第23話 開発計画阻止計画(7)
俺が火魔法で作った5つの手のひら大の炎を、我妻の目前でグルグルと回していると、ベッドの奥の壁がわずかに明るくなる。
タツが、急に「カッカッカッ・・・」と、芝居じみた笑い声を立てながら、その火と壁の間に歩いて行った。
「おい!」
思わず、止めようと声を出してしまったが、どうやらタツの笑い声に打ち消されて、俺の声は届かなかったよう。
堂々と歩くタツに、訝しげな目を向けた俺だったが、よく見るとタツの姿がぶれている?いや、実体がないのか。
我妻のキョロキョロと天井や壁、炎をせわしなく見る様子から、どうも側を歩いて過ぎるタツが視認できていないよう。
俺は黙って見守ることにした。
「善きかな善きかな。汝、これが祟りと知っての蛮行か?」
タツのいつもの軽薄なトーンや声と違って、地を這う低い声。神、とか、龍、というなら、こっちの方が納得だ。
しかし、蛮行って。
こんなセリフを吐いていて、後で羞恥にもだえたりしないんだろうか、と、他人事ながら心配になるよ。
「はん。蛮行?神ほどの蛮行はしとらんわ!」
強がっているのだろうけど、残念ながら震えている。それでもなお、対抗しようとする意識は、本物みたいだ。
「ほぉ。神と知って、蛮行などとうそぶくか。カァーッ!」
活を入れる雄叫びと共に、タツは我妻の目前1メートルぐらいのところへ立った。相変わらず本人には見えていないようだけれど・・・
ん?
俺のところからはかなり離れてはいるが、我妻、炎、タツの順に並んでいて、その先に壁がある。
壁は炎を写して、うっすらと輝いている。クルクルと回る炎を忠実に映し、なんだか観覧車を見ているよう。
なんていう、見ようによっては幻想的な様子が壁に映されていたんだが・・・
「カァーッ!」
というタツの雄叫び共に、炎によって照らし出された大きな影。
ひょっとして、龍の顔?
クルクル回る炎に照らされて、ユラユラと赤い影。
それがはっきりとした龍のシルエットとなって大きくなったり小さくなったり。
「ヒィッ。」
それに気付いた我妻は、さすがに腰でも抜かしたのか。もともとベッドに座ってはいたが、若干伸び上がっていた上半身が、がくん、と弛緩する。
「な、な、な、な・・・」
何か言おうとするも、口からは意味不明な音がするだけ。
過呼吸か、と思うような、荒い息が、喉を通る度に笛のような音を発する。
「汝、我が祟りと知ってなお、我が地を犯すか!」
声が、耳と精神に同時に聞こえる。
一種の念話、なんだろうか。これも龍神、というものの持つ力か?
「た、祟りが怖くて、幽霊が・・・☆○◇▲・・・」
最後は声になっていない。
が、何か言おうとしているのは確かなようで・・・
「幽霊?」
思わず、声を出してしまう。
「へ?」
しまった!俺の声が届いてしまった?
キョロキョロと見回す我妻に、慌てて物陰へ隠れる。体が小さくて良かった。上手く、隠れられたと思う、たぶん・・・
「ひょ、ひょっとして、お姉さん?ぼ、僕を心配してきてくれた?ハハハ・・・」
お姉さん?
おっさんに言われたくないけど?
ていうか、一人称変わってない?
思わず、詩音の感覚になって、炎を落としちゃうところだった。
「お姉さんだよね?僕は大丈夫。お姉さんの無念は僕が晴らすから。龍神なんて、僕がやっつけてやる。僕を助けてくれた優しいお姉さんの敵は、僕が絶対!」
えっと・・・
目の前には、どう考えても偉そうなおっさん。太鼓っ腹をして、あちこち緩みまくった中高年。
それが、まるで少年のような雰囲気で、語ってるのは、・・・その・・・なんか、来るものがあるよね。痛い、というのもちょっと違うか。痛々しい。うん、そうだ。
怖がりすぎて、精神を病んでしまった、とか?
それも違う?
炎に映し出されて壁に映る影は龍の顔。
だけど、私にはその前に立つタツの腕組みしている姿が目に入るわけで。
どうやら、タツも我妻の様子に、どうしようかと考えているよう。
「汝、誰のことを言っているのだ?どこの誰が我を恨むというのだ。」
しばらくして、タツがそう言った。
「はん。しらばっくれるな。僕は知っているんだ。龍神に捧げられたかわいそうな人身御供の女の人がいただろう!僕は、幽霊になってしまったその人に助けられたんだ。あんな綺麗で優しい人のことを、お前は喰ったんだろう?」
なにそれ。
初めての情報なんだけど?
えっと、タツってば人身御供を出させて食べてたって?
確かに龍の伝説ってそういうのが多いよね。
八岐大蛇なんて、超有名じゃん。
へぇ、そう。美女を食べてた、なんて、聞いてないけど?
私は、ジト目でタツを見る。
気付いたタツは、私にブンブンと、頭と手を振って否定してるけど・・・
「汝、勘違いをしておらんか。我が人を求めたことなぞ、一度もないぞ。」
「嘘だ!だったらあの幽霊はなんであそこにいるんだ?」
「だから幽霊なぞ!」
「いる!子供の頃、助けられたんだ。白い着物の綺麗な女の人にな!化け物に襲われて、谷に滑り落ちた僕を、白い着物のお姉さんが助けてくれた。村まで送ってくれたけど、自分は人の世に住めないモノだ、と、消えてしまったんだ。間違いない。龍神に捧げられ、命を落とした幽霊だった。」
・・・・
私とタツは、お互いの目を見つめ合った。
うん。分かった、気がする。
間違いない、それって、土蜘蛛の姫だ。
化け物に襲われ、というのはどういうことか分かんないけど、なんかで滑落したところを姫が救出して村へ送り届けた、というところか。
うん。
あの白い着物姿は、私も最初、幽霊!と思ったもんね。
てかさ、姫に会って貰って、タツは悪くなくて、むしろ村人を加護してる、って言ってもらったら済む話じゃない?
そう思って、タツを見る。
どうやら、タツも同じようなことを思ったのではないだろうか。
私に、大きく頷くと、おもむろに口を開いた。
「汝の話は分かった。しかし、汝の想像だけで組み立てたまがいものの妄想だ。明日、かの山の洞窟=胎道に来られよ。そこで改めて考えるが良かろう。」
そう言うと、龍の影が消える。
次の瞬間には、私の側に来て、耳元にささやいた。
「火を消して、奴を寝かせてくれ。」
私は頷き、火を消すと同時に、我妻の背へと不可視のスピードで回り込み、体術で意識を奪った。
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