第22話 開発計画阻止計画(6)
右手に小さな風を纏わせた俺は、それをそうっと手元から移動させた。
小さな魔法。
一応言っておくけど、意外と高等
風っていうのは、そもそもが動く物。現世風に言うなら気圧の差があるところの間の空気が移動する、ってこと。そもそも空気の移動が風。
といっても魔法はちょっと違う。
風の質を帯びた魔力を動かすものだ。
ということで、やっぱり動く、ということに特徴がある魔法。
だから、手に纏わせるのは難しいし、それをゆっくりと自在に動かすのも難易度は高め。
風は力任せに、投げつけるのが普通の方法。
風の刃とか、竜巻とか、魔力量や技術によって、そういった風に使うものだ。
だが、ゆっくりと動かすと、物を動かす手段ともなる。
念動力、のような、単に魔力の塊で掴んで動かす、という方法もあるが、優しく包むようにするには、風の魔法で浮かして移動させる、が、一番だろう。
念動力だと繊細な力の配分は難しい。タツのいう強すぎる力、になってしまう。
そこで俺は風の魔法を使うことにした。
前世の時には、風の原理、なんて考えたことがなかったから、そんなものだ、と思って使っていた。けど、科学的な風、というものを知った今では、なんだかより繊細な作業が出来るような気がする。
空気、という目的物があるから、ただ勘でその辺の何か空間に力を放り込む、というよりも、確かさ、とでもいうのか、自分の中で納得して力を行使できる気がするんだ。
俺は、風で、眠りこけている我妻の布団をまくり上げた。
一応暗闇、とはいえ、あの洞窟と違って真の暗闇ではなく、慣れればしっかりと辺りが見える。そもそも、シオンの体ならば、ある程度の肉体強化も相まって、猫並の視力を持っている。
布団をまくり上げたけれど、どうもそれぐらいでは起きないようだ。
いびきが一瞬止まったけど、すぐに豪快に再開した。
俺は、布団を投げ捨てると、顔の周りの空気を撹拌するように小さな竜巻を顔の上で発生させる。
我妻は、何かを避けようと顔の前で手をヒラヒラさせる。
が、起きない。
仕方ない。
顔の前で、風を避けようとしている、その両手を風でガシッと掴んで、そのまま持ち上げた。
「な、なんだ!」
さすがに宙づりになったら起きたようだ。
腕だけを持って持ち上げたけど、恰幅が良いから脱臼、なんてしたら困るか、と、思い、すぐに手を離す。
ドスン。
ベッドの上に放りだされた形の我妻は、キョロキョロと辺りを見回す。
が、寝起きでは、闇の中に何も見えないだろう。
「なんだ?何があった?」
口の中でつぶやくように続ける我妻に、十分怯えているのでは、とは、思うが・・・
タツが、俺にサイドボードを指さしている。
アレを飛ばせってこと?
だから、それは器物損壊、だって。
そう視線で言うけど、ダメだな。
半分姿を消してサイドボードのガラス戸をスライドさせる仕草をしている。
て、いつから半透明なんだ?
こっちは、まるまる姿を見せたまんまなのに・・・
と、そんな悠長なやりとりはやってられないか?
そのうち、寝ぼけて見えない目も暗闇に慣れてくれば、こっちの姿だって見られるかもしれない。
ため息を押し殺して、そおっとガラス戸を引く。
さすがにこんな高そうなもん壊すのは詩音の常識として許せないからね。
で、できれば少しでも被害がないものを・・・
あ、あった。
木製の怪しい小さな壺?
それを引っ張り出す。
ふわふわと風魔法で引っ張っていると、中に何か細い物がいっぱい、・・って、爪楊枝か!
これなら!
俺は、キョロキョロする我妻に向かって、その壺=爪楊枝入れをそれなりの速度で飛ばした。
目の前に、物体が飛んできて、「ヒッ!」と思わず叫ぶ我妻。
それを2、3度、目の前で動かし、逆立ちをさせる。
パラパラっとあふれ出る爪楊枝。
ほとんどは自然落下に任せた。
まぁ、大人の座り込んだ目線から落ちるだけだ。
多少痛くても怪我をするほどじゃないだろう。
尖った先を手のひらで押さえて体重でもかければ別だけれども・・・
と、思っていたら、
はぁ、
どうやらまんま体重をかけたようだ。
悲鳴を上げているけど、床はベッド。上げている悲鳴ほどの痛みはないはず。
俺は、数本浮かべたままにしておいた爪楊枝を動かしにかかった。
爪楊枝は男の目に向かって、すごい速さで飛んでいく。先を頭にしているから、先端恐怖症でなくても、ぞくりとするだろう。
もちろん、目に刺さることなく、直前で反対に飛ばしていく。
それが何度も繰り返せば、本気ではないのだろう、と予測はつくはずだけど・・・
「なんだ、なんだ、なんだ!神か、龍か!ふざけるな!負けるか!誰がこんな程度で引くか!」
わぁ、とか、キャーとか言っていたのに、繰り返していたら、我妻は、そんなことを叫び始めた。
ん?
神とか龍とか、マジで信じた上での行動?
タツはジェスチャーでもっとやれ、って言ってるけど、さてどうしようか。
危険はないような強さで、皮膚のでているところを爪楊枝でチクチク、刺してみる?
あ、想像以上に暴れ出した。
爪楊枝ってことは分かっているようだけど、それが視認できないから、手当たり次第、というか、チクッとしたらそこに攻撃、みたいなことをやっている。だから、というわけではないが、自分で自分にダメージを与えてないか?
と、こっちを見そう。
パリン!
え?
俺じゃないぞ。
実体化したタツが、サイドボードから何かガラスを掴んで、我妻の耳元を通るルートで投げやがった。
こっちから視線をはずのが目的かもしれないけど、後ろの壁に当たって、高級そうなコップが粉々だ。
我妻も思わず後ろを振り向き固まっているけど・・・
「火だ。」
いつの間にか俺の側に半物質化状態のタツがきて、耳元にささやく。
ったく。
毒喰うらわば皿まで、か。
ポン、ポン、ポン・・・
俺は小さな手のひらサイズの炎を、壁に向いている我妻の前に5つほど円陣をもって、並べた。
「ヒッ!こんなもの、って、熱っ。」
1つを握りつぶそうとして触れたらしい。
火の玉とか狐火、というのがどんなものか知らないけど、俺の炎は普通の火だ。当然、熱いし、物を燃やす。
幸い、握りつぶそうと手を出したが、熱を感じてすぐに手を引っ込めたようで、やけどをしているかどうか、というレベル。
「ほ、本気だと言うことか?なにくそ、だ!神の祟りが怖くて、幽霊を愛せるかっ!祟るなら祟ってみろ!俺は、祟り神なんかにまけない!」
そう言うと、なんか両手を合わせて激しく動かし始めた。
えっと・・・
「あちゃー、あれは九字や。なんか、戦う気まんまんやな。」
タツが耳元で小さく言う。
九字?
マンガとかアニメとかで聞いたことがあるような・・・
「あないな素人くさいのでどうこうなるような祟りはないねんけどなぁ。ほんまに戦う気やったら、難儀やなぁ。」
確かに。
危害を与えずに怯えさせる、当初のそんな予定は、もうダメ、だろうな。
シオンの経験上、でっかい相手と分かっていて立ち向かうのは、心の問題だ。強く信じるものがなければ、そんな無謀な行動にはならない。逆に言えば、この我妻という人物、タツが考えている以上に、何か信条があってやってるのじゃないか?そんな風に思う。
「なぁ、タツ。一度、話を聞いたらどうだ?なんか行動の源、みたいなもんがありそうじゃないか?」
「うーん、そうやのぉ。話してみるか。悪いけどあんさん、火はそのままに。できたらグルグル回して、なんちゅうか、演出頼むわ。」
本当に考えがあるのだろうか?
少しの不安を抱きながらも、俺は浮かべた炎をグルグルと回転させはじめた。
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