

 すぅーっと姿を現すアリス。

「やっぱりびっくりさせてしまいましたね。私はそんなに怖いですか?」

「いや、だって幽霊だよ? なじみないし……」

「そうですか。おいしい料理が味わえると楽しみにしていたのに」

 しょんぼりするアリス。

「もしかして食べてみたいのか?」

「そんなことできません。私、幽霊ですから。ものに触れないんです」

 ああ。なるほど。

「ついでに言うと、私は外に出ることもできません。この屋敷からは移動できないんです」

「それは……大変だな」

 ぱあぁあと明るい顔になるアリス。

「そうなんです! それを分かってくれない人が多くて」

 アリスはまたもやしょんぼりとした顔を見せる。

 しかたない。

 とっておきの方法で彼女を喜ばせるか。

 そう思い立ったが吉日。

 俺はキッチンへと向かう。

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